実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナウイルス 広がるいわれなき差別

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
  • 文字
  • 印刷
横浜港の大黒ふ頭沖に停泊するクルーズ客船「ダイヤモンド・プリンセス」。手を振る乗客の姿が見える。乗客乗員は計3700人以上で、新型コロナウイルスへの感染が確認された人もいた=2020年2月4日午後4時3分、本社ヘリから
横浜港の大黒ふ頭沖に停泊するクルーズ客船「ダイヤモンド・プリンセス」。手を振る乗客の姿が見える。乗客乗員は計3700人以上で、新型コロナウイルスへの感染が確認された人もいた=2020年2月4日午後4時3分、本社ヘリから

 前回のコラムで、新型コロナウイルスについて、私が懸念していることの一つが「思い込みや偏見から来る差別」だと述べ、これを“2次被害”と名付けました。どうやら世間では、そして医療者の間でさえも、この「差別」が私の予想を超える速度で広がっています。

 まずは実際に太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)で経験した事例を紹介しましょう。

発熱の中国人男性 日本で診療拒否に

 その電話は大阪府内の、感染症診療の中核を担う病院からかかってきました。中国帰りの発熱の患者を診てほしいと言います。しかしその患者の住所は当院からかなり離れています。それにその中核病院からも相当な距離があります。

 この患者は、近くの診療所や病院を受診しようとしたものの「中国から帰ってきて、熱が出ている」と説明すると、すべての医療機関から断られました。そこで外国人を積極的に診ていて感染症診療の中核でもある、その大きな病院に相談したのです。この患者は中国人ですが、日本語がほぼ完璧にできます。武漢市から遠く離れた中国のある沿岸部に数日間滞在していて、帰国後に発熱と咽頭(いんとう)痛が生じました。しかし、せきはまったくありません。

 後述するように「流行地域」がどこまでを指すかについては議論がありますが、この出来事があった時点では、厚労省の通達では「武漢市(中国)」となっていました。この患者が滞在したのは武漢市のある湖北省から1000キロ近く離れた町です。そして、繰り返しますが、せきはありません。

 厚労省はこの時点で、新型コロナウイルスの感染を疑うべき条件として、武漢市への渡航歴などに加え、「37.5度以上の発熱」があり、同時に「呼吸器症状(つまり、せきなど)を有している」ことを挙げていました。

中国・武漢市からの帰国者が市内のホテルに滞在している千葉県勝浦市で開かれた、新型コロナウイルスについての説明会。感染者を診療している亀田総合病院(同県鴨川市)の医師が冷静な対応を呼びかけた=2020年2月3日、中島章隆撮影
中国・武漢市からの帰国者が市内のホテルに滞在している千葉県勝浦市で開かれた、新型コロナウイルスについての説明会。感染者を診療している亀田総合病院(同県鴨川市)の医師が冷静な対応を呼びかけた=2020年2月3日、中島章隆撮影

 この患者は、熱はあっても、せきなどの呼吸器症状はありません。ですから厚労省の方針からいえば、コロナウイルス感染を疑うべき患者ではなく、中核病院で診るべき患者には該当しません(中核病院にはたくさんの「診るべき患者」が集まっています)。そこで、この中核病院の看護師はこの患者の近くの医療機関に相談しました。しかし何軒に相談しても返事は「診られません」ばかり。そこで、かなり距離は遠いものの仕方なく谷口医院に電話をかけてきたのです。

診断は細菌による「急性咽頭炎」

 この患者が谷口医院にやってきたのはそれから2時間後、念のため午前の診察の最後に来てもらいました。高熱があり、しんどそうですが、せきはまったくありません。

 前回のコラムで紹介した医学誌「LANCET」に書かれているように新型コロナの特徴は「鼻水、咽頭痛といった上気道炎症状がほとんどない」ということです。この患者は咽頭痛があったので、この時点で新型コロナはほぼ否定できるのです。

 口を開けてもらうと、のどが真っ赤に腫れています。一番腫れているところを綿棒で拭って「グラム染色」という方法で検査をしました。拭ったものを顕微鏡で見ると、多数の細菌(グラム陽性球菌)を取り込んだ、多数の好中球(白血球の一種)が目立ちます。

 診断は「グラム陽性球菌による急性咽頭炎」で間違いなく、新型コロナウイルスを疑う必要はありません。肺のレントゲン検査も不要です。

 ある保健所の職員によると、このような例が全国で相次いでいるそうです。つまり、中国帰りの日本人や中国人を含む外国人が、治療が必要な発熱や咽頭痛(ご紹介した患者さんの体温は40度でした)に苦しみながら、「どこも診てくれない」という診療拒否の被害に遭っているのです。

 新型コロナウイルスを疑う基準から外れている人が、こんな目に遭ういわれはありません。その(新型コロナウイルスが原因ではない)発熱や咽頭痛が悪化し、重症化する可能性もあります。

新型肺炎拡大を受けて休業したアップルの店舗。人のいない店内の机に消毒液が置かれていた=北京市内で2020年2月2日午後、赤間清広撮影
新型肺炎拡大を受けて休業したアップルの店舗。人のいない店内の机に消毒液が置かれていた=北京市内で2020年2月2日午後、赤間清広撮影

日本でも海外でも広がる差別

 医療機関への受診ですらこれが実情なのですから、世間ではいわれなき差別がすでに広がってしまっています。新型コロナに対応している感染症中核病院である千葉の亀田総合病院のスタッフの子どもがいじめの被害に遭っていることや、栃木県那須塩原市の温泉旅館に、予約客から中国人の宿泊の有無を尋ねる電話が相次いでいることが報道されています。

