百寿者に学ぶ バランス健康術!

人生の冬を楽しむ!

米井嘉一・同志社大学教授
  • 文字
  • 印刷
 
 

 2020年、新たな年を迎えました。連載を始めてから4度目のお正月です。正月といえばおめでたいイメージ、楽しいイメージがありますよね。たとえ季節は冬であっても、季節に見合った楽しみ方があるはずです。

 だいたい老後は悲惨だとか、年寄りは暗いだとか、誰が決めたのでしょうか? 私なりに歴史をさかのぼってみました。

 「老化の哲学」について上智大学哲学科の荻野弘之教授に教えを請いました。「老後を生きる」とは人間に特有の生の形態だそうです。「人間より下等な生物」では、生殖によって生命を次代に伝えた時点で役目を終えます。次世代にバトンを渡したリレー走者に走り続ける理由はありません。しかし「人間」は、年を重ねることで、自分自身の心と体を成熟させ、完成に近づきます。「いくつになっても自分自身のために生きる」ことが重要なのです。

 「老化」は古代より哲学における大きな課題でした。ソクラテス(紀元前469年ごろ~399年)もプラトン(同427~347年)も、みんな悩んで大きくなって、死を迎えたのです。キケロ(同106~43年)は著書「老年について」の中で、老年が悲惨だという意見に対し反論を述べています。

 老年が悲惨だとされる理由として、①公職からの引退、②体力の衰え、③快楽の剥脱、④死の不安、の四つが挙げられています。これらの俗説に対し、ひとつずつ検討し反論してみせています。

 「仕事以外にも楽しみを見つけるべし。体力が衰えたらその分、頭を使うべし。快楽におぼれて身を滅ぼすべからず。若年者、中高年者に比べて、我々は勇敢である」

 老年を積極的な人生の転機ととらえ、幸福な生活を送るコツを見つけることが大切と述べています。人類は2000年以上前から老化について深く考えをめぐらしていたのですね。驚くべきことです。

 私が無給医だった1984年ごろ、アルバイト先は聖蹟桜ケ丘(東京都多摩市)の桜ケ丘保養院という特別養護老人ホームでした。35年以上前のことです。1週間に2~3回訪問して、状態の悪い方の診療をするのが仕事でした。皆さんの状態が落ち着いている日はのんびりとしており、入所者の娯楽のお手伝いをしていました。

 思い出深いのは、バス旅行に医師として同行した時のことです。年1回行われる2泊3日の旅行は入所者のお楽しみ行事でした。バスの定員が限られているので、入所者100人の中から40人選ばなくてはなりません。その役目を私がしました。50人近い寝たきりの方々がまず脱落します。歩ける人は皆、行きたくて行きたくてたまりません。必死に自己アピールして、50m歩いてみたり、でんぐり返しをしてみたり…

この記事は有料記事です。

残り1471文字(全文2564文字)

米井嘉一

同志社大学教授

よねい・よしかず 1958年東京生まれ。慶応義塾大学医学部卒業、同大学大学院医学研究科内科学専攻博士課程修了後、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校留学。89年に帰国し、日本鋼管病院(川崎市)内科、人間ドック脳ドック室部長などを歴任。2005年、日本初の抗加齢医学の研究講座、同志社大学アンチエイジングリサーチセンター教授に就任。08年から同大学大学院生命医科学研究科教授を兼任。日本抗加齢医学会理事、日本人間ドック学会評議員。医師として患者さんに「歳ですから仕方がないですね」という言葉を口にしたくない、という思いから、老化のメカニズムとその診断・治療法の研究を始める。現在は抗加齢医学研究の第一人者として、研究活動に従事しながら、研究成果を世界に発信している。最近の研究テーマは老化の危険因子と糖化ストレス。