実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

「エボラ」流行抑止の鍵はワクチンと政府への「信頼」

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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エボラ出血熱に感染したが、回復した人たち=シエラレオネ東部カイラフン地区で2015年12月1日、服部正法撮影
エボラ出血熱に感染したが、回復した人たち=シエラレオネ東部カイラフン地区で2015年12月1日、服部正法撮影

 コンゴ民主共和国で流行が続くエボラ出血熱について、2019年7月17日、世界保健機関(WHO)は緊急事態を宣言しました。昨年7月にいったん「終息」を宣言したのですが、その直後の昨年8月1日には、再び同国でエボラ感染者が報告され、その後も感染者数が増えて事態は悪化したのです。今回はWHOの発表や現地の情報を詳細に伝えている海外のメディアなどから現在の状況を振り返り、今後の展開を予想してみたいと思います。

「終息」したのに再流行し死者1700人以上

 エボラ出血熱について、前回(実験段階のワクチンでエボラ流行が終息)お伝えしたのは1年前でした。そのときは「実験段階ながら、効果がありそうなワクチンが開発されたこと」「18年7月24日にWHOが終息宣言を出したこと」などを紹介しました。また、ワクチンの有効性が不透明なことや、副作用が充分に検討されていないという問題があるものの、ひとまず安心できるのでは、と述べました。

 ところが、事態は急激に悪化しました。終息宣言からわずか8日後の18年8月1日、再びコンゴ民主共和国でエボラ感染者が報告され、その後はほとんど最悪といっていい展開となっています。感染者数が増加の一途をたどり、正しい知識が広がらず誤解がはびこるなか、悲劇がさらなる悲劇を生んでいます。政府への不信感が大きくなり、人道的支援で入国している外国の団体や医療支援組織も住民から攻撃を加えられています。武装集団に医者が殺され、診療所が放火され、現場の医療従事者が作業を中断せざるをえなくなり、その結果ウイルスが拡散しているのです。

エボラウイルスの電子顕微鏡写真=米疾病対策センター提供
エボラウイルスの電子顕微鏡写真=米疾病対策センター提供

 WHOの発表によると、19年7月23日までの1年近くの間に2600人以上が感染し、1700人以上が死亡しました。致死率は67%にも上ります。半数以上が女性で、約3割が18歳未満の子供たちです。すでに過去最悪だった13年末からのアウトブレイク(集団感染)=このときは2万8000人以上が感染し、死者は1万1000人以上=に次ぐ2番目の規模に広がっています。

内戦や陰謀論で政府や医療に不信が広がる

 では、なぜワクチンが開発され終息宣言が出ていたのにもかかわらずこのような惨劇が生じているのでしょうか。

 きっかけは「内戦」です。今回感染が広がっているコンゴ民主共和国の北東部は隣国のルワンダやウガンダ、南スーダンを巻き込んだ内戦状態が続いています。国連や非政府組織(NGO)が介入を試みていますが、紛争はおさまらず、住民たちはこういった外国の組織にも強い不信感を持っています。そして医師や診療所が襲撃され、すでに一部の医療団体や援助団体は退去しているのです。つまり、医療従事者は仕事にならない状態で、治療も感染防止もままなりません。

 しかし内戦だけが政府への不信の源ではありません。米紙ニューヨーク・タイムズの記事によれば、地元の政治家の一部が「中央政府、あるいはほかの秘密勢力がエボラをもたらした」とほのめかすような公式発言をし、こうした陰謀論がメッセージアプリで広がりました。

 陰謀論が広がりやすかった背景には、政府の姿勢があります。18年12月、政府は投票所から感染が広がることを理由に、エボラの感染が広がっている地域での投票を中止しました。こうした地域は一方で、政治的に野党が強い地域でもあったため、住民は「エボラの広がりは、投票を妨害するための政府の計画ではないか」と不信感を募らせました。最近の調査では、首都キンシャサの中央政府を信頼しているこの地域の住民は、わずか2%だそうです。

「エボラ出血熱の疑い」という想定で運ばれる患者役=新潟市中央区の新潟市民病院で2014年
「エボラ出血熱の疑い」という想定で運ばれる患者役=新潟市中央区の新潟市民病院で2014年

 なお、地理的な情報を補足しておくと、キンシャサは、コンゴ民主共和国の西部に位置し、感染が広がっている同国の北東部からは1000マイル(1600キロ)以上離れています(ちなみに「コンゴ共和国」はまた別の国で、コンゴ民主共和国の北西部と接しています)。

