実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

ワクチンへの「否定」も「理解」も生んだネット情報

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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さまざまな情報が氾濫するインターネットの世界
さまざまな情報が氾濫するインターネットの世界

理解してから接種する--「ワクチン」の本当の意味と効果【36】

 かつて日本でも猛威を振るった天然痘の根絶宣言が世界保健機関(WHO)により発表されたのは1980年。死に至る病であったこの感染症を根絶できたのはワクチンが普及したからです。ワクチンは感染症と闘う立場からみれば最大の味方であり、発症をゼロにすることもできます。天然痘の次はどの感染症が根絶するか。私が医学部の学生の頃は、次はポリオ、その次は麻疹(はしか)だろうと言われていました。

世界各国で増える麻疹感染者

 ところが、双方とも根絶に至っておらず、ポリオはあと一歩というところまで来ていますが、麻疹は逆に増加しているのが現実です。

 
 

 WHOの2018年11月のニュースリリースによれば、00年から17年までに麻疹ワクチンのおかげで推定2100万人もの命が救われているものの、16年から17年の1年間で感染者が30%も増えています。

 WHOのニュースリリース

 また、ユニセフによれば、17年から18年にかけて98カ国で前年より麻疹感染者が増加しています。日本人の渡航者も多いフィリピンでは、19年1月1日から2月23日までに、すでに感染者が1万2736人、死亡者は203人。18年1年間の1万5599人を間もなく超えるのは確実です。

ラグビーボールで遊ぶフィリピンの子どもたち=2017年撮影。今年のフィリピンでは麻疹が流行している
ラグビーボールで遊ぶフィリピンの子どもたち=2017年撮影。今年のフィリピンでは麻疹が流行している

ワクチン接種を「ためらう」人たち

 なぜ、過去には天然痘と同じように根絶すると言われていた麻疹が逆にこんなにも勢いよく広がっているのか。WHOはその理由を複数あるとしながらも、最大の原因は「ワクチンへのためらい」、つまり「ワクチン接種を受ける機会があっても、ためらったり、接種を拒否したりすること」だと述べています。WHOが公表した「2019年の世界の健康の10の脅威」(英文)の一つに、この「ワクチンへのためらい」が選ばれています。

 現在の日本で最も議論されている「ワクチンへのためらい」はHPVワクチン(ヒトパピローマウイルスワクチン=子宮頸(けい)がんの一部や尖圭(せんけい)コンジローマなどを予防するのが目的)と言っていいでしょう。この連載でも何度も紹介しているように(たとえば「HPVワクチンを理解するのに必要なこと」)、医師の間でも推奨派と慎重派の間で激しい議論が繰り広げられています。

 しかし、世界全体に目を向けると、「ワクチンへのためらい」を議論しなければならない喫緊の感染症は麻疹です。

 過去にも述べたように麻疹は小児にも成人にも重篤な後遺症をもたらすことがあります(参照:「SSPE 恐ろしい『はしかのような』病から学ぶこと」「本当に『大丈夫』?渡航前ワクチンの選び方)。

スイス・ジュネーブにある世界保健機関(WHO)の本部
スイス・ジュネーブにある世界保健機関(WHO)の本部

 HPVは性行為でしか感染しませんから、ワクチンを接種しなくても予防することは可能です(過去の連載「性暴力被害から考えるHPVワクチン」で述べたように性被害のリスクはありますが)。

 一方、麻疹は同じ教室にいるだけでもリスクが生じる「空気感染」です。他人のせきやくしゃみから感染する「飛沫(ひまつ)感染」の病気(たとえばインフルエンザ)に比べて、感染力が桁違いに強いのです。

「反ワクチン」情報がネットで拡散

 さて、問題はなぜ「ワクチンへのためらい」が生じるかです。これだけ情報化社会となり、誰でもほとんど無料で「正確な情報」にアクセスすることができる時代です。我々医療者の視点で言えば、疑問点があれば「エビデンス(科学的確証)レベルの高い信頼のおけるソース(情報源)を調べよう」となるわけですが、そう考える人はさほど多くないのでしょう。たとえそう考えたとしても、論文などは難易度が高く言葉の問題もあり(信頼できる情報は圧倒的に日本語よりも英語の方が多い)、ハードルが高いのだと思います。

 16年に閉鎖に追い込まれた、DeNA社が運営していた医療情報サイトには、多数の誤情報があったようですが、大変な人気サイトだったと聞きます。おそらくその最大の理由は、文章が分かりやすくてインパクトのあるものだったからでしょう。つまり“読み物”としては論文やそれに近い硬い文章よりも「わかりやすく印象に残りやすい」内容の方が好まれるのです。