 そして、報道によればフランスでは「差別の矛先」が日本人を含むアジア人全員に及んでいます。1月27日、「J」というアジア系の女性がSNS上で被害を訴え、「#私はウイルスじゃない」(#JeNeSuisPasUnVirus)というハッシュタグをつくり、これがフランスの人種差別に取り組んでいる映画監督アマンディーヌ・ゲイのツイッター投稿により一気に拡散しました。

 フランスのメディアは連日、アジア人に対する差別の実情を報道しています。例えば「罵声を浴びせられ電車から降ろされた」「『コロナウイルスが来た!』と言われた」「中学生女子が『コロナ』とあだ名をつけられた」「仏男性が自分の子供に『中国人とウイルスがいるから気をつけなさい』とアジア人親子の目の前で言った」「大学でせきをしたら『病気をみんなにうつしている』と言われた」「チーズ販売店の販売員(アジア系女性)の接客を、仏人夫婦に拒まれた」などです。念のために付記しておくと、フランス人は日本人のことも中国人と区別していないことが多々あります。ここに述べた被害者は中国人ばかりではなく日系人も含まれています。

新潟市が中国・ハルビン市へ送るマスク。「ハルビンへ支援に駆けつける。共に疫病と戦おう」とメッセージが添えられている=新潟市中央区で2020年1月31日、露木陽介撮影
新潟市が中国・ハルビン市へ送るマスク。「ハルビンへ支援に駆けつける。共に疫病と戦おう」とメッセージが添えられている=新潟市中央区で2020年1月31日、露木陽介撮影

 フランス北部の地方紙「クーリエ・ピカール」は、1月26日、1面に「黄色警報」というタイトルとともにアジア系女性の写真を掲載しました。この日の社説のタイトルは「黄禍」です。そして、これが世界中で取り上げられ物議を醸しています。米紙「The Washington Post」は「新型コロナウイルスに関連した人種差別、外国人嫌悪やその他差別を見聞きしたことがありますか」というタイトルの記事を載せ、読者から投稿を募っています。

 入国制限をする国も増えています。日本、韓国、マレーシアなどは制限の対象を、まだ「「14日以内に中華人民共和国湖北省における滞在歴がある外国人」などと限定していますが、米国、オーストラリア、シンガポールは、自国民以外は中国全土からの渡航者の入国を制限しています。ロシアは中国との陸上の国境を閉鎖しました。香港では、中国本土との境界の完全封鎖を求めて公立病院の看護師や医師らの労働組合がストライキを行い約4000人が参加しました。

 現在、日本の企業は湖北省以外も含めて中国へ渡航した従業員には2週間の自宅待機を求めているところが多いと聞きます。この勢い、つまり隔離の基準を厳しくする勢いは当分の間止まらないでしょう。そしてこの勢いが強くなればなるほどいわれなき差別で傷つく人が大勢出てきます。

「可能性がある人はみな隔離」は不可能

 では、湖北省のみならず中国のどの地域でも、渡航しただけで本当に「隔離」されなければならないのでしょうか。

診察しながら患者との会話を楽しむ医師
診察しながら患者との会話を楽しむ医師

 ここでウイルス学的な観点から感染のリスクを再度考えてみましょう。まず、症状のない潜伏期間が最長で2週間程度あることが指摘されています(だから無症状でも2週間隔離されます)。また、無症状の人から感染した、との報告も出ました(ただし「誤報だ」との指摘があります)。そして、感染者は湖北省から中国の他の地域に広がり、さらに他国へ広がっているのも事実です。香港とフィリピンではすでに死者もでています。

 これらから理論的に導ける結論は「他者への感染を“完全に”防ぐには、中国全域のみならず、日本、タイ、フィリピン、米国など、感染者がみつかったすべての国へ渡航した者全員を、症状がなくても隔離すべきだ。そしてそのような渡航者と接した可能性のある者も症状の有無に関わらず同様に隔離すべきだ」ということになります。

 しかし、そのようなことは不可能です。例えば、日本や米国の国民全員の海外渡航を禁止できないのは自明です。もっと言えば、日本で暮らしている人はみんな「すでに患者の出ている国(日本)」にいるわけですが、「全員隔離」にはできないでしょう。感染者(2月6日時点で、すでに中国以外で250人以上の報告があります)のすべての行動を公開することもできるはずがありません。

大切なのは「差別に加担しないこと」

 ではどうすればいいか。各自が勝手なことを言い始めると混乱が助長されるだけです。混乱度が増せば増すほど強いリーダーシップが求められます。そして、感染症に関して強いリーダーシップを発揮すべきなのは厚労省です。つまり、厚労省のその時点の通達のもとで各自が任務を果たしていくのが最善の対処法です。ですから、冒頭で述べた患者さんについて、厚労省の通達に従った中核病院が「自分たちで対処する症例ではない」と判断したのは妥当でした。谷口医院のような一般の疾患に対応する医療機関が診るべきなのです。

 それでは各自が気を付けるべきはどのようなことでしょうか。幸いなことに、新型コロナは感染力が強いのは間違いなさそうですが、重症度はそれほど高いわけではありません。前回述べたように季節性インフルエンザによる死亡者の方がはるかに多いのが実情であり、例えばエボラ出血熱ウイルスやラッサ熱ウイルス(実は今年になってから流行しています)のような高い死亡率が特徴のウイルスではありません。

 前回の繰り返しとなりますが、各自が気を付けるべきことは「5分の知識」で理解できる感染予防対策です。その上で、流行地域への渡航歴や渡航者との接触があれば保健所に連絡し、そういったエピソードがなければかかりつけ医に相談すればいいわけです。そして、もうひとつ大切なことは「差別に加担しない」ことです。

医療プレミア・トップページはこちら

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト