実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナウイルス 元気でも「隔離」の覚悟を

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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船内から新型コロナウイルスの感染者が多く出たクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」=横浜市鶴見区で2020年2月19日、滝川大貴撮影
船内から新型コロナウイルスの感染者が多く出たクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」=横浜市鶴見区で2020年2月19日、滝川大貴撮影

 検疫法及び感染症法の施行令が改正され、2020年2月1日に施行されました。これにより政府は、新型コロナウイルスへの感染が確定した人を、強制的に入院させることができるようになりました。2月13日には検疫法施行令のさらなる改正が発表され、感染の疑いがある人には無症状であっても検査を強制できることになりました。これからは、どのような事情があろうが、たとえ一切の症状がなく元気であったとしても、新型コロナウイルス感染の可能性があると検疫官に判断されれば、船の中や医療機関などで待機させられる「停留」の状態にされることがありえ、さらに検査で陽性となればそのまま入院させられる「隔離」の措置を受けることになりそうです。こうなると、許可なく外出したり退院したりすることはできなくなります。

検査や入院を強制される可能性

 行動の自由を奪われる機会というのは、刑事事件でも起こさない限りはそうありません。我々が当たり前のように享受している「移動の自由」や「プライバシーの自由」というのは近代社会が勝ち取った貴重でありがたいものであることを再認識させられます。

 他人に感染させ死に至らしめる可能性のある病原体を持っているなら隔離されて当然だ、という考えは当然でてきます。そして、確かに新型コロナウイルスはすでに世界中で2000人以上の命を奪っています。しかし現時点での日本人の感染者の重症度をみてみると、高齢の死者は出ていますが、全体としては軽症者が多く「季節性インフルエンザと大きくは異ならないのでは」という見方もあります。ですが(重症性はともかく)感染力がかなり強いのはもはや確実です。ということは、感染している自覚のない元気な若者が大勢に感染させる(あるいはすでに感染させている)可能性もあるわけです。であるならば、これからは大勢の人が強制的に検査され、場合によっては強制的に入院させられる可能性が出てくることになります。

 今回は「二つの隔離」について考えてみましょう。

新型コロナウイルスの感染拡大のため、中国・武漢から日本人を乗せて到着したチャーター機の第5便=東京都大田区の羽田空港で2020年2月17日、竹内紀臣撮影
新型コロナウイルスの感染拡大のため、中国・武漢から日本人を乗せて到着したチャーター機の第5便=東京都大田区の羽田空港で2020年2月17日、竹内紀臣撮影

「治療のため」と「検査のため」の隔離

 感染症法では、確定診断がついた患者を、ただちに隔離して専門の病棟に入院させることができます(なお、編集部が厚生労働省に確認したところ、診断したら必ず入院させなければいけないわけではなく、医師の判断次第で、軽症なら自宅療養もありうるそうです)。実際には、まだ確定に至っていなくても可能性が出てきた時点で行動の自由が大きく制限されることになります。隔離となると、どれだけ大切な仕事があろうが、キャンセルできない旅行の予定があろうが、家族の結婚式や葬式があろうが、病院を抜け出すことができません。高熱でぐったりしているような状態であれば諦めもつくでしょうが、比較的元気な状態であったとしてもその病棟から出ることが許されないのです。

 しかし法律によって隔離されているわけですから、行動の自由は奪われるものの、無料で検査や治療を受けることができます。有効な薬はまだ開発されていませんが、過去のコラム「新型コロナウイルス『5分の知識』で差別を防ぐ」で紹介した抗HIV薬の「カレトラ」は有効性が期待され日本でもすでに投薬されています。この治療ももちろん無料です。つまり、感染症法で「隔離」されて治療を受けることにはメリットもあるわけです。こういう「治療を受けるための隔離」が一つめの「隔離」です。

 もう一つの隔離は「検査をされるための隔離」です。クルーズ船での隔離がこれに相当します(クルーズ船の場合、法律上は感染症法の定める隔離ではなく、検疫法に基づく「停留」にあたります)。「ダイヤモンド・プリンセス」の乗客に新型コロナウイルスの感染者がいることがわかり、乗客及び従業員は船から下りることを許されず検疫官の指示に従うしかありませんでした。そして、検査には長時間を要することになりました。その結果、検疫官の一人が感染し、さらにその検疫官を通して乗客が新たに感染した可能性が指摘されています。

 検疫官から感染させられた(可能性がある)乗客からすれば、「なんですぐに下ろしてくれなかったの。下船して逃げるって言っているわけじゃない。他人からの感染を防げるどこかの施設に入所させてもらってそれから検査してもらうべきじゃなかったの?」という気持ちになると思います。この考えは正しいですし、実際に政府の対応を非難する声も少なくないと聞きます。

 では自らが感染してしまった検疫官は職業上重大なミスを犯したのでしょうか。それから、そもそも豪華客船には船医が待機しています。では「ダイヤモンド・プリンセス」の船医には責任があるのでしょうか。船医はノロウイルスやインフルエンザを含めたさまざまな感染症に対して注意を払っています(※注1)。発症者が出た場合は船内感染を防ぐ最大限の努力をしているはずです。それが十分であったのかという議論はあってもいいと思いますが、私個人の意見を言えば、プロの船医や検疫官に大きな落ち度があったとは思えません。ではなぜ船内感染がおこったか。その答えは「新型コロナウイルスの感染力がとても強いから」です。

 では政府の対応に問題があったのかといえば、乗客を「隔離」して、その結果、感染者を増やした可能性が高いわけですから、もちろん問題がなかったわけではありません。しかしながら、従業員と乗客を合わせた数千人もの人たちを、新たな感染を生み出さないように注意しながら港に近い施設に誘導し「安全な隔離」をすることができたでしょうか。仮に、近くの病院やホテルが協力してくれたとしても、数千人分の個室を確保することなど到底不可能でしょう。

