
知っているようで、ほとんど知らない風邪の秘密【18】
前回(「知らぬ間に依存も」子どもに禁止のせき止め薬)は、せき止め薬の危険性について述べました。今回は「効果」についてまとめます。危険性ばかりで効果がなければ「これまで数十年も使われてきたのは何だったの?」ということになってしまいます。前回お伝えしたことは▽せき止め薬には主に(1)脳を抑制する麻薬系の薬(2)脳を抑制する非麻薬系の薬(3)気管支を拡張させる覚醒剤系の薬、の3種類がある▽麻薬や覚醒剤の仲間なので、薬の一部には依存性があり、やめられなくなる人もいる▽不眠や頭痛などの副作用もある--などでした。また(1)のタイプは、来年の途中から日本では12歳未満に使用できなくなります。すると、(1)を12歳以上に使う場合や、(2)(3)を副作用に注意しながら使う場合は、有効だとも考えられそうです。
どのせき止め治療法も有効性に「確証」なし
米国の医学誌「CHEST」の2017年11月号(オンライン版)に興味深い論文が掲載されました。CHEST誌の発行元である「米国胸部医学会」の専門家委員会が、風邪が原因で出るせきに対し、せきを止める効果があるとされてきた薬や治療法について、これまで発表された論文を総合的に解析した結果です。市販のせき止め薬や、民間療法としての「チキンスープ」なども含めての検討でした。

結論は、「『せきに効果がある』というエビデンス(科学的確証)のある治療法は一つもない」でした。「絶対効かない」というのとは違いますが、検証したらどれも「有効とはいえなかった」ということです。
論文は、風邪によく使う痛み止め(非ステロイド系消炎鎮痛剤=NSAIDs)や、鼻水をおさえる抗ヒスタミン薬も「せきの治療として効果はない」と結論づけました。これらは薬の性質からしても、せきに効くとは思えませんが、多少は効果があるのではないかとする考えが昔からありました。
さらに、論文の著者らは、せき止め薬のうち「コデイン」などは、18歳未満への使用を避けるべきだと主張しました。前回の記事で「脳を抑える麻薬系」のせき止め薬として紹介した、あのコデインです。
そして論文が公表されて間もない今年1月、米国食品医薬品局(FDA)は、18歳未満への処方禁止に踏み切り「市販薬の規制も検討中だ」と発表しました。
民間療法はどうでしょう。米国ではチキンスープが主流で、日本では蜂蜜がよく使われます。
論文は蜂蜜の効果も検討しました。蜂蜜はある程度効果があるとする研究がいくつかあるようですが、「強いエビデンスがあるとまでは言えない」ということでした。
「今までの治療は何だったのか」
これまでのせきの治療を全否定するかのような結論ですが、この論文はこれまでの研究を総まとめしたようなもので、それなりに説得力があります。
それだけに、この結果はあまりにも衝撃的で、医療者の間でもずいぶんと話題になりました。これまでの我々の治療は何だったのでしょう。
実は私も、医学部で教わった先生や先輩医師から、「せきにはこれが効く」と習いましたが、その「エビデンス」までは突き詰めてきませんでした。
でも考えてみると、昔は甘めの基準で「有効」とされて認可され、使われてきた薬も多いのです。そうした薬を今日の目で見直すと、この論文のような結果が出るわけです。
風邪で出るせきは、放っておけば治る場合が多く、「薬を使ったら治った」というデータがあっても、実際には、薬の効果か自然治癒か区別が難しかったとも思われます。
ただ私は、この論文を読んでも、せきの患者さんに処方する薬は、それほど変わりませんでした。もともと、前回の記事で紹介したような危険性を気にして、せき止め薬をあまり処方してこなかったからです。

