
新型コロナウイルスによる混乱が加速度的に増しています。なかでも「検査」に関する情報が錯綜(さくそう)し、私のところにも問い合わせが相次いでいます。そして2月17日に厚生労働相が記者会見し、新型コロナウイルスに関する「受診の目安」を示したのを機に「混乱」は次のステージに突入しました。まずは、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)に寄せられた代表的な相談内容を紹介します。
すぐにはできない「PCR検査」
Aさん「昨日から風邪の症状があるけど大事な仕事がある。午前中に谷口医院でコロナウイルスの検査をして大丈夫だったら午後から出勤したい」
Bさん「深夜バスで東京から大阪に帰ってきてから38℃の高熱がでた。バスに乗っていた中国人がせきをしていた。コロナの検査を希望します」
結論から言えば、AさんもBさんも検査は受けられません。「検査の対象外」という意味です。しかし、その時点では2人とも対象外でしたが、2月17日以降はBさんのケースは検査が受けられる可能性があります。しかし現在も“谷口医院では”2人とも検査できません。解説していきましょう。
まず、Aさんが考えていたように「コロナウイルスの検査は簡単にできる」という誤解が少なくありません。おそらくAさんはインフルエンザの簡易検査と同じようなものを想像していたのでしょう。インフルエンザの簡易検査はイムノクロマト法と呼ばれるもので、5~10分程度で結果が出ます。昔より精度も上がり、発症から数時間後の患者を検査しても陽性反応が出るものもあります。ですが、過去のコラム「医師がインフルエンザの検査を勧めない理由」でも指摘したように、100%正しい検査ではなく、感染していても「陰性」と出ることもあります。こういった検査はあくまでも「参考」に過ぎません。そのコラムで述べたように、谷口医院では検査をせずに「陽性」と診断することもあります。
新型コロナウイルスに対して現在一部の機関でおこなわれている検査はPCR法と呼ばれるもので、イムノクロマト法とは検査の原理がまったく異なり正確さは桁違いに高いものです。ウイルス量がほんのわずかでも、感染していれば「陽性」という結果がでます。ただし「あまりにもわずか」である場合、つまり感染した直後であれば、正確な結果が出ないこともあり、場合によっては再検査が必要なこともあります。
「必要性の高い人」を検査する

それだけ精度の高いPCR法が簡単に短時間で安くできればいいのですが、この検査には相応の設備と人と時間が必要になります(厚労省によるQandAには「新型コロナウイルスのPCRは結果が判明するまで1日から数日」とあります)。実施できる施設は限られており、しかも検査数には限度があります。ですから、新型コロナウイルスを公衆衛生学的に見たとき、つまり行政が全体を見渡したときにすべきなのは「必要性の高い人から検査をする」ということになります。
ではどのようにして「必要性の高い人」を選別するのか。分かりやすい基準をつくるしかありません。厚労省はその基準を作成しました。2月17日の厚労相会見により基準は大きく変更された(※編集部注)のですが、会見前まで同省のサイトに掲載されていた基準は以下のものでした(なお、現在もほとんど同じような内容が日本環境感染学会の2月13日付のガイドラインで閲覧できます)。ただし、2月17日以降も、行政当局は“事実上”この基準を適用して検査対象者を決めている、と私自身は考えています。
次の(1)〜(4)=どれか1項目でよい=に該当し、かつ他の感染症または他の病因によることが明らかでなく、新型コロナウイルス感染症を疑う場合。
(1)発熱またはせきなどの呼吸器症状(軽症の場合を含む)を呈する者であって、新型コロナウイルス感染症であると確定したものと濃厚接触があるもの
(2)37.5°C以上の発熱かつ呼吸器症状を有し、発症前14日以内に中国湖北省または浙江省に渡航または居住していたもの
(3)37.5°C以上の発熱かつ呼吸器症状を有し、発症前14日以内に中国湖北省または浙江省に渡航又は居住していたものと濃厚接触があるもの
(4)発熱、呼吸器症状その他感染症を疑われるような症状のうち、医師が一般に認められている医学的知見に基づき、集中治療その他これに準ずるものが必要であり、かつ、直ちに特定の感染症と診断することができないと判断し(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律第14条第1項に規定する厚労省令で定める疑似症に相当)、新型コロナウイルス感染症の鑑別を要したもの
※濃厚接触とは、次の範囲に該当するものである。・新型コロナウイルス感染症が疑われるものと同居あるいは長時間の接触(車内、航空機内等を含む)があったもの
(1)のポイントは「軽症を含む」ことです。Aさんのように軽症であってもいいわけです。ですが後半の「感染確定者と濃厚接触がある」という条件を満たす人はそう多くありません。「感染確定者」は上述のPCR法で確定した者という意味です。しかも「濃厚接触」は上記のように「同居や長時間の接触」がなければなりません。
(2)はある程度重症でも特定の地域への渡航歴がないと対象外ですし、(3)も「渡航者との濃厚接触」が条件となります。また、(2)も(3)も「呼吸器症状」が条件です。せきや息苦しさがあれば条件を満たしますが、「喉が痛い」「鼻水・鼻づまりがある」などは対象外です。
(4)はある程度医師の判断に委ねられていますが「集中治療」という言葉が入っています。要するに、(1)(2)(3)に当てはまらないなら、「集中治療が必要なほど極めて重症」であることが検査の条件なのです。
「妥当な検査基準」だが当てはまらない感染者も
これら四つの基準は感染している可能性のある者を効率よく絞り込んでいます。公衆衛生学的には妥当なものと私は考えています。