 これは日本だけではありません。そして、どうやら「原因」はウェブ上の健康情報サイトよりも、フェイスブックやYouTubeにあるようです。英国の新聞ガーディアン(The Guardian)紙は今年2月1日付の記事で「フェイスブックのワクチンに関する検索結果を見ると反ワクチンの宣伝文句が多くを占めている。YouTubeの推薦アルゴリズムは、使用者を、誤った反ワクチン情報に誘導している」と報じました。

 ガーディアン紙の記事

 メディアのみならず政治家も動きました。英国のメディア「テレグラフ(The Telegraph)」は2月15日付の記事で「米国下院議員のAdam Schiff氏(民主党、カリフォルニア州選出)は(フェイスブックCEOの)マーク・ザッカーバーグ氏に公開書簡を送り、ネット上でワクチンへの恐怖をあおった責任をとるよう求めた」と報じました。この記事で同議員は「(恐怖をあおる)情報の源がインスタグラムとフェイスブックであることを示唆する「強い証拠がある」と述べています。

テレグラフの記事

ネットメディアが「誤情報対策」

 これを受け、フェイスブックは3月7日に「ワクチンに関する誤情報と闘う」と題した文書を公表し、「ワクチンについて誤った情報を広めるグループやウェブページは、検索した場合に現れる順位を下げるなどし、『予測される検索用語』としても示さない」「誤った情報を含む広告は承認しない」などと宣言しました。なお、「誤った情報」であるかどうかの判断は、WHOなどの見解に基づくとしています。

はしかのワクチン接種を受ける人
はしかのワクチン接種を受ける人

フェイスブックのニュースリリース

 ※グーグルは、医療プレミア編集部の取材に「これまでに『ワクチン接種に関する検索で、より信頼できる内容が上位に表示されるようにする』『一部の反ワクチン動画について<お勧め動画>機能での表示を減らす』などの対策を取ってきている」と、英文でコメントを寄せました(編集部が日本語に訳しました)。

 では、麻疹の「ワクチンへのためらい」はなぜこんなにも大きいのでしょうか。そもそも米国ではワクチンの普及により、麻疹感染者は激減していたのです。それが再び上昇に転じたきっかけはおそらく過去にも紹介した「MMRワクチン論文捏造(ねつぞう)事件」(参考:「麻疹感染者を増加させた『捏造論文』の罪」) です。

 英国の元小児科医ウェイクフィールド氏が、ワクチンが原因で自閉症になるという自説を論文で発表しました。後にこれが捏造であることが発覚し、この論文は医学誌から取り下げられました(論文が載っていたウェブページには赤字でRETRACTED=英語で「撤回」=と書かれています)。捏造の罪は重く、同氏は医師免許を剥奪されました。

 ところが、いったん広がった“うわさ”は簡単にはおさまりません。一般社会には「ワクチン=自閉症」という認識が広がり、いまだに支持者の多いウェイクフィールド氏は、反ワクチンの映画まで製作しました。この映画は日本でも18年11月に公開される予定でしたが、直前で公開中止となりました。

 日本では中止されたとはいえ、すでに米国では公開されましたし、今後世界のいくつかの国でも上映が決まっていると聞きます。我々医療者からみれば「正式に論文が取り下げられ、捏造で医師免許を剥奪された医師の言うことを誰が信用するのか」と思わずにはいられないのですが、こうした事実経過を確認する人は少なく、”うわさ”はもはや消え去ることはないのかもしれません。

ワクチンへの理解を助けたネット情報

 一方で、保護者が反ワクチンであっても自らは「正しい選択」をしようと立ち上がる子供たちもいます。米「ワシントンポスト(Washington Post)」紙は今年2月、米国で麻疹が流行する中、ワクチン接種を禁じる親の意向に反して「自分や兄弟姉妹にワクチンを打ちたい」と訴える10代の子供たちが、複数出ていると報じています。

スマートフォンを使ってSNSの危険性を学ぶ児童たち。インターネットは便利だが注意点もある
スマートフォンを使ってSNSの危険性を学ぶ児童たち。インターネットは便利だが注意点もある

 その1人である18歳の少年は、反ワクチンを主張する動画をソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS=利用者がインターネット上で交流する仕組み)に投稿する母親に疑問を感じて、科学論文や科学雑誌を読みあさりました。その結果、「自分にも、2歳から16歳までの弟妹にも、ワクチンを接種してほしい」と考えたのだそうです。

 結局、彼は自分の意志でA型及びB型肝炎、HPVなどのワクチンを受けましたが、弟妹には受けさせられず「妹が麻疹でひどい目にあいはしないか、心配で胸が張り裂けそうだ」と話したそうです。

ワシントンポストの記事

 同紙によると、少年が母親にあらがって「事実」を探求できたのは、ソーシャルメディア「Reddit」で1200以上ものコメントが届いたからだそうです。

 誤情報がはびこる原因がSNSであるのは事実ですが、正確な情報収集に役立つのもまたSNSというわけです。

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。