実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナウイルス 「単純な」情報にご用心

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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「マスクは在庫限りとなります」などの張り紙が出た薬局=松山市で2020年2月6日
「マスクは在庫限りとなります」などの張り紙が出た薬局=松山市で2020年2月6日

 新型コロナウイルスに関する「混乱」が止まりません。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診する患者さんからも「外出が怖い。すれ違う人すべてが感染者に思えてしまう」と訴えられたかと思えば「新型コロナなんてインフルエンザと同じようなものでしょ」と言われることもあります。そういった極端な考えは事の本質を見失うことになり危険です。今回は、新型コロナウイルスをきちんと理解するために「単純な思考に陥らないで」という話をしたいと思います。

過度の危険視も楽観もよくない

 マスクについては、前々回のコラムで私が予想したように「根拠のないデマ」がすでに流れてしまっています。ある患者さんからは「薬局ではマスクが品切れなんです。谷口医院で売ってもらえませんか」と言われ、別の患者さんからは「マスクなんて意味ないんでしょ。ツイッターでどこかの医者がつぶやいてましたよ」と言われました。

 「マスクは意味がない」などと発言する医者はいないと信じたいですが、フェイスブックに「徳島コロナ上陸しました。犯人は中国人夫婦だそうで」などと虚偽を書き込んだ医師もいるくらいですから(この医師の夫が謝罪したと報道されています)、医師というだけではその発言をうのみにしない方がいいのかもしれません。

 私が患者さんたちから直接、あるいはメールで、相談を受けて最も強く感じるのは「極論で考えすぎる人が多い」ということです。

 確かに、「是か非か」「イエスかノーか」と考えるのはとても分かりやすくて説得力があります。短い言葉で強い印象を与えますからSNSでは広がりやすいのでしょう。政治的プロパガンダは分かりやすくて覚えやすい短いキャッチフレーズが有効です。

 しかし医療情報とはそのような単純なものではありません。新型コロナウイルスで言えば、極端に危険視するのも、楽観するのもおかしいわけです。

マスクは「無意味」でも「完全」でもない

 マスクは「意味がない」わけでは決してありません。その逆にマスクで完全に予防できるわけでもありません。

 もしもマスクで感染を防ごうとするならばN-95と呼ばれる特殊なマスクが必要になりますが、過去にも述べたようにこのマスクは医療者でさえも適切に装着するのが困難です。そして、適切に装着できた場合、呼吸が苦しくなり、大声で話したり早歩きしたりはできません。

停泊するクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」。船内の乗員・乗客から新型コロナウイルスの感染者が出ている=横浜市鶴見区の大黒ふ頭で2020年2月11日
停泊するクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」。船内の乗員・乗客から新型コロナウイルスの感染者が出ている=横浜市鶴見区の大黒ふ頭で2020年2月11日

 医療者も特殊な病棟を除けばN-95は勤務中にも使用していません。例えば、私が過去にタイのエイズ施設でボランティアをしていた頃、結核の患者さんを集めた部屋に出入りするときにはN-95を使用していましたが、それ以外のところではたとえ激しいせきをしている患者さんがいたとしても、通常のサージカルマスク(医療用マスク)で対処していました。

 ちなみに私は風邪が流行する冬も含めて、診察室で一日中マスクをすることはまずありません。ときどき「先生、マスクしないんですか?」と患者さんから心配されることもあるほどです。

 新型コロナウイルスは無症状の感染者からの感染を指摘する声もありますが、そのような人からの感染を恐れるなら、マスクなしでは誰にも近づけないことになります。せきを含めて風邪を示唆するような症状がまったくない患者さんを診察するときには基本的にマスクはしていません。せきをしている患者さんを診察する時はマスクをすることもありますが、アレルギーや逆流性食道炎(どちらも他人にうつる病気ではありません)が原因のせき、ということもかなりあります。ですから「目の前の患者さんがせきをしているから」という理由だけではマスクをしていません。

 もちろん感染症が疑われるせきやくしゃみをしている患者さんの前ではマスクをしますし、その患者さんの診察が終わった直後に手洗いとうがい(鼻うがいではなく通常のうがい)を行います。マスクだけでは飛沫(ひまつ)感染のリスクを下げることができないからです。また、小児の場合はせきやくしゃみがなくても、下痢や腹痛の症状があれば原則としてマスクを装着しています。私は研修医の頃に、至近距離で子供の息が顔にかかり、ノロウイルスに感染した苦い経験があります。

満員電車ならマスクはお勧め

 医療者でない人がマスクを使うべき場合は、満員電車やライブ会場といった、比較的長時間他人と近距離で接するとき、と考えればいいでしょう。ちなみに私は診療時間以外でマスクをすることはほとんどありませんが、マスクはいつも携帯しています。これは感染予防のためではなく、自分がせきをしたときに、せきエチケットとしてマスクを装着する“義務”があるからです。しかし少なくとも過去7年間は診察室以外では一度も使用していません。過去7年間一度も風邪をひいていないからです。

