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インフル新薬「ゾフルーザ」に医師が慎重になる理由

谷口恭・太融寺町谷口医院院長

知っているようで、ほとんど知らない風邪の秘密【19】

 昨シーズン(2017/18年)に米国で8万人もの命を奪ったインフルエンザ。00年代初頭に登場した抗インフルエンザ薬「タミフル」(注1)は転落死などの事故との関係が指摘され使いたくないという声があるなか、今年3月には「ゾフルーザ」という新薬が緊急発売され注目を集めています。発売後、年度末までの2週間で24億円も売れたとか。ですが、少なくとも私の周りにはゾフルーザを積極的に処方すると考えている医師はほとんどいません。インフルエンザにかかればゾフルーザを使えばいい、というのは完全な誤解です。では既存の薬である「イナビル」や「タミフル」などを用いればいいのかといえば、そういうわけでもありません。インフルエンザの対処法については過去の記事(たとえば「『休めない』人はインフルエンザの薬を使うべきか?」)でも何度か取り上げましたが、今回は新薬ゾフルーザの効果と安全性を中心にまとめてみたいと思います。

 ゾフルーザが注目されたのは、タミフルやイナビルといった従来の抗インフルエンザ薬と作用機序(効く仕組み)が異なり、理論上は早く治せると考えられているからです。 

 では、実際にはどうなのかというと、実は最近までよく分かっていませんでした。きちんと検証された論文がなかったからです。ゾフルーザの添付文書には有効性を示すデータが記載されていますが、製薬会社が主体となった研究ではエビデンス(科学的確証)のレベルが高くないのです。

 そんな中、今年9月についに信ぴょう性の高い論文が登場しました。一流の医学誌「New England Journal Medicine」18年9月6日号に「成人患者と10代患者を対象とした合併症のないインフルエンザに対するゾフルーザ」というタイトルの論文が掲載されたのです。

 この論文は、12歳から64歳までのインフルエンザ患者、合計約1800人を対象にした、二つの臨床試験の結果をまとめたものです。試験では患者を「ゾフルーザを飲む人」「タミフルを飲む人」「プラセボ(偽薬)を飲む人」に分けて経過を比べるなどしました。また患者はみな「合併症のない人」つまり、インフルエンザにはかかったけれど、日ごろは健康な人たちでした。結論として重要な点を抜き出すと次のようになります。

 (1)ゾフルーザには臨床効果がある(つまり効く)。飲んだ患者は、プラセボを飲んだ患者(薬なしと同じ)よりインフルエンザの症状が約1日早く治まる。これはタミフルと同等

 (2)ゾフルーザを飲んだ患者からウイルスが検出される期間は、タミフルよりも2-3日短い

 (3)飲んだ患者の約1割に、ゾフルーザが効きにくくなるようなウイルスの遺伝子変異が生じる。結果、ウイルスが検出される期間が延び症状も長引く(つまり1割は治りにくい)

 (4)安全性に大きな懸念はない。ゾフルーザが原因の有害事象(副作用)は4.4%で、タミフルの8.4%より有意差をもって(つまり、おそらく偶然でなく)少ない

 これらの中でタミフルなど既存の抗インフルエンザ薬より、ゾフルーザが「魅力的」なのは(2)と(4)です。(2)は自覚できることではありませんが、感染者が周囲にウイルスをまき散らす期間が短くなるわけですから公衆衛生学的には「魅力的」です。

 (4)には少し注意が必要です。なぜなら新薬というのは、まだ分かっていない副作用のリスクがあると考えるべきだからです。つまり、数年後には副作用のリスクの差がなくなっている(あるいは逆転している)可能性もあります(注2)。

 というのは、この論文では確かにゾフルーザの副作用が少なかったのですが、これはあくまで「日ごろ健康な人たち約700人が飲んだ結果」です。本格的に薬を使い出せば何百万人もが飲む可能性があるうえ、持病がある人たちも飲むでしょう。その時に副作用がどうなるかは、この論文だけでは分からないのです。

 上記の中で最も注意せねばならないのが(3)です。約1割の患者でウイルスに変異が起こってしまうわけで、この1割に入ってしまえば治りにくくなり、また周囲に感染させるリスクも上昇します。そして、遺伝子変異というのは時間がたてばたつほどますます起こりやすくなります。その結果、薬がどんどん効かなくなってくるのです。 

 現在ゾフルーザについて分かっているのはこんなところです。ではゾフルーザは、どの程度積極的に使われるべきなのでしょうか。

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 今年10月、日本小児科学会は「2018/2019シーズンのインフルエンザ治療指針」を発表しました。実は我々医師は、指針が発表されるといううわさを聞いたときから、ゾフルーザがどのような位置づけになるのかに注目していました。

