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「あなたと家族と人類」を耐性菌から守る方法

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
腰につけた布「フラッグ」を取り合って追いかけ合う子供たち。抗菌薬開発は細菌の耐性化とのイタチごっこだ
腰につけた布「フラッグ」を取り合って追いかけ合う子供たち。抗菌薬開発は細菌の耐性化とのイタチごっこだ

 あけましておめでとうございます。「実践!感染症講義」の167回目です。2015年7月の連載開始から3年半がたちました。それでも感染症は実にさまざまで、取り上げていない重要な病原体もたくさんあります。それらもこれから紹介しますが、同時にとても大切な問題は、角度を変えて繰り返し取り上げたいと考えています。そうした大切なことの一つで過去に何度か強調し、今年も強く訴えたいのが、抗菌薬が効かない「薬剤耐性菌」の問題です。解決には、読んでいるあなたの力が欠かせません。医療従事者だけでなく、一般の方の行動が大切なのです。

耐性菌は将来「年間1000万人を殺す」

 薬剤耐性菌は多くの人を殺しています。英政府の専門家チームが14年に推計した結果では現在、少なめに見積もっても世界で年間約70万人が、耐性菌に関連した原因で死亡しています。チームはさらに、こうした「耐性菌関連死亡」は2050年には年間1000万人に膨れ上がり、がんによる死者数を超えて、世界の死因第1位になると予測しました。この予測を表すグラフは、過去の記事(薬剤耐性菌の新たな恐怖 クロストリジウム・ディフィシル)で紹介しましたが、今回も掲載します。

 このグラフをよく見て考えてほしいことがあります。1000万人もを死に追いやる「薬剤耐性菌」を生み出しているのは、我々自身だということです。じゃあ“犯人”は誰なのか。医師、患者、ネット業者、畜産業者、(海外の)薬局などを挙げられるかもしれません。でも罪を押し付け合わず「これから誰もができること」を前向きに考えたいと思います。

The Review on Antimicrobial Resistance : Antimicrobial Resistance: Tackling a Crisis for the Future Health and Wealth of Nations (December 2014) より翻訳、一部改変
The Review on Antimicrobial Resistance : Antimicrobial Resistance: Tackling a Crisis for the Future Health and Wealth of Nations (December 2014) より翻訳、一部改変

知ってほしい「六つのこと」

 英国の大学「インペリアル・カレッジ・ロンドン」は昨年11月、「抗菌薬について医師があなたに知ってもらいたい六つのこと」と題した記事を公表し、世界中で話題になりました。その「六つ」を意訳すると、下記のようになります。簡単な解説もつけました。

 (1)【抗菌薬は貴重な資源】抗菌薬の有効性は日々低下しています。抗菌薬が効かなくなってしまえば、がんの治療、帝王切開など、ありふれた医療ができなくなります。

 (2)【薬剤耐性は新薬では解決できない】細菌は最終的には、どの抗菌薬も効かなくなる可能性があります。新しい抗菌薬が開発されてから耐性菌が生じるまでに至る時間はどんどん短くなっています。抗菌薬の効果を守る唯一の方法は「必要なときのみ使用すること」です。

 ※解説=抗菌薬を使っていると、細菌の遺伝子が変異し、薬が効かない耐性菌が出現することがあります。たとえば耐性菌として有名な「MRSA」(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)は、「ブドウ球菌」の一種です。この種類の菌には当初、ペニシリンが効いていました。ところが菌の遺伝子が変異し「ペニシリンに耐性のある(効かない)ブドウ球菌」が登場しました。そこで「メチシリン」という別の抗菌薬で治療していましたが、さらに、「メチシリンにも耐性」の菌が登場しました。これがMRSAです。MRSAには「バンコマイシン」という抗菌薬が効きますが、最近はこの薬も効かないものも出ています。耐性と新薬は“いたちごっこ”のような関係で、薬を作ると菌は防御策を取ってくるのです。

 一方で手術の際は、感染防止のために抗菌剤の使用が必要です。耐性菌ばかりになってしまえば、ありふれた手術でも、感染が怖くてできなくなります。

胃がんの手術に取り組む医師ら。手術には抗菌薬が欠かせない
胃がんの手術に取り組む医師ら。手術には抗菌薬が欠かせない

 (3)【抗菌薬を他の人に分けるのも、使わずに取っておくのもダメ!】=抗菌薬は処方された通りに内服することで効果を発揮します。常に医師の指示に従ってください。

 ※解説=「抗菌薬を何日使用すべきか」には明確なエビデンス(医学的証拠)がなく、経験則での治療が多くなっています。それでも各医師は「効果と耐性菌のリスク」を常に念頭に置いて、薬の種類、投与量、投与日数を考えて処方します。決して自身の判断で中断しないでください。中断すると、薬で死ぬはずだった菌が生き残って耐性菌が出現しやすくなりますし、症状が乏しい細菌感染の場合は、患者自身は治っていると思っても実は治癒していないということも多々あります。

 (4)【抗菌薬を海外で購入して取っておくのはダメ!】=偽造抗菌薬が出回っていて、世界的な問題になっています。偽造薬は効果がないことが多々あります。

 (5)【手を洗いましょう】=細菌に対する「最高の武器」は手洗いです。食事前、調理前、帰宅直後、トイレの直後には必ず、せっけんとぬるま湯で20秒間、手を洗いましょう。

 (6)【耐性菌問題を解決するには「あなた」の力が必要です】=耐性菌問題は、地球温暖化と同様、複雑で世界的な問題です。薬のなかった暗黒時代に戻ることを防ぐために、世界中のすべての人がそれぞれの役割を果たさなければなりません。

「あなたの力」が大切です

 この六つの中で私が特に注目したいのが、最後の「あなたの力が必要」です。(3)や(4)を見てもらえば、ひとりひとりの行動が、耐性菌の増減に影響することが分かるでしょう。だから「あなたの力」を求めているわけです。

 ところで過去の記事(簡単なのに抗菌薬過剰使用が解決できない理由)で述べたように、太融寺町谷口医院の昔からの患者さんは、抗菌薬の注意点をよく知ってくれています。

 医療プレミア編集部が書いた記事(「風邪に抗菌薬は効かず」知らない人が半数の現実)でも紹介されましたが、世論調査では「抗菌薬がウイルスに効く」と考える人が多いとの結果が出ています。でも谷口医院の古くからの患者さんで、こういう人はほとんどいません。さらに「抗菌薬は処方通りに飲んで」もよく分かってくれています。

「抗菌薬中止」の指示に疑問を持った患者

 先日、谷口医院に長年通院しているKさんが、へんとう炎で受診しました。私が「グラム染色」という検査法を使い、のどの粘液を顕微鏡で調べると、ペニシリンが効くと考えられる細菌が検出されました。そこでペニシリン系の抗菌薬を処方しました。

 その後、症状が続いたのでKさんは会社を休み、職場に近い谷口医院ではなく、自宅近くのクリニックを受診しました。そこでも薬の処方を受けて薬局に行きました。

 すると、なんとその薬局で、私が処方したペニシリン系の抗菌薬を中止するように言われたというのです。

 患者自慢をするようではばかられますが、Kさんは、抗菌薬を処方通りに飲まないと「耐性菌を増やすリスクがある」と理解されていました。そこでへんとう炎は治りかけていたけれど、「薬をやめてよいか」を私に相談しようと再び来院しました。「やめたら、生まれたばかりの自分の子供に耐性菌を感染させないか」と心配になったのだそうです。

 Kさんの考えは正しく、中止の指示には合理的な理由が見当たりませんでした。私がこの薬局を管轄する薬剤師会に問い合わせると、薬剤師会と薬局の双方から謝罪のメールが届きました。

 ちなみに、後に結果が出た細菌の培養検査では、Kさんののどにいた菌は「連鎖球菌」で、谷口医院で処方した抗菌薬が効くと確認できました。

「処方の理由を医師に聞きましょう」

 ここで過去の記事(「医師は抗菌薬を使いすぎ」は本当か?)で紹介した、私が提唱する「抗菌薬の四つのポイント」を再度振り返っておきたいと思います。

 (1)抗菌薬は必ず医師に処方してもらう(個人輸入はしない! 海外の薬局で買わない!)

 (2)処方された抗菌薬は大きな副作用が出ない限りは最後まで飲み切る。(「自宅にあった抗菌薬を飲みました」という人がいるが、抗菌薬を飲み残して自宅に置くのはダメ!=注1)

 (3)診察時に「抗菌薬が必要か」を尋ねるのはOK。「抗菌薬を下さい」はNG(「お金を払うって言ってるでしょ!」と怒り出す人がいるが、そういう問題ではない)。

 (4)抗菌薬が処方された時は理由を医師に尋ねる。

抗菌薬の処方が必要かどうか「グラム染色」という検査の結果を聞く親子=奈良県橿原市のまえだ耳鼻咽喉科クリニックで(同クリニック提供)
抗菌薬の処方が必要かどうか「グラム染色」という検査の結果を聞く親子=奈良県橿原市のまえだ耳鼻咽喉科クリニックで(同クリニック提供)

 谷口医院では過去12年間ずっと同じことを言い続けており、Kさんのような患者さんは年々増えています。ですが、最初から抗菌薬について正確な知識を持っていた人は少なく、診察室に入ってくるなり「今日はクラリス(薬の商品名)を3日分ください」など、銘柄を指定して抗菌薬を求める人すらいました。残念ながら理解が得られず怒って帰った人も何人かいますが、たいていの人は抗菌薬の正確な知識を学ぼうとしてくれます。

 現在は世界中の医師が、どのように説明すれば患者さんに薬剤耐性の問題を理解してもらえるかを模索しています。日本の厚生労働省もアニメ「機動戦士ガンダム」にあやかり「AMR対策いきまぁーす!」と記した啓発ポスターを作りました。無粋ながら説明すると、「AMR」は英語の「薬剤耐性」の略で、主人公の名前「アムロ」にかけたようです。

 厚労省のポスター

 それでもなお、今回のように間違った指示をする薬剤師や、とうてい細菌感染とは思えない患者さんに、抗菌薬(しかも強力すぎるもの!)を処方する医師がいるのも事実です。そういう事例は、過去の記事(難敵耐性菌を制圧した英国の“王道”政策)で取り上げました。

 ですから、たとえ相手が医療者でも、「耐性菌のリスクを増やす」と思える言葉や行為には、あなたが異を唱えることが必要になります。

 あなたとあなたの家族、そして人類を守るために。

未来に向かって!元気に走る子供たち
未来に向かって!元気に走る子供たち

注1:処方された抗菌薬を全部内服せず置いておくのは日本だけではないようです。米国の医療・健康情報サイト「HealthDay News」によれば、米国の、子どもを持つ親たちを対象にした調査で、48%が「抗菌薬を飲まずに残しておく」と答え、そのうちの73%は「その抗菌薬を他人に与えている」と回答しています。

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太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。