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ポリオのワクチン「成人でも」打つべき人は?

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
政府や国会に、ポリオワクチンの輸入を訴えた母親たち=1961年5月14日撮影
政府や国会に、ポリオワクチンの輸入を訴えた母親たち=1961年5月14日撮影

理解してから接種する--「ワクチン」の本当の意味と効果【40】

 今日は大みそかです。今年(2019年)もまた、日本で、そして世界で、さまざまな感染症が流行しました。その中で、日本ではほとんど話題になりませんでしたが、世界的にみると注目された感染症の一つは「ポリオ」です。19年9月24日には「フィリピンでポリオがアウトブレイク(Polio outbreakーThe Philippines)」という記事が、WHO(世界保健機関)のウェブサイトに公開されました。

 「アウトブレイク」は通常「大流行」を意味しますから、これはただごとではありません。後で説明するように、外務省は日本人の海外渡航者に、ポリオワクチンの追加接種を検討するよう勧めています。渡航先はフィリピンのみならず、中国、インドネシア、ミャンマーなども含まれています。一方、WHOは19年10月24日に「野生型ポリオウイルス3型」の根絶を宣言しました(「野生型」「3型」の意味は後述します)。フィリピンで「アウトブレイク」した1カ月後に「根絶宣言」、と考えるとややこしくなります。そこで今回は「これらがどういったことを意味するのか」「我々日本人は本当に中国やフィリピンに渡航するだけでワクチン追加接種をしなければならないのか」そして「海外に行かなければ安心できるのか」といったことについて述べたいと思います。

発症すると、まひを残す感染症

 まず、ポリオとはどのようなものかをおさらいしておきましょう。ポリオウイルスがもたらす感染症で、日本語での正式名称を「急性灰白(かいはく)髄炎」といいます。体がまひする疾患で、主に乳幼児を襲いますが、成人への感染もないわけではありません。発症すると有効な治療法がなく、生涯にわたり、まひを残します。1968年生まれの私が子供の頃は、ポリオの後遺症で足をひきずって歩いている人が、周囲に何人かいたことを記憶しています。

 ポリオは経口感染です。つまりウイルスは、不衛生な水や食べ物から感染します。かつて使われていた飲むタイプの「生ワクチン」は、接種によりポリオを発症するケースがあり、安全性が問題でした。生ワクチンには、病原性を弱めたポリオのウイルスが入っていて、弱めたはずなのに時々、病気を起こすことがあったのです。

 そこで現在、ポリオのワクチンは「不活化ワクチン」(ウイルスを不活化して、つまり殺して作るワクチン)に切り替えられています。日本ではこの切り替えにひともんちゃくありました。国が不活化ワクチンをなかなか認可せず、待ちきれなくなった神奈川県は11年12月、希望者に対し不活化ワクチンの有料接種を開始したのです。ポリオが正式に、国の定期接種に組み入れられたのは12年9月からです。

ポリオ不活化ワクチンの予防接種を受ける乳児=神奈川県茅ケ崎保健福祉事務所で2011年12月15日、北川仁士撮影
ポリオ不活化ワクチンの予防接種を受ける乳児=神奈川県茅ケ崎保健福祉事務所で2011年12月15日、北川仁士撮影

6種類に分かれるウイルス

 ここで言葉の説明をしておきましょう。先ほど、WHOが「野生型ポリオウイルス3型」の根絶を宣言したと書きました。

 実は、ポリオウイルスは2種類の基準で分類されています。一つは、もともと自然に存在していたウイルスを意味する「野生型」か、生ワクチンに含まれていたウイルスが病気を起こすようになった「ワクチン由来型」かという分類です。ワクチン由来型は、人為的に弱毒化されたウイルスが時間を経て遺伝子変異を繰り返し、ヒトに感染するようになったものです。

 もう一つは、ウイルスのタイプを意味する「1型」「2型」「3型」という分類です。野生型にもワクチン由来型にもそれぞれ、1~3型がありますので、結局、ポリオウイルスは全部で6種類に分かれるわけです。

 さて6種類のうち「野生型の2型」については、15年9月にWHOが根絶を宣言していました。今年は「野生型の3型」が根絶したわけですから、野生型では残るは1型だけとなります。これは画期的なことでありWHOは「歴史的発表(historic announcement)」という表現を使いました。なお、これが発表された10月24日は「世界ポリオの日(World Polio Day)」です。以前「世界エイズの日(World AIDS Day=12月1日)」のときの記事で述べたように「世界の日」が定められている感染症はわずかしかありません。

アジアやアフリカで患者発生

 では「野生型の1型」にのみ注意をすればいいのか、というとそういうわけではありません。ワクチン由来型はすべて残っているからです。これらをまとめて、各型のウイルスで患者が発生している地域を紹介すると以下のようになります。(参考:WHOのホームページ

 
 

 少し補足しておくと、ワクチン由来型で最も多いのが2型です。冒頭で述べたようにWHOはフィリピンでの流行を「アウトブレイク」と表現しています。フィリピン政府も同じ表現をしましたが、実際の報告は2例だけです。ですが、立て続けに2例が見つかったということは今後急増する可能性があります。

