百年人生を生きる

寺カフェで集い語り合う「新しい墓のかたち」

星野哲・ライター/立教大学社会デザイン研究所研究員
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なんじゃもんじゃカフェで談笑する参加者=大分市内(筆者撮影)
なんじゃもんじゃカフェで談笑する参加者=大分市内(筆者撮影)

 家族関係が大きく変わる中で、私たちが迎えた多死時代。少子化で後継ぎがいない、地方から都市に出てきたので菩提寺(ぼだいじ)がないといった事情を背景に、従来の「家墓」「先祖代々墓」とは異なる墓を選ぶ人が増えている。墓石を使わない「樹木葬墓地」や、都会で次々と販売されている納骨堂だ。「家」に縛られず、最後に眠る場所を自分が選ぶ時代になった。その選択が新たな「つながり」も生んでいる。自分の墓や葬儀を準備するなどの「終活」にとどまらず、死を考えることをきっかけに家族や友人と集まったり、人との関係を見直したりする「集活」につながる動きもある。「死」や「墓」が、生きている人同士を結びつける新たな役割を持ち始めたようだ。

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星野哲

ライター/立教大学社会デザイン研究所研究員

ほしの・さとし 1962年生まれ。元朝日新聞記者。30年ほど前、墓や葬儀の変化に関心を持って以降、終活関連全般、特にライフエンディングについて取材、研究を続けている。2016年に独立。立教大学大学院、東京墨田看護専門学校で教えるほか、各地で講演活動も続ける。「つながり」について考えるウエブサイト「集活ラボ」の企画・運営も手がける。著書に「遺贈寄付 最期のお金の活かし方」(2018年、幻冬舎)「『定年後』はお寺が居場所」(同、集英社新書)「終活難民-あなたは誰に送ってもらえますか」(2014年、平凡社新書)ほか。