新型コロナウイルスに対する訓練で、疑似症患者の役になった人を、隔離された病室に入院させる様子=松山市の愛媛県立中央病院で2020年2月7日、中川祐一撮影
新型コロナウイルスに対する訓練で、疑似症患者の役になった人を、隔離された病室に入院させる様子=松山市の愛媛県立中央病院で2020年2月7日、中川祐一撮影

 ならば乗客と従業員は運命を天に任せるしかないのでしょうか。残念ながら私の意見は「イエス」です。もちろん一般的な感染予防対策は徹底すべきです。例えばうがい・手洗いを徹底し、なるべく部屋から出ないといった対策は取るべきです。ですが、船室は病棟とは異なります。いくら徹底した予防をしたとしても感染のリスクを下げるには限度があります。

 一部には「クルーズは船内感染のリスクがあることは初めからわかっている。感染者は自己責任だ」という声もあるようで、豪華客船に乗船できる金持ちに対する厳しい意見もあるのでしょうが、クルーズ以外にもこういった隔離をされるリスクはあります。

 09年に新型インフルエンザが流行したとき、カナダ発・日本着の機内で感染者の座席の近くに座っていた人たちは、しばらくの間空港の近くのホテルの部屋に閉じ込められ、廊下に出ることも許されなかったそうです。

人が集まれば感染の可能性が増す

 検疫法から離れて、国内で、乗り物以外で起きうる感染への対策についても考えてみましょう。たとえば今月末からおこなわれるプロ野球のオープン戦はどうでしょう。東京ドームの観客が高熱を出し、球場内の医務室で「新型コロナの疑い」と判断されたとすればどういう措置が取られるでしょうか。「全員を球場から出すな」という声も出てくるかもしれません。

 現時点で政府は「オリンピックに支障はない」と判断しているようですが、果たして100%問題ないと言えるでしょうか。(これは私見ですが)新型コロナウイルスもコロナウイルスである以上、気温が上がれば感染力が弱まります(実際、重症急性呼吸器症候群=SARS=はそうでした)。ですが、前回も述べたように、満員電車やライブ会場といった人が密集する場所は、気温が上昇してからも注意が必要です。私は(政府の楽観論とは異なり)、オリンピック目的の海外からの渡航者が激減する可能性もあるとみています。

 では、隔離されないようにするにはどうすればいいでしょうか。一般的な感染予防対策を行い、人が密集するところにはなるべく行かない、ということに一応はなりますが、それでもリスクがゼロになるわけではありません。それに新型コロナウイルスの次に新たな新興感染症が生じる可能性も十分にあります。ではどうすればいいでしょうか。二つの私見(医学的ではない意見になりますが)を紹介したいと思います。

中国・武漢市から帰国しホテルの部屋で過ごしていた人たちが、地元住民らから見送られながらバスで帰宅する様子=千葉県勝浦市で2020年2月13日、滝川大貴撮影
中国・武漢市から帰国しホテルの部屋で過ごしていた人たちが、地元住民らから見送られながらバスで帰宅する様子=千葉県勝浦市で2020年2月13日、滝川大貴撮影

覚悟して「プランB」の用意を

 一つは「誰もが隔離される可能性がある」と認識することです。日本人は(日本人だけではないかもしれませんが)「避難勧告を受け止めない」傾向があります。群馬大学の片田敏孝教授らが06年11月の千島列島東方沖の地震後に岩手県釜石市の小学生にアンケートした結果、避難指示を聞いた後、実際に避難したのは290人中わずか7人でした。避難しない理由として、保護者が「大丈夫」「津波は来ない」「前にもあった」などと判断したのです。東日本大震災が起こったのはこのアンケートのおよそ4年後です。18年7月の「西日本豪雨」で大水害の被害を受けた岡山県や、19年7月に大雨の被害が出た鹿児島県では、避難勧告に従わなかった人が大勢いたことが報道されました。「自分だけは大丈夫」という根拠のない思い込みを改めて「いつ自分が隔離されてもおかしくない」と心構えをしておくことが重要です。

 「隔離」に対するもう一つの対策は、世の中には予期せぬ事態がやってくるリスクがあると認識し、常に「プランB」を用意しておくことです。旅行をとりやめることになったら、と考えて、別の計画を立てておく、映画館の利用をやめて大画面のテレビを買いDVDを楽しむ、いつ隔離されてもいいように愛読書を持ち歩く、会いたい人に早めに会っておく、など考えられることはいくつもあると思います。隔離される不安におびえて暮らすのではなく、リスクコントロールをしても隔離されたときには「それを運命として受け入れ読書でもしよう」とプランBに切り替えるようにすればいいのです(※注2)。

 ※注1 クルーズでの集団感染はノロウイルスが有名です。過去に紹介したコラム「今日から使えるノロウイルス対処法」の注釈で、偶然にも今回と同じ「ダイヤモンド・プリンセス」でのノロウイルス集団感染を紹介しました。

 ※注2 本文では述べませんでしたが、海外滞在中の「隔離」に関して世界ではさまざまな問題が生じています。例えば、国籍の違うカップルや家族が引き裂かれる事態が多数起こったと報道されています。カナダ人の場合、たとえ永住権を持っていたとしても市民権がなければ武漢からのチャーター便に乗せてもらえず家族が引き離されたようです。オーストラリアは、武漢からのチャーター便を自国内ですがオーストラリア大陸からは遠く離れたクリスマス島に着陸させ、そこで「隔離」を行っていますが、待遇に不満を述べる人が多いことが報道されています。

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。