 このような最悪の事態となっていますが、実は流行が始まりだした当初は医療者のなかに「すぐに流行は終息する」と楽観する意見がありました。その理由は、過去最悪の死亡者を出したとはいえ2013年末からの大流行を終息させた経験が医療者にあり、さらにワクチンという武器が加わったからです。

 ところが、診療を開始すると、医療者に対する信頼がまるで得られず、エボラで亡くなった遺体への不適切な接し方などから、感染が広がっているのです。

他国への広がり抑止はルワンダが「キーカントリー」

 さて、今後の行方はどうなるのでしょうか。この地域は南スーダン、ウガンダ、ルワンダなどとの国境がすぐ近くにあります。今後こういった隣国へも感染が広がるのでしょうか。私はルワンダが感染拡大を食い止め、そして他国の模範となる「キーカントリー」になるとみています。

 アフリカ大陸の内陸国であるルワンダと聞けば、1994年の“民族浄化”とも呼ばれるジェノサイド(大虐殺)を思い出す人が多いのではないでしょうか。フツ人の過激派がツチ人をはじめとする少数派を虐殺したこの事件は「100日間で80万人が殺され25万人の女性がレイプされた」と言われています。しかし、この国が興味深いのは、そのような悲惨な歴史があったのにもかかわらず、その後急速に経済が発展し治安もよくなり、いまや「アフリカの奇跡」、さらには「アフリカのシンガポール」と呼ばれていることです。

高層ビルやホテルが建ち並ぶルワンダの首都キガリの中心部=2019年5月31日、小泉大士撮影
高層ビルやホテルが建ち並ぶルワンダの首都キガリの中心部=2019年5月31日、小泉大士撮影

 ですが、私がルワンダをキーカントリーと思っているのは治安がいいからでも経済が発展しているからでもありません。私が期待しているのはこの国の「医療への信頼度」です。米国の調査会社ギャラップ(Gallup)の調査結果によると、ルワンダは世界で最もワクチンに対する信頼が高い国の一つであり、国民の94%が「ワクチンをとても、またはある程度まで、安全と考えている」と答えています。※注

 19年8月1日、ルワンダ政府はエボラが自国で広がることを防ぐために、コンゴ民主共和国との国境を封鎖しました。国境閉鎖となると経済的、社会的に大きな影響を与えますから手放しで賛成とは言えない関係者も多いでしょうが、感染予防の観点からはやむを得ない政策と言えるでしょう。一方、ルワンダの北部に位置し、同じようにコンゴ民主共和国と国境を接しているウガンダは閉鎖していません。

 エボラのワクチンは、まだまだ供給量が追いついていないようですがやがて増産されていくでしょう。しかし現在のコンゴ民主共和国北東部のように政府や医療者への不信感があまりにも大きい地域では、いくらいいワクチンが手元にあったとしても接種率は上がりません。一方、政府が速やかに強力なリーダーシップを発揮し国境を封鎖し、世界一のワクチン信頼度があるルワンダでは感染が広がらないことが考えられます。

エボラ出血熱感染者などの入国に備え、入国者の体温をサーモグラフィーでチェックするモニター=関西国際空港で2014年
エボラ出血熱感染者などの入国に備え、入国者の体温をサーモグラフィーでチェックするモニター=関西国際空港で2014年

 感染症の予防には「頼りになる政府」と「ワクチンへの信頼」が不可欠と言えそうです。

※注 英科学誌ネイチャーは19年6月19日、ギャラップの報告を記事「日本とウクライナが最もワクチンを信頼していない(Japan and Ukraine most likely to doubt safety of vaccines)」というタイトルをつけました。記事はルワンダを「世界で最もワクチンを信頼している国の一つ」と紹介し、同時に日本を「ワクチンの信頼度が最も低い国」と名指ししています。その1カ月後の7月19日、日本では「予防医療普及協会」が参議院選挙の候補者に実施した、「HPVワクチンについて」のアンケート結果を公表しました。HPVワクチンの積極的勧奨を再開すべきでないと答えた候補者が55%にも上ります(ただし対象者299人のうち206人は「未回答」です)。一つのワクチンだけで判断することはできませんが、ネイチャーが日本は世界で最もワクチンを信用していない国とするのもうなずけます。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト