実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

インフルのワクチンは「弱者を守るため」に打つ

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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インフルエンザワクチンの接種を受ける男性
インフルエンザワクチンの接種を受ける男性

知っているようで、ほとんど知らない風邪の秘密【21】

 今年は早くも、沖縄県や九州、そして東京都などでインフルエンザがはやり始めました。そこで今回は、インフルエンザ対策の「世界標準ルール」をお話ししたいと思います。そのルールとは「検査も治療も不要。必要なのはワクチン」です。けれども、日本では「ワクチンは打たないけれど、かかったら病院に行って検査と治療を受ける」と、このルールの反対を考えている人が大勢います。今回は「世界標準ルール」を学ぶべき理由を述べたいと思います。

「検査も治療も不要」だがワクチンは別

 インフルエンザの検査は不要、治療も不要……。これはこの連載で私が過去に述べ、そして現在も言い続けていることです。

 詳しくは過去のコラムをみていただくとして(参照:「医師がインフルエンザの検査を勧めない理由」「『休めない』人はインフルエンザの薬を使うべきか?」など)、理由のポイントだけを述べておくと、検査の精度は高くない▽健常者には抗インフルエンザ薬は不要▽そもそも世界的なコンセンサスは「持病を持っていない65歳未満の成人は軽症ならインフルエンザの検査も治療も必要ない」である――などです。

 一方、ワクチンについて私は「よほどのことがない限り積極的に検討すべきだ」と言い続けています。ただし本連載のワクチンシリーズでは「ワクチンは理解してから接種する」ものだと主張し続けています。たとえ、国が定める定期接種であったとしても「理解してから接種する=理解するまで接種しない」というのが私の考えです。これらは矛盾しているようにみえるかもしれませんがそうではありません。

 「インフルエンザのワクチンは接種しても感染することが多い」というのは今や多くの人が知っていることで、これは事実です。なかには「毎年打っていなくて感染していなかったのに、今年初めてワクチンを打って感染した」という人もいます。この人の立場で考えてみれば翌年に接種したくなくなる気持ちも理解できます。

 私が院長をつとめる太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では、今年は9月末からインフルエンザワクチンの接種を開始しています。なかにはインフルエンザのワクチンが初めてという人もいて(うれしいことに「この連載を読んで接種しようと思った」という人もいます)、そういう人には接種前の問診時に「接種しても感染することも多いのになぜ必要だと思ったのか」を尋ねています。「感染しても重症化が防げるんですよね」と言う方がいて、これは正しいことです。一方、「他人に感染させるのを防ぐためです」と答える人はまだそう多くありません。

「感染に弱い他人にうつす」ことの重大さ

 しかしインフルエンザは、可能な限り他人への感染を防がなければならない感染症です。もしも何かの試験で「インフルエンザについて最も重要なことを一つ挙げなさい」という問題が出たとすれば「他人に感染させない」と書くべきです。これを示す一つの事件を紹介したいと思います。

理想とする看護師像を目指して決意を述べる看護学生=山形県の酒田市立酒田看護専門学校で2019年
理想とする看護師像を目指して決意を述べる看護学生=山形県の酒田市立酒田看護専門学校で2019年

 2013年2月、神奈川県は、県立衛生看護専門学校の女子学生が、インフルエンザへの感染を隠したまま横浜市内の病院で実習を行い、その後、学校に対して感染の事実を認めて自主退学したことを発表しました。患者や病院職員への感染はなかったものの、一緒に実習を受けた学生2人が感染したそうです。

 「自主退学」ですから、学校側は必ずしも退学を促したわけではないのかもしれませんが、「インフルエンザに感染している看護学生が病院実習をした」ことを公表しなければならないと県が判断したのは事実です。当時、このニュースを見聞きした人のなかには「そこまでしなくても……」という意見もあったようです。しかし、医療者側のルールから判断すれば「感染しているのに実習を受ける」というのは犯してはならないタブーなのです。

 冒頭で私は「インフルエンザは検査不要、治療も不要」と述べました。この言葉からは「インフルエンザは軽症」と聞こえるでしょう。一方、看護学生の退学を例に出して「絶対に感染させてはいけない」と言っているわけで、これらが矛盾していると思われるかもしれません。

 矛盾しない理由は「だれを基準とするか」で説明できます。つまり、インフルエンザという疾患は、日ごろ健康な成人であれば、感染しても放っておけばいいのだけれど、これには「周囲に脆弱(ぜいじゃく)な人がいなければ」という条件がつきます。要するに、「健常者は感染してもOK、脆弱な人はNG」であり、「健常者のワクチン接種は他者を守るため」なのです。病院には免疫機能が低下しインフルエンザにかかると重症化する患者さんがいます。医療者が感染させることがあってはなりません。

別の医師からワクチンの接種を受ける医師
別の医師からワクチンの接種を受ける医師

 ワクチンは全般的に、他の医療行為に比べて説明が困難です。その理由は、効果が不明と言われることがある▽接種したから感染しなかったのか、しなくても感染しなかったのかが判定できない▽副作用がある▽なかには命に関わる副作用もある▽お金がかかり日本では自費診療になる▽医師のなかにも「反ワクチン派」がいてそういう医師の本がよく売れている▽製薬会社と医療機関が荒稼ぎしていると聞いた――などがあります。ワクチンの予防効果は「わずか19%」との報告もあり(参照「インフルエンザワクチンは必要?不要?」)、「それでもワクチンは大切です」と主張するのはときに大変です。

インフルのワクチンは「利他的」

 おそらくほとんどの医師が、真実を伝えたくてもなかなか伝わらないことにもどかしさを感じていると思います。私もその一人ではあるのですが、数年前に気付いて言い続けていることがあります。それが今述べている「ワクチンは他人を守るため」で、谷口医院の患者さんには(なぜか)この言葉に説得力があるようです。

 そこで私はこのようなワクチンを「利他的ワクチン」と呼んでいます。インフルエンザ以外の利他的ワクチンには、麻疹(はしか)、風疹、おたふく風邪、水痘(みずぼうそう)、百日ぜき(参照「増える百日ぜき『子供を守るため』大人もワクチンを」)、などがあります。これらはいずれも、ワクチン接種する本人の感染予防以上に「妊娠中の女性や小児、高齢者、慢性疾患を有する人などにうつすことを避けたい感染症」です。

 一方、利他的ワクチンの対極にあるのが「自己防衛ワクチン」で、B型肝炎(血液感染か性感染)、狂犬病(動物から感染)、A型肝炎(食べ物か性感染)、破傷風(事故や災害などで外傷を負った際に感染)、日本脳炎(蚊に刺されて感染)、HPV=ヒトパピローマウイルス=(性感染)などが相当します。

インフルエンザで診察を受ける患者
インフルエンザで診察を受ける患者

 ここで、最近公表された米国疾病対策センター(CDC)の発表をみてみましょう。「インフルエンザワクチンは誰がいつ接種すべきか」というタイトルのこのページにワクチンの重要性が記載されています。そして、ワクチンを接種すべき対象は「生後6カ月以上全員」とされています。これは(一部の例外はありますが)どのような病気にかかっていても、また妊娠していても、です。今も時々「妊娠中にインフルエンザのワクチンを打てますか」という問い合わせがありますが、もちろん妊娠中も接種を検討すべきです(参考:国立成育医療研究センターの関連ページ)。

 冒頭で述べたように、インフルエンザに関して、米国を含む世界の常識は「ワクチンは生後6カ月を過ぎれば全員接種。健常者に検査や治療は不要」なのです。

 これに対し、日本はワクチン接種率が低い一方で、まだ安全性・有効性が充分に確認できていない抗インフルエンザ治療薬「ゾフルーザ」が異常なほど多く処方されているという、世界の常識から逸脱した国です。ゾフルーザの有効性に疑問があることを過去のコラム(インフル新薬「ゾフルーザ」に医師が慎重になる理由)で指摘しましたが、すでに今年も「ゾフルーザを処方してもらえますか」という問い合わせが谷口医院にも寄せられています。

 過去に指摘したように(参考「人ごとでないフィリピン『ワクチン不信』と麻疹急増」)、日本人は「ワクチンを信頼しない国民」とすでに世界から見なされています。ワクチンを信頼しない国民性は日本の文化から説明できるのでしょうか。いえ、単に日本では医師に対する信頼がないからこのような事態が起こっているのだと私には思えます。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。