 さて、実際にこのような表をみて満足するのは我々医師か研究者だけであり、一般の人からすれば「分類なんかどうでもいいから、だれがどこに行くときにワクチンが必要なのか教えてよ」という気持ちになると思います。そしてその考えは間違っていません。なぜなら1・2・3のどの型であろうが、野生・ワクチン由来のどちらであろうが、発症すると治療法がなく、一方で、同じ一つのワクチンが有効であることに変わりはないからです。

 だれが接種すべきかを考えましょう。まず、定期接種を終えていない小児は、かかりつけ医の指示に従ってください。

 問題は成人です。ポリオ生ワクチンが日本で接種開始となったのは61年です。この年はポリオが全国で急増しました。これを危機的状況と判断した当時の古井喜実厚生大臣は、生ワクチンの危険性が指摘されるなかで「責任はすべて私にある」と宣言し生ワクチンを主にソ連とカナダから緊急輸入しました。これで日本人の罹患(りかん)者が激減し、古井大臣のこの決断は今も高い評価を受けています

ポリオの不活化ワクチン=2012年9月
ポリオの不活化ワクチン=2012年9月

 ただし米国は00年に生ワクチンをやめ、不活化ワクチンだけの接種にしたのに対し、日本では不活化ワクチンへの切り替えを12年まで待たねばならなかったのもまた事実です。

「ワクチン接種済み」でも油断できないことも

 話を戻しましょう。60年以前に生まれた人は、ポリオのワクチンを接種していない可能性があります。では、それ以降に生まれ2回の定期接種を終えている人は安心なのかというとそういうわけではありません。理由ははっきりしまぜんが、75年から77年生まれの人は、ポリオに対する免疫が低いことが分かっています。外務省は、この3年間に生まれた人にワクチン追加接種の検討を呼びかけています

 では、それ以外の世代なら心配ないのでしょうか。これを検証するために、68年生まれの私は数年前に、自分自身がポリオウイルスに対する抗体を持っているかどうか調べてみました。

 結果は(野生型に対してもワクチン由来型に対しても)、2型に対する抗体のみ陽性(つまり、持っていた)で、1型と3型は陰性でした。そこで直ちに追加のワクチン(不活化ワクチン)を接種しました。

 私の結果を上の表と照らし合わせて考えると、もしも追加ワクチン未接種であったとすれば、インドネシアやミャンマーへの渡航時には、注意が必要だったのです。ミャンマーでの発生はタイとの国境近くで報告されており、タイのエイズ患者を支援している関係でタイ北部のそのあたりにも訪れる私は危険だったということになります。

成人の抗体検査やワクチンは自費負担

 では世代に関わりなく、アジアやアフリカへ渡航する人はみんなが抗体を調べて陰性であればワクチンを接種すればいいのでしょうか。理論的にはそうですが、抗体検査は費用が高い(5000~6000円します)ですから、検査をせずに追加接種を行うのもひとつの方法です。接種料は自費で、1万円ほどです。そしてせっかく接種するなら4種混合ワクチン(百日ぜき、破傷風、ジフテリア、不活化ポリオ、料金は1万2000円から3000円程度)を考えたくなります。

ポリオワクチンの接種を受ける子供
ポリオワクチンの接種を受ける子供

 過去の連載で述べたように、成人の百日ぜきはワクチンでの予防を検討すべきですし(参考:「増える百日ぜき『子供を守るため』大人もワクチンを」)、破傷風も10年に1度の接種を検討すべきです(参考:「異常気象時代だからこそ必要な破傷風ワクチン」)。そしてポリオの単独ワクチンと4種混合ワクチンの値段はあまり変わりません。

 「ならばポリオ単独ではなく4種混合ワクチンを」と考えたくなりますが、この方法には問題があります。4種混合ワクチンは成人には認可されていないのです。4種混合からポリオを除いた3種混合ワクチンは16年2月から成人も接種できるようになりましたが、4種混合は今も未認可なのです。日本のワクチン政策は何かとややこしい……。

 最後に、海外渡航しなければワクチンは不要なのかを考えてみたいと思います。

 19年11月9日、阪大微生物病研究会は、ポリオワクチンを製造する香川県の子会社が誤ってポリオウイルスを含む培養液100リットルを下水に流し、最大10兆個のウイルスが海に流されたことを発表しました。同研究会は「人体への影響はないと考えております」との見解です。

 ウイルスを加熱せず、つまり不活化せずに海に流せばまずいだろう、と私には思えますが、本当に「人体への影響はない」のでしょうか。ちなみに、生ガキから感染するA型肝炎ウイルスとポリオウイルスは同じピコルナウイルス科の“仲間”です……。

 ところで、私は年明けの1月23日に、大阪・梅田の毎日新聞ビルで感染症についての「一日講座」を開きます

 「インフルエンザからHIVまで」というタイトルで午後6時半から8時の予定です。皆様、ぜひおいでください。

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太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。