実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

家庭にいるのは「イエダニ」? ダニを巡る誤解と病気

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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 病気を起こす原因の一つに「ダニ」があります。たとえば、家庭にいるダニがアレルギーの原因になるというのは、ご存じの方が多いでしょう。ただ、患者さんが「ダニが原因です」と言ったときに「どのようなタイプのダニを想定しているのか」を医師の側が確認しておかないと、話がまるでかみ合わないことがあります。一口にダニと言っても実は、とてもたくさんの種類があり、その種類によって、起こす病気も対処法も全く変わってくるからです。今回はダニに関するありがちな誤解と、ダニが起こす病気のごく簡単な説明をします。そして次回に、ダニの一部が起こす怖い病気と対処法をお話ししようと思います。

 ありそうな誤解の例を挙げましょう。

 患者:2週間前から鼻水で困ってるんです。3日前から夜中にせきが出るようになってきました。実は去年の同時期にも同じことがあったんですよ。「イエダニ」のせいだと思います。

 医師:イエダニ……ですか。家にはネズミがいますか?

 患者:ネズミ? 何の話をしているんですか? ハウスダスト(家の中の細かいほこり)のせいで鼻水とせきが出てるんじゃないかと。

 医師:ああ、「ヒョウヒダニ」のことですね。

 患者:ヒョウヒダニ? 違います。家の中にいるダニ、イエダニです!

 この患者さんは「イエダニ」を誤解しているのですが、たいていの医師はこの誤解が多いと知っていますから、実際にはこのような(意地悪な)対応をしないと思います。このように、患者さんが考えていることと、我々医師が前提としていることに隔たりがあるという場面は医療の現場ではものすごくたくさんあります。ですから、医師の「常識」を押し付けるのではなく、まずは患者さんがどのように理解しているのかを確かめながら話を進めるよう努めています。

 ただ事実としてはこの医師の言うように、「イエダニ」は通常ネズミに寄生しているダニです。ときにヒトの皮膚を刺して強烈なかゆみ(ときには痛み)を引き起こします。ただし、刺されても鼻水やせきが出るようなことはありません。

「イエダニ」はネズミに寄生している
「イエダニ」はネズミに寄生している

 なお「なんでネズミにいるダニなのに『イエダニ』なんて名前がつくの」という疑問が出そうです。これはもともと日本の(古い)家屋には、ネズミが当たり前のようにいて、日本人にもなじみがあったからではないかと考えられます。

 一方、鼻水やせき、あるいはアトピー性皮膚炎の悪化因子となるダニは、やはりこの医師が指摘している「ヒョウヒダニ」です。ヒョウヒダニの死骸やふんなどに含まれる一部の物質がアレルゲン(アレルギーを起こす原因物質)となるのです。ハウスダストの主成分はそういったヒョウヒダニ由来のアレルゲンです。

 また「ほこり」も文脈によっては似たようなものを指します。これらをもう少し正確に言えば、ほこりの一部が「ハウスダスト」であり、さらにその一部(大部分)が「ヒョウヒダニの死骸やふんに含まれるアレルギー性の物質」だというわけです。

 ところが、ヒョウヒダニは家屋に、つまり「イエ」にいますから、この「イエ」がハウスダストの「ハウス」と”無意識的に”重なり「イエダニ=ハウスダスト(の一部)」と思っている人が多いのです。

家の中のほこりにはダニのふんや死骸がひそむ
家の中のほこりにはダニのふんや死骸がひそむ

 この誤解は無理もないと思います。インターネット上にも同様の誤った情報が氾濫しています。

 最近「グーグル翻訳」の技術が大きく向上したということがよく指摘されますが、グーグルに「イエダニ」と日本語を入力すると「House dust mite」と表示されます(2019年5月6日現在)。

 miteはダニの意味ですから、これは「イエダニ=ハウスダスト(の一部)」という、上記の患者さんの誤解と同じです。イエダニの正しい英訳は「tropical rat mite」です。

 一方、グーグル翻訳に「ヒョウヒダニ」を訳させると「Leopard mite」(豹<ひょう>のダニ)と出てきて笑ってしまいました(失礼!)。 最近、グーグル翻訳が発達したから医療者は必ずしも英語ができなくてもいいのではないか、という意見がチラホラ聞かれますが、これらの例を見る限り、現時点ではまだまだと言わざるを得ません。

