実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

調査で判明 白血病ウイルスは各地で感染拡大中

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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献血する男性
献血する男性

 かつては縄文人だけが感染していたという説のある「成人T細胞白血病型ウイルス1型(HTLV-1)」。一時は、母子感染対策が徹底されることで消滅していくのではないかとも言われていましたが、最近の調査では若い世代に広がっていることが分かりました。その理由として、性行為を介しての感染が考えられます。今回は、3年前と今年5月に相次いで公表された二つの調査から、こうした状況を読み解き、さらに現在の問題点や感染防止の重要性を指摘したいと思います。

「母子感染ではない」感染者が毎年4000人増加か

 まず「第1次HTLV-1水平感染疫学調査」(第1次調査)と呼ばれるHTLV-1の調査結果が、医学誌「The Lancet Infectious Diseases」2016年8月23日号(オンライン版)で報告されました。

 この調査は、日本赤十字社の献血のデータベースを基に行われました。調査対象者は「05年1月1日から06年12月31日までに16〜69歳で献血し、その際の検査でHTLV-1に感染しておらず、さらにその後、11年末までに2回目以降の献血をした人」です。この対象者、計約338万人について、2回目以降の献血時のウイルス検査結果を確かめ、調査期間中にどれだけの人が新たにHTLV-1に感染したかを調べたのです。

 この研究が興味深いのは、母子の間以外でウイルスが広まる「水平感染」の実態が明らかになったことです。単に「現在HTLV-1陽性の日本人は〇人」とした調査ではないのです。

 水平感染とは、垂直感染(母の胎内での感染と出産時の感染)以外の感染を指します。HTLV-1の場合、水平感染の経路として考えられるのは「母乳からの感染」「血液感染」「性行為による感染」です。

 さて、第1次調査は16歳以上が対象ですから、母乳感染は除外されます。そして血液感染も少数と思われます。なぜならHTLV-1とウイルス学的に類似しているHIVは、日本では圧倒的に性感染が多く、タトゥーや針の使い回しで感染する血液感染はわずかだからです。

 ということは、第1次調査でHTLV-1への感染が新たに発覚した人の大部分は、性行為で感染したと考えられます。

 そして調査の結果に(少なくとも私は)驚かされました。調査期間中に、男性204人、女性328人の合計532人が新たに感染していたことが分かりました。この数字から「全国でどれくらいの人数が1年間でHTLV-1に新たに感染しているのか」を研究者らが推計すると、男性975人、女性3215人の合計4190人になったのです。

 1年間で4000人以上が主に性交渉でHTLV-1に感染……。この数字をどのように解釈すればいいでしょうか。

 このデータが発表されるまでは、「日本人のHTLV-1陽性者は100万人以上」と言われても、「それは母子感染の対策が不十分だった世代が母親から感染したためで、若い世代の感染者は少数だ」と考える者が多かったのです。さらに「HTLV-1は近いうちに消滅する」と言う医療者さえいたのですが、全くそんな状況ではなかったわけです。

 
 

 ここでエイズウイルス(HIV)と比較してみましょう。HIVの場合、新規に感染がわかる人数は年間1500人程度で、過去10年ほど大きな変動はありません。ただし、検査を受けず感染に気付いていない人もいますから、実際にはその数倍が毎年新たに感染しているのではないかと言われています。そう考えるとHTLV-1の感染者もHIVとだいたい同じ程度とみることができます。

 一方、新たな感染者の性別を見ると、HTLV-1とHIVの違いが分かります。

 日本のHIV感染は同性間の性的接触が最多であり、感染が判明する人の大部分は男性です。一方、HTLV-1では、上記のように新規感染者の4分の3を女性が占めています。これは従来から言われていたことで、HTLV-1のウイルスは精液からは検出されるものの、膣(ちつ)分泌液からの感染は起こりにくく、女性から男性に感染するとすれば子宮頸部(けいぶ)に出血があった場合などに限られると考えられています。

 そういう意味で、水平感染した感染者に女性が多いことは理解しやすいのですが、第1次調査での推計結果では、男性も全体の4分の1を占めています。男性同士の性交渉で感染した可能性もありますが、女性から男性へ感染する可能性もあるわけで、結局、男女共に感染のリスクは小さくないと考えるべきです。

 実際に「男性→女性」「女性→男性」はどれくらい感染率が異なるのでしょうか。世界共通のオンラインの医学書「UpToDate」によると、異性愛者において「男性→女性」は「女性→男性」よりも感染しやすい。HTLV-1感染者と非感染者の男女がお互いに性的パートナーである場合、非感染者が女性だと、ウイルスがこの女性にうつる率は年間100人当たり4.9人なのに対し、非感染者が男性だと、うつる率は同1.2人だとされています。

 これは「女性→男性」の感染が「まれではなく十分にあり得る」と考えるべき数字でしょう。ちなみに、私が調べた範囲では「男性→男性」や「女性→女性」のデータは見つかりませんでした。

覆された「九州と沖縄で最も多い病気」

 第1次調査には、もう一つ注目すべき点があります。感染者の居住地です。従来HTLV-1は九州(沖縄含む)に最も多いとされていましたが、その定説が覆されました。

 確かに、女性は九州地方で最も多いという結果になりましたが、男性では40~50代では九州よりも近畿地方に多く、さらに20代では、九州よりも関東・中部東海・近畿に多いことがわかったのです。もはや、HTLV-1は「縄文人の末裔(まつえい)」だけの疾患ではないのです。

 
 

 さらに19年5月、「第2次HTLV-1水平感染疫学調査」(第2次調査)が公表されました。

 第1次調査は全国規模でしたが、第2次調査は九州地方でのみ行われています。調査期間は10~16年で、第1次調査と同じ7年間。調査対象者は約41万人で、これも、第1次調査のうち九州地方の対象者数とほぼ同じ。そして調査期間中に九州地方で新たにHTLV-1に感染したのは、男性124人(第1次調査では61人)、女性105人(同120人)の合計229人でした。

 第2次調査では男性の新規感染者がほぼ倍増し、女性では顕著な変化を認めなかったことになります(女性の感染者数は1割ほど減ってみえますが、実は、女性の調査対象者数も約1割減っており、新たに感染した人の率はほぼ変わっていません)。

 この結果を、研究者らは「AYA世代(15~30歳ぐらいまでの世代)男性での感染者増加」と表現し、メディアは「九州の若い男性で増加」と報道していますが、ここはもう少し正確に読み解く必要があります。

 まず、第1次調査と合わせて考えると、決して調査が行われた九州だけで増加しているわけではなく、全国的に増加していると考えるべきです。

 また、若い男性間で広がっているのは事実ですが、公表された結果をよくみると、女性でも、1990年代後半に生まれた人の陽性率が、80年代生まれに比べて高くなっています。(第2次調査の資料の11ページに、このことが分かるグラフがあります。)つまり、男性の間ほどではないにせよ、若い女性の間でも感染が広がっていると解釈すべきなのです。

 現在HTLV-1には特効薬があるとは言えず、ワクチンもありません。では早期発見に意味がないのかというと、そんなことはありません。

「母子感染」と「性感染」の対策強化を

 感染が分かった場合、他人への感染対策として大切なことは主に二つあります。

 一つは「母子感染対策」で、最も重要なのが「母乳での感染を防ぐこと」です。少なくとも出産前には母親がHTLV-1のキャリアかどうかを知っておく必要があり、妊婦健診時に無料で検査を実施する地域が増えてきています。一方、子宮内での感染や産道感染のリスクもゼロではありませんが、可能性は非常に少ないと考えられています。

 もう一つは「性感染対策」です。一番いいのは、新しいパートナーができれば性的接触を持つ前に、一通りの性感染症のチェックを2人で行うことです。検査項目にHIVやB型肝炎、梅毒などだけでなくHTLV-1も加えるのです。どちらかに感染が見つかった場合、感染予防にはコンドームの使用が有効です。出産を希望されるなら、かかりつけ医または産科医に相談が必要です。

 ちなみに、このように「パートナーができれば性感染症の検査をする」という“マナー”は、日本ではさほど普及していませんが、外国人(特に西洋人)の間では一般的なようで、太融寺町谷口医院にもこういった検査を目的に受診する外国人のカップルは少なくありません。こういった検査は「ブライダルチェック」と呼ばれますが、これは和製英語です。ただ、この話を外国人にすると「意味は十分に理解できる」と言われます。

 検査のために採血を受ける人たち
 検査のために採血を受ける人たち

 HTLV-1を無自覚のまま他人に感染させることを防ぐにはできるだけ多くの人が検査を受けることが必要であり、これは公衆衛生学上の課題です。であるならばHIVのように保健所での無料検査を実施すべきですが、ほとんど普及していません。

 例えば大阪府のホームページには、感染の有無を無料で検査できるとの案内がありますが「毎月第2金曜日 受付:午後1時から1時30分 予約制 お電話でお問い合わせください」と書かれています。

 月にわずか30分は短すぎますし、広報が不十分で、医療者でさえもこの無料検査の存在を知っている人は少数です。

 発症すると治療が困難になることも依然多く、性行為で感染し、日本全国で100万人以上がキャリアで、若い世代に増えているわけですから「できるだけ大勢の人に関心を持っていただきたい」と私は考えています。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。