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まだまだあります あなたを守る「5分の知識」

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
診察室で顕微鏡に向かう谷口恭医師
診察室で顕微鏡に向かう谷口恭医師

 明けましておめでとうございます。この連載は、今年の夏で丸5年を迎えます。開始したのは2015年7月ですから、はや4年半が経過し、今回のコラムが193回目となります。それでもまだまだ、書きたいこと、読者に知っていただきたいことはたくさんあります。新年を機会に、過去の連載を振り返りながら、話題が尽きない事情をお話しします。

 連載開始当初は、この記事の担当編集者も私自身もこれほど長く続けるつもりはなく、せいぜい20~30回程度で書くことがなくなり終わるだろうと予想していました。その理由の一つは、私自身が大病院の感染症科で働く感染症専門医ではなく、クリニックに勤務する総合診療科医であり、つまり、この連載のテーマである感染症ばかり診ているわけではないからです。

 というより、感染症で定期的に太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診している患者さんはわずかです。なぜなら、感染症の大半は「急性疾患」で、慢性化する感染症というのはそれほど多くないからです。

 私が感染症を診察するのは、生活習慣病やアレルギー疾患などで谷口医院をかかりつけ医にしている人が来院した時や、あるいは日ごろは健康でかかりつけ医を持っていない人が、「微熱が続く」「下痢がおさまらない」「インドからの帰国後、リンパ節が腫れている」などの訴えで受診された時です。

 こういった訴えは、たとえ患者さんが感染症を疑っていたとしても、実際には非感染性の疾患であることが多々あります。例えば、「微熱と倦怠(けんたい)感が続く」と言って、自分では感染症を疑って受診された人が実は「甲状腺機能亢進(こうしん)症」(甲状腺ホルモンが過剰に分泌される疾患)だった▽「長引く下痢」の原因が「潰瘍性大腸炎」(大腸の粘膜に炎症が起こる非感染性の疾患)だった▽「リンパ節が腫れた」原因が「悪性リンパ腫」(血液のがんの一種)だった――などは決して珍しくありません。

 今挙げた三つの疾患は高頻度で遭遇するようなものではありませんが、倦怠感、下痢、リンパ節の腫れなどは、「疲労」や「ストレス」だけで生じることもあり、治療は不要で休養のみで治る、という場合も多いのです。

「実は感染症」と分かることも

 逆の場合もあります。例えば「前の病院でじんましんと言われたが治らないし熱も出てきた」と言って受診された患者さんが、ウイルスが原因の「B型肝炎」であったり、「ニキビが治りにくくなってきた」という訴えで来られた人がHIV(エイズウイルス)に感染していたり、「微熱と血便があるから潰瘍性大腸炎だと思う」といって相談に来られた人がアメーバ赤痢であったり、というケースも珍しくはありません。

 つまり、患者さんは感染症と思っていたが実際は非感染性疾患であったというケースもあれば、その逆の、まさか感染症などとは、みじんも思っていなかったというケースもよくあるのです。

高齢の女性を診察する医師
高齢の女性を診察する医師

 従って、感染症であるかどうかは別にして「困ったことがあればかかりつけ医に相談する」ということが大切になります。それに、感染症を疑って「感染症科で診てもらいたい」と考えたとしても、通常、感染症科というのは大病院にしかなく、大病院を受診するには紹介状が必要となりますから、どのみち初めから感染症科の医師の診察を受けることはできません。感染症科の医師が診るのは我々総合診療科医が紹介する難治例や入院が必要な重症例が中心となります。

 この連載を開始する当初は「感染症の患者さんを初診で診るのは感染症専門医ではなく私のような総合診療科医であるのだから、総合診療科医の立場から言いたいことを言わせてもらおう」と考えていました。そして「言いたいことはそのうち尽きるだろう」と予想していました。

反響をいただいて「言うべきこと」が増えました

 ところが、予想に反して「言いたいこと」、というよりは「言わねばならないこと」がどんどん増えてきたのです。その最大の理由は、読者の方々からいただく感想や相談です。

インフルエンザのワクチンを注射する医師
インフルエンザのワクチンを注射する医師

 例えば、この連載の一部である「風邪シリーズ」で述べた「抗菌薬はほとんどの風邪で不要」「せきには薬でなく蜂蜜を使うべきだ」「うがいは水が一番よい」などには、「知らなかった」「これまで学ぶ機会がなかった」という声が多くありました。また「のどが痛いのでグラム染色(どのような細菌がどの程度感染しているかを顕微鏡で観察する検査)をやってほしい」という相談も多数いただきました。