 話を戻してここでダニの分類をしてみたいと思います。といってもダニは50万種とも100万種ともいわれるほど種類が多く、生物学的にきちんと分類しようとするとものすごく複雑になります。簡単に理解するために、ここではヒトに何らかの疾患をもたらすダニのみを取り上げて、私が勝手に決めた5分類を紹介します。

 (1)ヒョウヒダニの仲間:「ヤケヒョウヒダニ」「コナヒョウヒダニ」が代表。家屋内に生息。通常ヒトを刺すのではなく、ふんや死骸に含まれる一部の物質がアレルゲンとなり、鼻水、せき、目のかゆみ、湿疹などの症状をもたらす。

 (2)家屋にいてヒトを刺すダニ:ネズミに寄生する「イエダニ」が代表。他に「ツメダニ」や「シラミダニ」なども該当する。刺されると強いかゆみが出る。「虫刺され」に分類し、狭義の感染症には含めない。

 (3)ヒゼンダニ:疥癬(かいせん=皮膚がかゆくなる病気)の原因となるダニ。ヒト疥癬はヒトからヒトに感染する。ノーベル賞を受賞された大村智先生が開発したイベルメクチンが特効薬(参照:「疥癬--ノーベル賞・大村智先生、もう一つの功績」)。

ヒゼンダニが起こす「疥癬」の薬「イベルメクチン」(商品名メクチザン)=MSD提供
ヒゼンダニが起こす「疥癬」の薬「イベルメクチン」(商品名メクチザン)=MSD提供

 (4)ニキビダニ:ヒトの顔面の毛穴に生息しているが通常は害がない。ステロイド外用薬などの不適切な使用の影響で異常増殖し、治療が必要になることもある。

 (5)マダニ:森林や野原などでヒトを刺す。刺されただけならかゆいだけだが、ときにウイルスや、微生物の一種である「リケッチア」をヒトの体内に感染させることがある。こうなると「死に至る病」が起きることもある。

 (1)から(4)のダニは大きさが1mm足らずで肉眼では見えないことが多く(吸血後のイエダニは1mm以上になり肉眼視できることもありますが)、存在を証明するためには顕微鏡で虫体を確認する必要があります。

 一方(5)のマダニはかなり大きくて、吸血前でも1mmくらいあり、吸血後は1cm以上になることもあります。英語ではmiteとは呼ばずtickという表現が使われます。私の印象で言えば、英語を母国語とする人たちはmiteとtickをまったく別の生物と捉えています。例えば、「ピクニックに行って下腿(かたい)をダニに刺された」という患者さんに対してmiteと言っても通じません。この場合必ずtickを用います。

 しかしtickとmiteが生物学的に大きく異なるのかと言えば、そういうわけではなくやはり同じダニの仲間です。足は6本ではなく8本です。つまり(miteもtickも含めた)ダニは昆虫ではなくクモの仲間となります。

 ダニに似ていて、しばしば同じ系列の「虫」として語られる他の生物も簡単に紹介しておきましょう。

英語で「ダニに注意!」と書かれた看板(ドイツで)
英語で「ダニに注意!」と書かれた看板(ドイツで)

 「中国や東南アジアなどで安いゲストハウスに泊まってダニに刺された」と言って受診される患者さんがいます。こういうケースではダニよりも先に南京虫を疑います。南京虫は英語でbed bugと言います。患者さんは「安い宿だったから……」と言いますが、高級ホテルに泊まっても被害にあうこともあります。日本では「トコジラミ」とも呼ばれます。ただしこれは、「シラミ」という名前を持っているのに、シラミではなく「カメムシ」の仲間です。

 一方、(本当の)シラミには多数の種類がありますが、ヒトに害をもたらすのは「アタマジラミ」「ケジラミ」「コロモジラミ」の3種です。最近これらの治療が難しくなってきていることもあり、いずれこの連載で取り上げてみたいと思います。トコジラミもシラミ(先述の3種)も、6本足で昆虫の仲間です。

 もうひとついっしょにみておいた方がいいのは「ノミ」です。ノミも、シラミと同様に6本足で昆虫の仲間です。現在の日本でノミが問題になることはほとんどありませんが、14世紀にヨーロッパの人口の半数以上を死亡させた「ペスト」はノミが原因でした。そして、ペストは現在でも消滅したわけではありません。いずれこの連載で紹介したいと思います。

 次回は上記(5)の「マダニ」を取り上げます。マダニが病原体を媒介する感染症は複数あります。有効な治療法のない「死に至る病」、早期発見のコツ、予防法、ワクチンなどについて紹介する予定です。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。