 結果は「当委員会では十分なデータを持たず、現時点では検討中」でした。つまり「積極的には推薦しない」ということです。

 実際の臨床では必ずしもガイドラインや指針に従う必要はありませんが、この指針が公表されたことにより「一部のメディアが言うようなゾフルーザの大量処方は生じない」と私は考えています。 

 私も小児科学会と同様に「積極的には推薦しない」立場です。その理由を説明する前に、小児科学会の指針にはもう一つ、興味深い内容がありますので見てみましょう。

 指針は入院患者に対しては原則として全員に、(タミフルなどの)抗インフルエンザ薬による治療を推奨しています。その一方、「(インフルエンザは)多くは自然軽快する疾患でもあり抗インフルエンザ薬の投与は必須ではない」と書いているのです。

 この点は非常に重要であるのにもかかわらず、誤解している人が大勢います。つまり、インフルエンザにかかったからといって、必ずしも抗インフルエンザ薬を使用する必要はなく、軽症例ではもちろん不要ですし、数日間寝込まなければならないような場合でも、健常者であれば放っておいても治るのです。

 私の診察では、インフルエンザの診断がついた患者さんのほぼ全員に「抗インフルエンザ薬を希望しますか」と尋ねます。「希望しません」と答える人も少なくなく、しかもそう答える人は年々増えています。 

 私が過去12年間、患者さんに「必ずしも勧めない」と言い続けてきたからです。放っておいても自然に治る病気に、3割負担とはいえ高いお金を払い、副作用のリスクを抱える必要はないのです。これはゾフルーザでも、他の抗インフルエンザ薬でも同じです。

 ただし、これは健常者の場合です。冒頭で述べたように昨シーズン、米国では8万人もがインフルエンザで命を落としています。ですから、ぜんそくや心疾患などの持病がある小児や高齢者、妊娠している女性には積極的に抗インフルエンザ薬を検討します。

 さて、こうした人たちに、ゾフルーザを使うべきでしょうか。紹介した論文のデータは「合併症のない人」が対象で、高齢者も妊婦も対象外でした。ですから、持病がある人たちなどが飲んだら、どうなるのかははっきりしません。

 一方で健常者のデータでは、効果は症状を1日早く治すことで、既存の薬と同じくらい。副作用も大差ないですが、新薬なので未知の部分があります。また変異したウイルスが増えそうな点はマイナスです。こうみるとゾフルーザを選ぶ積極的な理由はありません。

 なおゾフルーザは飲み薬で、1回だけ飲めばよい点は「魅力」かもしれません。それでも「1回で済む」薬には従来のイナビルがあります。これは吸入薬なので、吸入ができない人にはゾフルーザを考えるべきかもしれませんが。

 ところで、抗インフルエンザ薬よりもはるかに重要なのは「ワクチン」です。実際、昨シーズン米国で死亡した180人の小児の大半はワクチン未接種であったと報告されています

 では、ワクチンを打たなければならないのは小児や高齢者、妊娠中の女性だけでいいのかというとそういうわけではなく、健常者も検討すべきです。米政府の疾病対策センター(CDC)は「ワクチンに禁忌がなければ、(年齢が)6カ月以上のすべての国民にワクチン接種を勧める」と発表しています。

 ただし、インフルエンザのワクチンは過去の記事(インフルエンザワクチンは必要?不要?)でも述べたように、接種しても感染します。

 じゃあ何のために打つの?という疑問の答えは(1)ワクチンで感染を防げることもある、に加え(2)重症化を防げる=感染しても軽症で済む(3)他人へ感染させるリスクを減らすことができる、の三つです。

 個人的には(3)が最も大切だと思っています。つまり、健常者のインフルエンザのワクチンは、風疹のワクチンと同じ(風疹大流行で最も大事なこと『妊婦に感染させない』)で、自分のためというよりも「社会のため」に接種を検討すべきなのです。

   ×   ×   ×

 注1:タミフルは商品名で、薬の主成分を表す名前(一般名)は「オセルタミビル」。ゾフルーザも商品名で、一般名は「バロキサビル マルボキシル」です。本稿では抗インフルエンザ薬は商品名で紹介します。

 注2:薬の添付文書をみると、ゾフルーザ、タミフル、リレンザ、イナビル、ラピアクタ(いずれも抗インフルエンザ薬)の副作用発生率は、それぞれ5.4%、27.5%、17.2%、10.1%、24.7%です。ただし、これらは単純に比較できるわけではなく、本文で述べたように新薬には未知の副作用のリスクがあると考えるべきです。

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太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。