介護崩壊~2040年への序章

高齢人口急増「2040年大量孤独死社会」の恐怖

医療プレミア編集部
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 「介護」と言われても具体的なイメージはなく、「その時が来ればなんとかなる」と思っている人が多いだろう。これまではそれでも良かった。しかし今後はそうはいかない。高齢化で介護や医療のインフラは圧倒的に足りなくなり、「家族介護」の時代に逆戻りしかねない。人口は減り、国の財政がさらに悪化し、年金不安も増す。この最悪シナリオの主役は高齢者だけでなく、国民全員だ。2040年に向かって何が起ころうとしているのか。【毎日新聞医療プレミア/吉永磨美、鈴木敬子】

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「民間経営の有料老人ホーム」に1カ月27万円!

 年をとって施設に入るとき、いったいどのくらいの費用が必要かみなさんはご存じだろうか。名古屋市のサトシさん(仮名、80歳)の例を紹介しよう。

介護付き有料老人ホームで暮らすサトシさん。入所してもうすぐ2年になる
介護付き有料老人ホームで暮らすサトシさん。入所してもうすぐ2年になる

 2年前に血管の病気を患い、認知症が進行したため市内の完全介護の有料老人ホームに入所した。現在は症状がさらに進み、自分で歩くこともトイレに行くこともできない。日常の生活のほとんどを施設の職員に頼っている。

 ホームの利用明細を妻ヨーコさん(77)に見せてもらった。

 例えば2019年1月分の利用料は、介護保険3割負担7万3785円▽食費(朝昼夜)3万8148円▽洗濯代4120円▽電気代7696円▽立て替え金2万7581円▽家賃9万6000円▽管理費2万9808円――。合計27万7138円だった。

サトシさんの施設費用の明細。この月の支払いは約27万円だった
サトシさんの施設費用の明細。この月の支払いは約27万円だった

 この老人ホームは民間企業の経営。入居時負担金はないものの、食費も含む1カ月の費用はかなり高額だ。

 現在、老齢年金の平均月額は、厚生年金約14万7000円、国民年金は約5万5000円(17年度末)だ。一方、自治体の補助などがある特別養護老人ホーム(特養)の費用はざっくり丸めて月額7万~15万円、民間経営の介護付き有料老人ホームは月額15万~30万円以上必要といわれる。特に都市部では、年金だけで民間有料老人ホームの費用をまかなうことは難しい。

 サトシさんは大手企業の社員だった。高度成長期に会社員人生を送った“恵まれた世代”だ。それなりの貯蓄があり、毎月の年金額も多く、ホームの費用を何とか支払えている。

 家族は「二度と自宅で暮らすことはないだろうが、それでも施設に入れただけ恵まれていたと思う。本人の年金がなかったら入所は難しかった」と話す。

 費用を低く抑えられる特養への入所希望者は多いが、15年以降、要介護3以上でなければ原則入所できなくなるなど、入所基準は格段と厳しくなった。入所待機者数は高い水準でとどまったままだ。

サトシさんが入居する約20平方メートルの個室
サトシさんが入居する約20平方メートルの個室

 年金や貯蓄が少ない人は、介護が必要になっても簡単には施設に入れず、訪問介護や生活援助サービスを利用しながら自宅で過ごすしかない。

介護人材が絶望的に足りなくなる「2040年問題」

 40年には、就職氷河期世代で非正規雇用の割合が高い団塊ジュニアが高齢期を迎え、高齢者人口全体も約4000万人に達する。関係者は「就業者が減るなか、医療、介護サービスの質は大きく下がるだろう」と予測する。これが福祉分野の「2040年問題」だ。

 特に危機に陥るのは首都圏などの大都市部。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、首都圏の高齢人口は25年以降も増え続ける。

みその生活支援クリニック(相模原市)院長の小野沢滋さん
みその生活支援クリニック(相模原市)院長の小野沢滋さん

 相模原市で在宅医療に携わる小野沢滋医師は「40年から60年にかけて首都圏の介護と医療は危機的状況になる。特に東京では、高齢者増加に介護や医療のインフラが追いつかなくなる」と警鐘を鳴らす。

 現時点でも、高額な有料老人ホームに入れる人は限られる。特別養護老人ホームは常に空き待ち状態だ。この先、施設に入れない高齢者が爆発的に増えれば、訪問介護のニーズはさらに高まるだろう。

 だがすでに、訪問介護に必要なヘルパーのなり手は足りず、離職者も後を絶たない。未婚率上昇と合わせて、家族がいない「1人暮らし高齢者」も増え続ける。小野沢さんは「医療も介護も受けられない高齢者が増え、大量孤独死社会が来るかもしれない」と心配する。

サトシさんは入所後に認知症が進行した。面会に来た家族の名前を思い出せないこともある
サトシさんは入所後に認知症が進行した。面会に来た家族の名前を思い出せないこともある

燃え尽き症候群になる介護職員たち

 介護の現場は今、ヒリヒリとした緊張感と危機感に覆われている。

 派遣された家はゴミ屋敷。トイレに汚物がこびりつき、あちこちに失禁の跡がある。ヘルパーが到着すると延々説教を始める認知症患者は、次の派遣先に向かおうとすると、「途中で席を立つとは何ごとか」と何時間も怒り狂う。

 「俺の話を聞いてくれ。話し相手になってくれ」と懇願する男性、スーパーで毎日1万円の買い物をする認知症の人、寂しいので近所の子どもにお金を配ってしまう人もいる。

 
 

 1人暮らしで介護が必要な高齢者はこれから増えるばかり。だが彼らをケアできる人材は年々減っている。千葉市のケアマネジャー、吉松美津代さん(71)は「福祉業界に悪い人はいない。みんな優しいし、よくやるねという人ばかり。何でも優しくてやってくれる。でも善意ではもたない。燃え尽きる人もいる」という。

 吉松さんは18年、在宅ケアの担い手を育てようと、NPO法人「千葉西地域包括多職種の会」を設立した。地域住民を対象に勉強会を開き、傾聴や病院内介助、認知症患者見守りができる人材を育てたいと考えている。

 吉松さんは「ヘルパーやケアマネジャーが高齢者のケアをすべて担うのは難しくなっている。隙間(すきま)を埋めるケア技術を持つボランティアを地域で育てたい。担い手になっておけば、実際に介護を受ける時にも役立つ」と呼びかける。

 大量介護時代の2040年まであと20年。残された時間は多くない。

 次回「『絶対的ヘルパー不足』で“在宅介護崩壊”の予兆」も本日同時公開です。

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