新型コロナウイルス感染者の来院を想定した机上訓練。医師らは「パニックにならないように」と呼びかけた=山梨大医学部付属病院で2020年1月31日
新型コロナウイルス感染者の来院を想定した机上訓練。医師らは「パニックにならないように」と呼びかけた=山梨大医学部付属病院で2020年1月31日

 マスクが手に入らないときもあわてる必要はありません。その場合、満員電車を避けることを勧めますが、避けられなかったとしても、必要な時(たとえば、近くの人がせきをしている時など)に新聞や雑誌で顔を覆うだけでも有効です。その逆にやってはいけない行為は「手で顔を触る」です。過去のコラム「うがいの“常識”ウソ・ホント」で述べたように、指をなめる、爪をかむ、鼻をほじるといったクセのある人は手洗いを怠れば簡単に風邪をひきます。これはそういう人の手が特別に汚いからではなく、基本的に「手」というのは誰のものでも不潔であり「感染症の温床」と考えるべきだからです。アイドルの握手会に胸をときめかせる人もいるでしょうが、医学的な観点からみれば不潔極まりない行為です。以前、「キスは唾液の交換(だから不潔)」と発言した知識人が話題になりましたが、これは医学的にはまっとうな考えです。「愛は情熱の深さが感染症のリスクを上回るときに成立するもの」というのが私の考えです。

 話を戻しましょう。マスクは「感染を完全に防げるもの」でも「まったく役に立たないもの」でもありません。予防という観点でいうなら、繰り返しの手洗いと、帰宅後すぐの鼻うがい(「谷口式鼻うがい」についてはこちらを参照ください)の方がはるかに重要です。

「インフルと同じ」とはまだ言えないが

 では、結局のところ新型コロナウイルスの危険性はどれほどなのでしょうか。

 ここでも「極論」で考えてはいけません。「季節性インフルエンザと同じ」と発言している医者もいるそうですが、そう断定するのは時期尚早だと思います。前々回のコラムで述べたように季節性インフルエンザの死者数の方がずっと多いのは事実ですが(※注1)、武漢市で新型コロナウイルスの診療にあたっていた30代の医師が死亡しています。季節性インフルエンザで若い医師が他界することなど考えられません。ですが、エボラ出血熱ウイルスのように致死率が数十パーセントの感染症とはまったく異なりますし、同じコロナウイルスが原因の「重症急性呼吸器症候群」(SARS)や「中東呼吸器症候群」(MERS)ほどの高い致死率には及んでいません。

中国・武漢市からの帰国者らを受け入れた「勝浦ホテル三日月」(下)と、近くの砂浜に書かれた「まけるな!」の文字=千葉県勝浦市で2020年2月8日、本社ヘリから
中国・武漢市からの帰国者らを受け入れた「勝浦ホテル三日月」(下)と、近くの砂浜に書かれた「まけるな!」の文字=千葉県勝浦市で2020年2月8日、本社ヘリから

 楽観は禁物ですが、過剰な心配は混乱を助長し、前回述べたように「差別」を生みます。ではどうすればいいか。やはり世界保健機関(WHO)や、厚労省の発する情報を参考にすべきです。

 こういった組織を批判する医療者もいますが、巨大な公的機関には多くの情報が寄せられ、大勢の専門家が科学的な評価をし続けています。SNSで奇をてらった意見を述べる一人の医師ではなく(※注2)、まずは公的機関が発している情報の収集に努めるべきです。そして、不安なことがあればかかりつけ医に相談することが大切です。

「5秒で読める」情報は要注意

 SNSなどで拡散している情報は、初めから疑ってかかった方がいいでしょう。

 以前SARSが流行したとき、14歳の少年がインターネットにフェイクニュースを流して香港の住民がパニックに陥ったことがありました。エボラ出血熱が流行したときに流れたツイッターは大半がデマだったとの指摘もあります。

 一般の人が流す情報は、短くて、印象に残りやすいわけですが、それが故に危険なのです。「正しい知識」はそれほど単純ではありません。「5分の知識」は強力な武器だということを私は言い続けているわけですが、SNSで発信されている「5秒の情報」は誤情報だらけと考えるべきでしょう。

 

 ※注1 「致死率」でみると新型コロナウイルスの方がはるかに高く現在2%程度であろうと推測されています(ただし、致死率の分母となる患者数に軽症者が含まれておらず、実際はこれより低いことが予想されます)。これに対し、季節性インフルエンザの致死率は0.1%未満と言われています。09年にメキシコを発端に流行した、当時の「新型インフルエンザ」(今や、季節性インフルエンザの一種です)の場合、厚労省の「インフルエンザQ&A【https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou01/qa.html】」のQ5によると、日本の感染者は約1年間で推定2000万人、死者は203人で、人口10万人あたり0.16人でした。SARSの全世界での致死率は9.6%、MERSは34.4%です

 ※注2 ただし大手メディアに掲載されている医師のコメントは軒並み妥当だと思われます。大手メディアではファクトチェックが入り校閲がおこなわれることがその理由のひとつです。大手メディアでは報道されないような、奇をてらった意見の方が面白いかもしれませんが、医療の情報、とりわけ感染症の情報については、正確さが最も重要視されなければなりません。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト