介護崩壊~2040年への序章

超高齢時代「自分らしい最期」のための覚悟と準備

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 介護危機が進む中、「どう生きたいか、どう終わりたいか」を考える人が増えてきた。もしもの場合にどう備えるかを事前に本人、家族、医療関係者が話し合い、共有する「アドバンス・ケア・プランニング」(ACP)の取り組みは、その一つの形だ。人生の最後に自分の意思をどう反映させるか、そして家族にどう受け入れてもらうのか、さまざまな模索が始まっている。千葉県松戸市の三和病院顧問でACP普及に取り組み、訪問診療の場でも実践している高林克日己(かつひこ)医師(前千葉大学病院副病院長)に聞いた。【毎日新聞医療プレミア/中村好見】

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命の危険が迫った時に医療やケアを自分で決められないことがある

 ――なぜACPが必要とされるようになったのですか。

 ◆高林克日己さん 命の危険が迫った時に、脳梗塞(こうそく)や認知症の患者さんでは医療やケアを自分で決めること、人に伝えることができなくなります。すると、本人が望まない治療やケアが延々と続けられる状況になりかねません。そこで本人が元気な時に、家族やかかりつけ医などの信頼できる人と話し合っておくことが大切だと考えられるようになりました。私は今10人ほどの患者さんの訪問診療をしていますが、「もしもの時」に望む治療やケアをすべての患者さんに聞き、具体的な「事前指示書」を作ってもらっています。

 ――具体的にどんな指示書を書いてもらうのでしょうか?

 ◆最期を家で迎えたいのか、かかりつけの病院や救急病院に搬送されて治療を受けたいのか▽心臓マッサージなどの救急蘇生処置をするか、人工呼吸器をつけるか▽食事が口からできなくなった時、胃ろうや胃管、点滴など人工栄養法を選択するか▽輸血はするか――などについて意思を書いてもらいます。誰か信頼できる人に判断を任せる場合は、家族などの具体的な名前や担当医師の名前も書いてもらいます。

 ただし、これらは「死期が近く何も治療しなければ亡くなってしまう、または自分が希望する健康状態まで回復できない状態」で、かつ「自分で意思表示ができなくなったと判断された時」のみ有効であることを前文で示しています。

 また、事前指示書の内容を今後自分で変えることもあること、予期しない突発的な交通事故などについては対象外で、通常の医療を受けることも明示しています。

訪問診療で80代女性に「調子はどうですか?」と語りかける高林克日己さん=千葉県松戸市で2019年3月25日、中村好見撮影
訪問診療で80代女性に「調子はどうですか?」と語りかける高林克日己さん=千葉県松戸市で2019年3月25日、中村好見撮影

「本人や周りの人の気持ちは揺れる」話し合う過程を大切に

 ――「『もしもの時』を考えるのは気が重い」「今はまだ考えたくない」「親にはなかなか切り出しにくい……」という気持ちも持ちそうですが。

 ◆ACPや事前指示書の作成は強制されるものではありませんし、強制されることがあってはいけません。しかし実際に多くの終末期の患者さんをみてきた中で、本人も家族も後悔の残る選択にならないように、事前に話し合っていたらよかったのにと感じるケースがたくさんありました。本人の意思が分からないと、救急搬送された場合、救急救命センターでは「とことん」治療されることになります。

 ――事前に本人の意思を確認していても、その意思が変わる可能性もありますね。

 ◆本人の意思はころころ変わりますし、変わって当然です。元気で健康な時の意思と、実際にがんなど病気になった時の意思、そして「余命数カ月」と言われた時の意思は違います。その状況になってみないとわからないものです。だから、ACPや事前指示書は一度決めたら“それで終わり”ではありません。定期的に見直し、希望が変わったら家族とその都度話し合うことが必要です。

 私は患者さんが「あと少しで死を迎えるかもしれない」時に、改めて家族全員を呼びますが、事前指示書があるから迷わないかというと決してそうではありません。例えば、本人が「家で最期を迎えたい」と望み、家族がその意思を尊重したいと思っても、本人や家族は「やはり病院の方がよいかな」と迷うものです。

 そこで、在宅医療でできること、入院した場合の状況を説明し、「私がちゃんと最後まで診ますよ」と伝えると安心してもらえます。「本人や周りの人の気持ちは揺れる」ことは知っておく必要があります。

訪問診療で80代男性の胸に聴診器を当てる高林さん
訪問診療で80代男性の胸に聴診器を当てる高林さん

 ――最後まで揺れ続けるのなら、事前に話し合う意味はあるのでしょうか

 ◆本人と家族、医療者が話し合うその「過程」が大切で、それがACPの定義そのものです。具体的なことを決められなくても、望む医療やケア、死生観を聞いておくことには意味があると思います。

 私は還暦を迎える60歳、または古希を迎える70歳を目安に事前指示書を作っておくことを勧めています。とはいえ、突然の事故や脳血管疾患で倒れ、自分の意思を示せなくなる可能性は誰にでもあります。誰もが元気な時に一度は家族と話し合っておいた方がよいと思います。また、実際に終末期を迎えた時、本人に意思を確認できる状況であっても、一度も話し合ったことがなければ「なかなか切り出しにくい」ということもあるでしょう。

事前指示書に「法的拘束力」は必要か

 ――日本でも「尊厳死法」を制定し、欧米のように事前指示書に法的拘束力を持たせるべきだという議論がありますが、本人の意思が変わり得ることを考えると、法的拘束力を持たせるのは少し怖いとも思います。

 ◆確かに法制化されて事前指示書に第三者のサインも必要となると、本人の意思が変わった時に、すでに作ってあった事前指示書を、場合によっては変更しにくくなる可能性はあるかもしれません。慎重に議論した方がよいとは思います。

 先ほど「過程」が重要と話しましたが、病院側が「事前指示書をとる」ことに積極的になった場合、本人にきちんと理解してもらえないまま書類が作られ、本来の目的が形骸化しかねない心配もあります。ただ現状では法的拘束力がないので、たとえ事前指示書を作っても医療者にその通り処置してもらえないケースもあります。

 特に救急搬送の場合は原則、救急救命措置が行われます。心臓が止まっていると、心臓マッサージの医療機器がつけられることがあります。この機器をつけると、自動で適切な深さ(5㎝以上6㎝未満)と速さで胸骨を圧迫できますが、特に高齢者は胸骨や肋骨(ろっこつ)がぼきぼきに折れます。終末期に、このような機器をつけられることを望まない人も多いでしょう。

訪問診療した90代男性の手を握る高林さん
訪問診療した90代男性の手を握る高林さん

 地域によっては医療機関と救急隊が連携し、患者本人の意思をかかりつけ医に確認できた場合は、その意思を尊重する取り組みも進められています(注)が、まだ始まったばかりです。中には、意思を示せない本人に代わって家族が「やっぱり延命治療してください」と訴え、事前指示を翻すケースもあります。

自宅で望んだ最期を迎えるために重要な「かかりつけ医」

 ――事前に話し合って決めた医療やケア、最後の過ごし方が尊重されるために必要な条件は何でしょうか。

 ◆重要なのがかかりつけ医(日常的に体調を診てくれている医師)です。普段からかかりつけ医と話し合っておくと、「もしもの時」に自分の意思を尊重してもらえる可能性が増します。事前指示書にも、第三者としてかかりつけ医のサインがあるとよいでしょう。

 そもそも、家で最期を迎えたいなら救急車を呼ばずに、かかりつけ医に連絡して訪問対応を頼むことが望ましいです。場合によっては、私が在籍する三和病院のように、在宅の患者さんの一時入院を受け入れている病院に連絡することもできます。

 また、医師は日ごろから関わって死生観など希望を聞いていないと、本人の意思を確認できない時、治療しないことを判断するのは困難です。初対面の患者さんが救急搬送されてきた時、何も情報がない状態で家族に「本人の意思なので治療しないでください」と言われても困惑しますし、法的なリスクにもさらされます。

「もしもの時」を事前に考えることは、「どう生きたいか」を考えることでもある

 ――ACPや事前指示書について話し合う時、家族に迷惑をかけたくないという理由から、本来の意思とは異なる意思を示す人もいるのでしょうか。

 ◆確かに、家族に気がねする人はたくさんいます。だからこそ、第三者であるかかりつけ医が関わり、本人のこれまでの人生や死生観をよく聞くことが大切なのです。本人や家族と密に関わっていたら何を望んでいるのかはおのずと分かってきます。

 日本は世界有数の長寿国になりましたが、「どう亡くなったら幸せなのか」をあまり真剣に考えてきませんでした。高齢化の進展でこれまで以上の多死時代を迎える今、どうすれば、本人が「これでよかったな」と思える尊厳ある最期を迎えられるかを考えないといけません。

 終末期に「積極的な治療をしない」という選択は、決して誰かを見捨てることではありません。痛みを和らげ、家族がそばにいて、穏やかな最期を迎えるために必要な準備があります。「もしもの時」「最期」を事前に考え決めることは、「どう生きたいか」を考えることでもあるのです。

看護師と一緒に、受け持つ患者の家を車で訪問する
看護師と一緒に、受け持つ患者の家を車で訪問する

※注 日本臨床救急医学会「人生の最終段階にある傷病者の意思に沿った救急現場で の心肺蘇生等のあり方に関する提言」

 2017年に同学会は、「心肺蘇生を希望しない傷病者の意思と、救命するという原則との狭間(はざま)で、救急隊が苦慮する状況が報告されている」として、新たな提言を示した。「救急隊は、まずは心肺蘇生を開始して継続するが、心肺蘇生の中止の具体的指示をかかりつけ医らから直接確認できれば、その指示に基づいて心肺蘇生を中止する」としている。埼玉西部消防局(埼玉県所沢市)などが取り組みを始めており、東京消防庁も導入を検討している。

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