実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

国外と北海道で気をつけたい「ダニによる感染症」

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
  • 文字
  • 印刷
虫よけスプレーを使う2人連れ=東京都渋谷区で2014年
虫よけスプレーを使う2人連れ=東京都渋谷区で2014年

 今回は前回に引き続き、ダニに刺されて発症し、重症化することもある感染症を五つ紹介します。前回紹介した三つの感染症、SFTS、ツツガムシ病、日本紅斑熱に比べると、今回述べる五つは国内では比較的まれです。ですが、海外渡航時に感染する可能性は考えなければなりませんし、北海道在住または北海道に旅行する人は注意が必要な場合があります。

 まず「スピロヘータ」と呼ばれるグループの細菌を、ダニが運んで起こす病気を紹介します。スピロヘータはグラム陰性(グラム染色でピンクに染まる)のらせん状の細菌です。このグループの細菌にはいくつか種類があり、これまでの連載で2回登場しています。

 登場済みの一つは「梅毒」を起こすスピロヘータで、主に性的接触で感染します(参照:再考 梅毒が「急増している」本当の理由)。もう一つは「レプトスピラ」を起こすスピロヘータです。この病気は不潔な水からうつるほか、イヌからも感染する可能性があることを過去に述べました(参考:レプトスピラ…洪水と犬の意外な共通点)。

皮膚が赤く腫れ、かぜのような症状が出る「ライム病」

 さて、ダニに刺されてスピロヘータに感染する疾患の一つめは「ライム病」です。

 たいていの人は一度この名前を聞くと忘れません。おそらくフルーツのライムを思い浮かべるからでしょう。ですが、病名の由来はそのライムではなく、この病気の患者が多く出た、米国の地区の名前です。

 感染すると皮膚が赤く腫れたり、頭痛や発熱などインフルエンザのような症状が出たりします。病気が進むと関節炎や心筋炎など全身にさまざまな症状が出ることもあります。

 日本より米国に報告が多いのは事実ですが、ダニ(マダニ)にスピロヘータが寄生している率は日本でも低くないと言われており、注意が必要です。刺された記憶がなくても、紹介したような症状が出て、しばらく前に野山を訪れていれば、そのことを医師に伝えるべきです。

 ライム病は日本全国の多くの地域で報告がありますが、圧倒的に多いのが北海道です(参照:国立感染症研究所のグラフ)。そして、北海道でマダニに刺された人の8%がライム病に感染したとの報告もあります。

 ライム病の皮疹は特徴的なのですが、たとえ皮膚症状がなくても、これだけの高い数字を考慮すると、北海道を訪れた後に発熱が起これば感染の可能性を検討すべきでしょう。

ライム病で足が腫れた男性
ライム病で足が腫れた男性

 なお米国ではライム病の治療後に、慢性的な疲労感や関節痛などに悩む患者さんがいます。これは「ポストライム症候群」などと呼ばれます。さらにライム病の後には自殺や殺人を起こしやすくなるという報告すらあります。米疾病対策センター(CDC)によれば、この原因は分かっていません。

発症と小康状態を繰り返す「回帰熱」

 ダニがスピロヘータを媒介する、もう一つの感染症は「回帰熱」です。

 感染すると発熱や頭痛などが起きます。数日で治まりますが、さらに数日後に再び発症します。これを繰り返すので「回帰熱」と名がつきました。

 アメリカ大陸、アフリカ、中央アジア、中東などでみられる病気で、日本では数十年間発生がない時代が続いていました。しかし2013年に北海道で国内感染が2例報告されています。この2例は当初は正確な診断がつかずライム病と考えられていたそうです。なお回帰熱はダニだけでなくシラミから感染することもあります。

重いとけいれんや知覚異常が出る「ダニ媒介性脳炎」

 次に「ダニ媒介性脳炎」を紹介します。これは前回述べたSFTSと同様、ダニがウイルスを媒介する感染症です。発症すると発熱や頭痛などに加え、重い場合はけいれんや目まい、知覚異常などが出て死亡することもあります。

 このダニ媒介脳炎には、特効薬はないものの、すぐれたワクチンがあります。

 これは主にロシアや北欧、東欧の病気なので、そういった地域に渡航しなければ対策不要です。渡航するにしても市街地に滞在するだけでマダニに刺される可能性がないなら不要でしょう。

 ただ、ダニ媒介性脳炎は多くの国で増加傾向にあります。ですから例えば渡航中に自然に触れるかもしれない人は、ワクチン接種を検討すべきでしょう。このワクチンは複数回の接種が必要なので、初回接種時にその後のスケジュールを確認しなければなりません。

 日本ではこのワクチンが未認可のため、渡航予定の方から私が相談を受けたときは「現地に着いてから、ワクチンが必要かどうかを現地の人と相談するように」と助言しています。また希望者には、現地の空港到着時に空港内のクリニックで接種するよう勧めています(ダニ媒介性脳炎に限らず、日本未認可のワクチンは現地渡航時に空港内のクリニックでの接種を勧めます)。

