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増える百日ぜき「子供を守るため」大人もワクチンを

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
 
 

理解してから接種する--「ワクチン」の本当の意味と効果【38】

 さまざまな原因で起こり得る「長引くせき」。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では最も多いのが「せきぜんそく」、2番目に多いのは「逆流性食道炎」が原因のせきです。一方「短期間のせき」の原因は感染症がほとんどで、多くの細菌やウイルスが原因となります。ただし、長引くせきをもたらす感染症もいくつかあります。そのなかで最近増えていて、ときにやっかいなのが「百日ぜき」です。国立感染症研究所によると、今年初めから8月25日までに全国から報告された患者数は1万1112人に達し、8月の段階ですでに、昨年1年間の患者数1万1190人に迫る勢いです。これは子どもがかかると重症化が心配な病気です。大人の方も「子どもにうつさない」ためにワクチン接種を検討していただきたいと思います。

子供がかかると重症化も心配な病気

 百日ぜきは小児(特に新生児)と成人では深刻度がまったく異なります。

 小児が発症すれば、重症化して「死に至る病」となる心配もあります。典型的な症状は次のようです。

 まず、かぜのような症状が出て、次第にせきの回数が増え、程度も激しくなります。2週間ほどたつと、特徴のある短いせきが連続的に出て、さらに、息を吸う時に「ヒュー」という笛のような音が出るようになります。せきと同時に吐くことも、よくあります。こうした状態が数週間続いた後、回復期に入り、せきの程度が弱まっていきます。治りきるまでに、発症から2~3カ月かかります。

 一方、成人の場合は症状が違います。ほとんど長引くせきだけであり、発熱はあっても軽度、倦怠(けんたい)感も軽度です。食事も可能であり、それほど深刻ではありません。よって、医療機関を受診しないまま自然治癒している人がかなりいるはずです。

 「自然治癒するならそれでいいではないか。受診は最小限にせよ、といつも言っているではないか」と私をよく知る谷口医院の患者さんからは言われそうですが、この感染症がやっかいなのは「自分はしんどくなくても他人に感染させる」ことです。特に赤ちゃんへの感染は命を奪うことになりかねません。

 百日ぜきには、治療薬、検査方法、ワクチンが、いずれもあります。今回はそれらについて述べますが、まずは歴史を振り返り、百日ぜきがいかに危険な感染症かをおさらいしておきましょう。

 
 

かつては年間1万人の子供が死亡

 国立感染症研究所のサイトによれば、世界の患者数は年間約1600万人、小児の死亡数は19.5万人です。日本では、ワクチンが導入される1950年以前は年間の報告数が10万例以上あり、その約10%が死亡していました。死亡するのはほとんどが小児ですから年間1万人以上の小児が百日ぜきで命を奪われていたことになります。しかし、ワクチンが普及するにつれて患者数と死亡者数は激減し、71年には報告例が206例と、日本は世界で最も百日ぜき罹患(りかん)率の低い国の一つとなりました。

 ところが、ワクチンの副作用が問題視されるにつれて、接種率が低下し、感染者数は再び増加に転じます。その後ワクチンに改良が加えられて再び接種率が上昇しますが、現在もワクチンで制圧に成功したとは言えません。

 81年からは安全性が向上したワクチンに切り替わり、95年からはワクチンの接種開始がそれまでの2歳から、生後3カ月に引き下げられました。なお、95年当時に使われていたワクチンは、ジフテリア、破傷風を加えた3種混合ワクチン(DPTワクチン)で、現在は不活化ポリオも加えた4種混合ワクチンです。

 これでいい方向に向かうと考えられていましたが、実際には問題があります。

 最大の問題はやはり「重症化する新生児」です。ワクチン開始が生後3カ月に早められたのはいいのですが、「それまでの3カ月」は脆弱(ぜいじゃく)なままです。そして実際に、この時期に感染して命を落とす赤ちゃんもいるのです。

 もうひとつの問題は「成人の感染者の増加」です。同研究所によれば、近年の患者増加の特徴として、小学校高学年以上の患者が多くなっています。

 百日ぜきの患者数は以前、「小児科定点」の医療機関からだけ、国に報告されていました。この方式だった2016年の報告では15歳以上の患者が全体の25%を占めました。

 小児科定点の報告というのは、全国の医療機関のなかから選定された小児科が報告している患者数です。ということは、定点でない小児科からは報告されていません。そして、そもそも15歳以上で小児科を受診する人は多くありません(なお、15歳以上の患者がかなり報告されたのは、「定点」の中に、小児科のほか内科も併設している医療機関があり、そこからの報告が多かったとみられています)。そうなると一般内科、呼吸器内科、(谷口医院のような)総合診療科を受診する患者数も調べるべきだということになります。

 そこで法律が改正されました。より正確な百日ぜきの疫学の把握を目的として、18年1月1日からは、小児科定点だけではなく、すべての医療機関に報告が義務付けられたのです。これで正確な感染者数の把握ができるだろう、と一応は考えられます。

成人患者も「全員報告」が義務にはなったが

顕微鏡に向かう谷口恭医師
顕微鏡に向かう谷口恭医師

 しかし、実際はそううまくいきません。理由は「成人の診断は難しい」からです。つまり現状でも、かなりの成人患者は報告されていないと思われます。

 先述したように百日ぜきは、小児は重症化しますから、たいていは入院となり検査を進めていくことになります。特徴的な甲高いせきが出ますから、すぐに疑えるという点も大きいと言えます。

 一方、成人の場合はそこまでひどいせきにはなりません。夜間にせきで目覚めるという人は少なくありませんが、それでも一睡もできなかったという人はめったにおらず、食事もとれていることがほとんどです。

 軽症でも検査すればいいではないか、と思われるでしょうが、検査もそう単純な話ではありません。百日ぜきの病原体は「グラム陰性桿菌(かんきん)」に分類される細菌です。このコラムで何度も指摘しているように「グラム染色」というのはとてもすぐれた検査方法で(参照:「その風邪、細菌性? それともウイルス性?」など)、短時間(約5分)で行えて、費用も安く、結果が目で見えるという利点があります。このため風邪(上気道炎)の原因がウイルス性か細菌性かを見分けるのにとても有用です。

 しかし、グラム染色でグラム陰性桿菌が見つかったからといってそれが百日ぜきと断定できるわけではありません。そもそも成人の百日ぜきは軽症ですから、グラム染色をされないケースもあるでしょう。それにグラム染色はすべての医療機関(特にクリニック)で行ってはいない、という問題もあります。

 他の方法として、LAMP法という鼻から綿棒を入れる検査や、血液中に「百日ぜき菌」に対する抗体があるかどうかを調べる検査もあります。しかしこれらは、健康保険が適用されるとはいえ、それなりに費用がかかりますし、結果が出るまで数日間待たねばなりませんから、長引くせきを訴えるすべての患者さんにできるわけではありません。

 では、実際にはどうしているかというと、谷口医院の場合は、咽頭(いんとう)の粘液を、綿棒でぬぐってスライドにこすりつけ、それをグラム染色し顕微鏡で観察して、百日ぜきの可能性があるかどうかを判断します。あると判断すればその時点で「百日ぜきにも効く抗菌薬」の処方を検討します。

記者会見し「赤ちゃんを百日ぜきの感染から守ろう」と訴える静岡県庁の担当者ら=同県庁で2019年8月9日
記者会見し「赤ちゃんを百日ぜきの感染から守ろう」と訴える静岡県庁の担当者ら=同県庁で2019年8月9日

 ところで、同じように長引くせきをもたらす細菌感染には、マイコプラズマやクラミジア(クラミドフィラ)(参考:「子どもも妊婦もかかる 三つの「クラミジア」の混乱」)などがあります。そして、百日ぜきを加えたこれら三つの感染症には、いずれもマクロライド系の抗菌薬が効きます。つまり、「長引くせき+細菌感染」と判断できれば病原体を必ずしも特定しなくても特定の抗菌薬で治療できるのです。そして、百日ぜきほどではないにせよ、小児にマイコプラズマを感染させても大変なことになりますから、小さいお子さんと接する患者さんの場合は「近寄らないように。自宅に赤ちゃんがいる場合はホテル宿泊なども検討すること」と助言しています。

「子供にうつさない」ためにワクチン接種の検討を

 さて、最後になりますがここが今回の本題です。軽症とはいえ長引くせきは困りますし、小児への感染は絶対に避けねばなりません。ならばワクチンを検討すべきです。実は日本の成人に感染者が多いのはワクチンの追加接種をしていない人が多いからで、これが海外の先進国との違いです。ワクチンの免疫効果は4~12年とされ、幼いころにワクチンを受けていても、成長するうちに効果が薄れてしまうのです。

 例えば米国では百日ぜきのワクチンは定期接種で小児期に6回うつことになっています。一方日本では4回のみです。もちろん任意でなら日本でも5回目及び6回目をうつことはできますが全額自己負担となります。

 そして、もちろん成人もワクチン接種を検討すべきなのですが、最近まで問題がありました。追加接種として使うべき三種混合ワクチンは成人への接種が認可されていなかったのです。しかし16年2月にようやく成人も接種できるようになりました。定期接種ではなく自費(だいたい4000~5000円)になりますが、長引くせきへのリスクを下げるため、自身の子供のため、そして社会のために、これを読まれているあなたもワクチンを検討されてはいかがでしょうか。

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太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。