
理解してから接種する--「ワクチン」の本当の意味と効果【39】
デング熱のワクチンが原因と考えられる小児の死亡がフィリピンで相次ぎ、いったん発売になったワクチンの販売が中止され、さらにその中止を決定したフィリピン政府を世界保健機関(WHO)が支持した、ということを過去の連載「62人死亡? 比デング熱ワクチン導入の“失敗” 」で述べました。その後、フィリピンでは狂犬病の偽物ワクチンが出回り、さらに麻疹が流行し、大変な事態となっています。そこで今回はフィリピンに最近起こったことをまとめ、最後に日本人も「対岸の火事」と言ってはいられないことを述べたいと思います。
デング熱ワクチンの接種後に子供約600人が死亡
まずはデング熱ワクチンのその後です。前回の連載では「62人がワクチンで死亡した可能性」を紹介しましたが、その後、”犠牲者”の数は増えています。香港の英字新聞「South China Morning Post」に掲載された長文の記事「フィリピンの子供の死亡はデング熱ワクチンに関連するのか? 」などからポイントをまとめてみたいと思います。
デング熱は日本には存在しませんが(ただし2014年には東京で流行しました)、熱帯地方ではよくある感染症です。WHOや上記の記事によると、推定で毎年3億9000万人が感染、うち1億人が何らかの症状を呈し、50万人が重症化します。死亡するのは約2万人で多くは小児と妊娠中の女性です。
フィリピンでは、16年4月から17年11月にかけてフランスの製薬会社「サノフィ社」のワクチン「Dengvaxia」が、80万人以上の子供たちに接種されました(過去の連載では73万人としていますがこれは特定の地域のみです)。

ワクチンを接種した後に死亡した子供はおよそ600人になり、現在詳しい死因が調べられています。17年11月、サノフィ社は「Dengvaxiaをデング熱ウイルスに感染歴のない子供に接種すべきでない」と発表し、フィリピン保健省は2日後の12月1日、予防接種プログラムを停止しワクチンの販売を中止しました。そして19年2月、フィリピン当局は「このワクチンを永久に禁止する」と発表しました。
「絶対危険」なワクチンではないが
ここで注意すべきなのはこのワクチンが絶対的に危険なものとは必ずしも言えないことです。実際に他国では販売が続けられており、上記の記事によると、ブラジルの一部地域では公的な接種計画が進められています。このような接種がうまくいく最大の原因は、ブラジルでは対象者を主に、15~27歳にしていることでしょう。この年齢の多くは、一度はデング熱にかかっていますから、効果が期待できるのです。
過去のコラムで述べたように、これは初めから理論的に推測できたことです。デング熱が2回目の感染で重症化することは医療者なら誰もが知っている“常識”であり、その常識に照らして考えると未感染の小学生への接種はリスクがあると考えるべきです(ワクチン接種が「1回目の感染」と同様の効果となり、その後実際にデング熱に感染したときに「2回目」と同様の反応が起こりうるからです)。
実際、フィリピンの医療者からはワクチンプログラムが時期尚早だという声が上がっていました。「South China Morning Post」の記事はサノフィ社とフィリピン政府の高官との癒着の可能性を指摘しています。「Dengvaxia」のプログラムの費用は、麻疹、ポリオ、日本脳炎、HPVなども含めた国内の他のすべての予防接種プログラムのものよりも高額で、日本円にして70億円以上だったのだそうです。そしてサノフィ社はこのワクチンの開発に20年間の月日と20億米ドルを費やしています。
「偽ワクチン」も流通し不信感高まるフィリピン
「他国では有効」という話を聞いても、一般のフィリピン人はそれを信じられないでしょうし、一気に「ワクチン不信」になってもおかしくありません。私の知人のフィリピン人は「フィリピン人はギニーピッグ(実験台)にされた」と言っていましたが、この気持ちは理解できます。
そんなフィリピンで、昨年(18年)から狂犬病ワクチンの偽物が多数見つかっています。フィリピンは狂犬病発症が多い国で、毎年200~300人程度が狂犬病で死亡しています(参考:フィリピンの狂犬病に関するWHOの説明)。06年に狂犬病で死亡した2人の日本人男性もフィリピンで犬にかまれて感染しました。今年(19年)2月には休暇でフィリピンを訪れていたノルウェーの24歳の女性が道端で弱っていた子犬を宿に連れて帰り、ケアをしているときにかまれて狂犬病で死亡し、これは全世界で報道されました。ちなみに、太融寺町谷口医院に「現地で犬にかまれて狂犬病のワクチンをうった。追加接種をお願いしたい」と言って受診する患者さんの渡航先はタイが最多ですが、そのタイでも狂犬病で死亡するのはせいぜい年間10~20人程度です。フィリピンがいかに狂犬病のリスクが高いかが分かると思います。

偽物のワクチンを流通させるという犯罪は絶対に許されません。WHOも早い段階で調査に乗り出しました。
WHOが今年7月に公表した報告によれば、3種の狂犬病のワクチンと1種の狂犬病治療薬について、それぞれの偽物がフィリピン国内で出回っており、同報告書には偽物のワクチンの写真も掲載されています。なかには、一見本物と区別がつかないようなものもあります。報告は「病院、クリニック、保健所、卸業者、小売業者、薬局」などに対し、だまされないように警戒を強化してほしいと呼びかけました。つまり、誰もが偽物をつかまされるリスクがあると考えられているのです。
麻疹の流行が急増
デング熱ワクチンにより600人の子供が死亡▽狂犬病ワクチンは偽物が流通――となると、国民のワクチンの信頼度がますます低下します。その結果、麻疹が大流行することになりました。フィリピンでは、18年の麻疹感染者は2万人を超え、前年と比べた増加率は762%にも及びました。先述した「South China Morning Post」の記事によると、19年は、4月の時点ですでに2万6000人以上が麻疹に感染し355人以上が死亡、そのほとんどが子供です。原因はワクチン接種率の低下以外には考えられません。
ここで日本の状況を考えてみましょう。日本では多数の死者が出て販売中止となったワクチンはありませんし、今のところ偽物のワクチンの報告もありません。では、フィリピンの状況をまったくの人ごとと考えていいのでしょうか。
日本も「人ごとではない」
私の答えは「NO」です。私は今、日本では「多数の死者が出て販売中止となったワクチン」はないと述べましたが、日本では今も「一部の医師がワクチンとの因果関係を示唆する重症者が出て積極的勧奨の差し控えとなっているワクチン」があります。また、偽物のワクチンの報告はありませんが、17年にはC型肝炎治療薬「ハーボニー」の偽造品が出回った事件がありました。インターネットでED治療薬などを購入した人が偽造品をつかまされるケースはどこの国でもあることですが、正規に調剤された薬品が偽物だったというのは大きな事件です。これは論文にもなり、この事件は海外にも知られています。

すでに世界は日本人を「ワクチンを信用しない国民」と認識しています。過去の連載「『エボラ』流行抑止の鍵はワクチンと政府への『信頼』」の注釈で紹介したように、英科学誌ネイチャーは19年6月、「日本とウクライナが最もワクチンを信頼していない(Japan and Ukraine most likely to doubt safety of vaccines)」というタイトルで日本の現状を紹介しました。英国の健康サイト「Wellcome」は、「日本とオーストリアのみが先進国のなかでワクチンを信頼していない」と述べ、自身の子供にワクチンが必要と思っている日本人の保護者が88%しかないことを指摘しています。
そして現在、麻疹や風疹の感染者が後を絶たないのが日本の現状なのです。
谷口医院院長
たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。