蜂蜜や「デキストロメトルファン」は効く可能性
ところで、我々はせきには完全に何もできることがないのでしょうか。別の論文をみてみましょう。
世界中の質の高いエビデンスを集めた「コクラン」という医学論文のデータベースがあります。ここに掲載されるということはそれなりに信ぴょう性が高いと考えて差し支えありません。
そのコクランに「小児の急性のせきに対する蜂蜜(Honey for acute cough in children)」というタイトルの論文があります。
この論文によれば、たしかにエビデンスのレベルは高くない(強力な証拠ではない)としているものの、蜂蜜が、せきに、ある程度有効とされています。しかし、その効果も「3日まで」と言及されています。
(なお、以前にも書きましたが、1歳未満の小児には蜂蜜を与えてはいけません)
コクランの論文は、蜂蜜と他の薬との差異を比較検討しています。注目すべきは、日本でもよく使われる薬の「デキストロメトルファン」(商品名は「メジコン」など)は、蜂蜜と同じ程度効果があるとされていることです。
デキストロメトルファンは冒頭で述べた分類では「(2)脳を抑える非麻薬系」に入る薬です。私がこの論文を読んだときの感想を正直に述べると、蜂蜜をこれまで以上に積極的に勧めようと思ったと同時に、デキストロメトルファンも多少は効くのだ、とほっとしました。
付け加えるとCHEST誌の論文も、蜂蜜とデキストロメトルファンに触れ、いずれも「何も治療しないよりは、よいかもしれない」という結論でした。ただしデキストロメトルファンについては、依存性の懸念も指摘しています。
ところで蜂蜜はどう入手すればいいのでしょうか。「スーパーやコンビニで買う」でもOKです。買う蜂蜜の銘柄や使い方に指定はなく、口に含んでゆっくり飲み込めば問題ありません。
一方、できることなら自分自身やわが子には、味で選ばず、せき止め効果が最も高い蜂蜜を使いたいと考える人もいるでしょう。
実は蜂蜜は日本では「処方薬」として存在します。薬価も安いので、せきで受診したときには担当医に蜂蜜を処方してもらうのもいいでしょう。
ただし、処方内容を決めるのは医師であり、希望したから必ず処方してもらえるというわけではありません。
ちなみに、太融寺町谷口医院では蜂蜜を小分けする余裕がないために(医療機関は瓶で購入しなければなりません)院内処方はしていません。
せきの大半は数日で治る
さて、ではせきで困ったときはどうすればいいのでしょうか。
まず、非常に大切なことを先に述べると、多くのせきは数日で改善します。夜眠れないほどの重症例や、2週間以上も長引くせきでなければ、市販薬も、医療機関受診も必要ありません。

過去に何度も述べたように風邪で抗菌薬(抗生物質)が必要な症例はごくわずかです。また、これも過去に述べたように、総合感冒薬も飲まない方がいいケースが大半です(過去の関連記事へのリンクは、冒頭にまとめてあります)。
実際、太融寺町谷口医院を長年受診している人は、ちょっとやそっとの風邪では受診しなくなってきています。鼻うがいと早めの(市販の)漢方薬でたいていはおさまると言ってくれる人が増えてきています。
重症や長引くせきは受診を
一方、重症や長引くせきは、放っておかず、かかりつけ医に相談しましょう。
たとえば、小児の「RSウイルス」による風邪では、一晩中せきがやまずに、一気に体力が消耗してしまうことがあります。こういう場合は、せき止め薬を、危険性を保護者に理解してもらった上で、処方することがあります。ただし処方期間はせいぜい3~4日程度です。
また、せきに加えて、強い胸の痛み、呼吸の苦しさ、高熱などがあるときも、受診した方がよさそうです。
次に、長引くせきの場合は、「まずせき止め薬」ではなく、そのせきの原因を突き止めることが重要です。当面のせきを抑えるだけだと、時々ですが、後に隠れている、風邪ではない重い病気を見逃すことがあるからです。
少数とは言え、長引くせきのなかには結核や肺がんがあります。百日ぜき、マイコプラズマ、クラミドフィラ(クラミジア)など細菌性の感染症が原因の場合は、抗菌薬での治療を検討します。
また「風邪をひく度にせきが長引く」という人は、せき喘息(ぜんそく)の可能性があります。この場合も、漠然とせき止めを使用すべきではありません。悪化して本格的なぜんそくになる心配もあるからです。必要に応じ、ぜんそく用の薬を組み合わせて治療を検討することもあります。
ほかに「逆流性食道炎」の影響で、せきが長引くこともあります。これが疑われれば、胃カメラで検査する場合もあります。

最後に、せき止めのポイントを振り返っておきましょう。
・主なせき止め薬は次の3種類
(1)麻薬系の、せき中枢を抑制するタイプ/(2)非麻薬系の、せき中枢を抑制するタイプ/(3)覚醒剤系の、気管支を拡張させるタイプ
・上記(1)(2)は副作用で眠気が出る。(1)(3)は依存性がある
・上記(1)(2)(3)とも長期使用せず3、4日程度にしておくべきである
・(1)は来年の途中から、12歳未満には禁止
・2週間以上も長引くせきは、市販薬に頼らず、せきの原因を突き止めることが重要
・長引くせきの原因には、風邪以外に、細菌性の感染症、せきぜんそく、逆流性食道炎などがあり、それぞれに合った治療法がある。まれだが肺がんや結核のこともある
太融寺町谷口医院院長
たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。