 なお、日本国内でも北海道だけは別に考える必要があります(またもや北海道です)。19年5月現在、国内では過去に5例の報告がありすべて道内での感染です。今後「北海道でアウトドアを楽しむ前にワクチン接種を」という動きになるかもしれません。そうなると日本でもワクチンの認可が求められます。

 患者の首からダニを取り除く医師
患者の首からダニを取り除く医師

 あと二つ、ダニが病原体を媒介する感染症を紹介します。これらはいずれも日本では報告がありませんが、世界的には重要な感染症です。

米国中部に多い「ロッキー山紅斑熱」

 一つめは「ロッキー山紅斑熱」で、病名は米国のロッキー山が由来です。日本での報告はありませんが、米国本土では年間3000人以上が感染しています。

 発症すると皮膚の赤い発疹や、頭痛、高熱などが出ます。発生地域には偏りがあり、米ノースカロライナ、テネシー、オクラホマ、アーカンソー、ミズーリの5州で全体の6割以上を占めます。ダニが活発に活動する夏に感染する人が多いのですが、他の季節でも報告があります。

旧ソ連軍を苦しめた「クリミア・コンゴ出血熱」

 国際的に重要な感染症の二つめは「クリミア・コンゴ出血熱」です。発熱や頭痛、発疹などに加え、血便、鼻血などの出血症状が出ます。

 以前、動物シリーズで「マルタ熱」を紹介(参照:日本で新種発見 特徴的な症状に乏しいブルセラ)した際、クリミア戦争で英国軍を苦しめたのがロシア軍ではなくマルタ熱であったことを述べました。

 そして興味深いことに、クリミア・コンゴ出血熱が発見されたきっかけも、やはりクリミア地方での戦争でした。第二次世界大戦時にクリミア地方の旧ソ連軍で患者が集団発生したのです。その後、アフリカのコンゴ地方で見つかったウイルスが、クリミア地方で出血熱をもたらしたウイルスと同一であることが判明し、クリミア・コンゴ出血熱と命名されました。

診たことのない病気を「見逃さない」ための努力

 2回にわたりダニが媒介する八つの感染症を紹介しましたが、実は、これら八つの診断を、私自身が下したことは一度もありません。私だけではなく、日本ではそういう医師の方が圧倒的に多いのが現実です。

 しかし、一度も直接診たことがない感染症でも、見逃すわけにはいきません。我々の世界では「経験がないから診断がつけられず見逃してしまい結果的に患者さんを不幸にしました」ということは絶対に避けなければならないのです。ときには「ダニに刺されていない」と言われても、野原に行ったと聞けばしつこく問診を繰り返したり、場合によっては全身の皮膚の診察をさせてもらったりするのは、少しでも可能性があれば「ダニが起こす病気ではない」と確かめなければならないからです。

 最近は逆に、患者さんがこういった感染症を心配することも増えています。「ダニに刺されたんですけどSFTS大丈夫でしょうか」と言って、傷口を見せてくれる患者さんもいますし、皮膚からはがしたダニを持ってこられる人もいます。心配は分かるのですが、刺入部のかゆみ以外に症状がなければ、経過観察だけで大丈夫です。患者さんにはこう説明し検査は行いません。

 ちなみに「刺したダニが皮膚から離れない」と言って受診する人も時々います。この場合、無理に引きはがそうとするとダニの一部が体内に残ってしまいます。当院でよく行うのは「ワセリンなどを刺入部にたっぷりと塗布して30分ほど放置しておく」という方法で、ダニが窒息しガーゼなどでぬぐうだけで簡単に取れます。

 これが無効ならば以前は麻酔をかけて外科的な処置をすることもあったのですが、最近は「ティックツイスター」と呼ばれる器具がよく使われます。ダニを回転させて外す器具で、ホームセンターや薬局で購入できます。

当たり前でも最強の対策は「ダニに刺されないこと」

 最後に対策をまとめておきましょう。

 八つの感染症のなかでワクチンがあるのは「ダニ媒介性脳炎」だけです。抗菌薬が効くタイプの病気も発見が遅れることがあります。そしてSFTSにはワクチンも治療法もありません。これらへの最強の対策は、当たり前ですが「ダニに刺されないこと」です。

 長袖・長ズボンを着用し肌を露出しない▽蚊対策と同様、虫よけ剤の「DEET」や「イカリジン」を用いる――が大切です(参照:蚊対策 四つの「決め手」【後編】)。時々「(ティックツイスターで)皮膚にひっついたダニを取るのが得意」と言う人がいますが、うまく取れたとしても感染症のリスクは残るのです。

<医療プレミア・トップページはこちら>

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。