 「ワクチンシリーズ」で述べてきたことに対しても「知らなかった」「勉強になった」という多くの声をいただきました。改めて考えてみると、インフルエンザや風疹のワクチン接種の目的で大病院の感染症科を受診する人はいないわけで、ワクチン接種はかかりつけ医の仕事です。ワクチンシリーズで繰り返し述べている最重要事項は「ワクチンは理解してから接種する(=理解するまで接種しない)」です。ワクチンについて学ぶのは大病院の医師からではなく、日ごろ困ったことがあれば何でも相談できるかかりつけ医からです。

 「知らなかった」「勉強になった」という言葉を読者の方々からいただく度に、まだまだ伝えなければならないことがあることを確信するようになってきています。この連載を読まれているのは日本国民のごくわずかであることは理解していますが、例えば、30代男性がジャカルタで麻疹を発症し意識不明となった事故(「本当に『大丈夫』? 渡航前ワクチンの選び方」)や、蜂蜜を与えられた乳児がボツリヌスで死亡した事故(「乳児に蜂蜜厳禁はなぜ知られざる『常識』」)のような報道を見聞きすると「もっと早くに『感染症の基本』を伝えておきたかった」という、後悔とも呼べる強い欲望が体の奥から湧いてきます。自分が感染症の連載をさせてもらっているのに、このようなほんの少しの正しい知識があれば防げたはずの事故が起こってしまっていることに、ふがいなさを感じるのです。

手洗いとうがいをする子どもたち
手洗いとうがいをする子どもたち

 もちろん自分が医療プレミアにもっとしっかりと記事を書いていれば被害が防げたなどと上からの目線の発言をするつもりはありませんし、私のペンの力でできることなどたかがしれていることは承知しています。ですが、なぜ正しい知識がもっと広がらないのか、わずか「5分の知識」で悲劇を防げたのに……という気持ちが払拭(ふっしょく)できないのです。

「そんたく」せずに書き続けます

 幸いなことに、他のメディアと異なり「医療プレミア」ではほとんど一切のそんたくをせずに文章を書かせてもらっています。例えば商品名は伏せているとはいえ、「うがいの“常識”ウソ・ホント」では、ヨードのうがい液がまったく風邪の予防にはならず、水でのうがいの方がはるかに有効である(つまり、そのようなうがい液は使うべきでない)ことを述べました。「人ごとでないフィリピン『ワクチン不信』と麻疹急増」では製薬会社の名前も出して、同社のワクチン接種後にフィリピンで600人の子供が死亡し、フィリピン当局が「このワクチンを永久に禁止する」と発表したことを紹介しました。「ワクチン接種後に600人の子供が死亡」というのは大事件だと思うのですが、私の知る限り日本の大手メディアはどこも報じていません。企業からの何らかの圧力?とみるのは考え過ぎでしょうか。

 先に「困ったことがあればかかりつけ医に相談する」ことが重要だと述べました。しかし、その一方で「知識を身につけて、かかりつけ医に相談しなくていいようにする」ことも重要であると言い続けています。例えば、「健常者の腸炎は、たとえ細菌感染が疑われてもたいていは受診不要」「健常者ならインフルエンザを疑えば自宅で安静にするのが一番」「アジア渡航時には絶対に蚊に刺されないようにする」「ワクチンで100%防げる感染症がある」といったことを知っていれば、医療機関受診が不要になり、お金と時間の節約につながります。もちろん悩んだときはかかりつけ医を気軽に頼ればOKです。谷口医院には「たぶんこの風邪に抗菌薬は必要ないと思うんですけど……」といって受診され、咽頭(いんとう)スワブ(のどの粘液から取った検査用のサンプル)のグラム染色像を見せて「その考えは正しくて抗菌薬は不要ですよ」と説明すると「良かった! 今日は先生のその言葉が聞きたくて来たんです」と満足される人もいます。

 感染症の中には、日ごろ健康な人にも突然襲い掛かりごく短時間で命を奪うようなものもあります。生活習慣病や多くの悪性疾患のように、食事・運動・睡眠などの日々の正しい生活習慣の積み重ねでリスクを減らすことができるというものではありません。しかし、多くの感染症は「5分の知識」で防ぐことができます。この知識を持ち、困ったことがあれば(大病院の感染症科ではなく)かかりつけ医を受診するという習慣を身に付ければほとんどの感染症は恐れる必要がないのです。

 私が伝えたい「5分の知識」は今年も続きます。

 【医療プレミア編集部から】次回のこの連載は2月10日に掲載する予定です。一方、谷口医師が1月23日に大阪市内で行う講演の内容を、編集部が記事にまとめて1月25日に紹介します。

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。