ただ、ここで一つの疑問が出てきます。それは「(1)~(4)に当てはまらない感染者もいるんじゃないの?」というもので、その答えは「イエス」です。実際、軽症者が多いことは世界中の報告からもはや疑う余地がありません。そのような軽症者が検査の対象から外されて自らの感染に気付かない、そして他人に感染させるという可能性はあります。そして、感染させられた人が高齢者や持病を持つ人の場合、死に至る、ということも起こり得ます。
当然、「それでいいのか。お上が検査の対象外と判断したから死者が出たじゃないか。どう責任をとるんだ!」という意見もあるでしょう。ですが、だからといってほんのわずかな可能性のある者も検査することは現実的にはできないのです。
現在、新型コロナウイルスの簡易検査(イムノクロマト法)の研究が開始され近いうちに発売されるという期待もあります。ですが、登場してもインフルエンザと同じように検査の精度はさほど高くないでしょう。結局のところ、簡単にできて精度の高い検査法は存在しないのです。そういった現実を見据えた上で「最善の方法」を模索していくことが大切です。
新型コロナを心配した2人の患者
さて、検査はともかく「新型コロナかも」と心配になったら、医療機関にはどうかかればよいのでしょう。
2月17日の厚労相会見で、下記3点にあてはまる場合は、一般の医療機関ではなく「帰国者・接触者相談センター」に先に相談すべきことになりました。
A 風邪の症状や37.5℃以上の発熱が4日以上続いている(解熱剤を飲み続けなければならないときを含みます)。
B 強いだるさ(倦怠<けんたい>感)や息苦しさ(呼吸困難)がある。
C 高齢者や基礎疾患等のある方は、AまたはBの状態が2日程度続く場合
=大阪府のホームページより。なお、編集部が府と厚労省に確認した結果、Bの「だるさや息苦しさ」は1日で相談して問題なく、「高齢者はBでも2日待って」という趣旨ではないそうです。

先述した以前の基準(1)~(4)は「検査対象者」で、上記A、B、Cは「センターへの相談対象者」です。つまり、A、B、Cが無条件で検査の対象にはなりません。そして2月17日以前に比べて、受診前にセンターに相談すべき場合が大きく広がったため、医療機関では混乱が相次いでいます。谷口医院にも次のような患者さんが受診されました。
Cさん「数日前からしんどくて新型コロナを疑っているんです。クリニックに何軒電話しても断られて、ここ(谷口医院)なら診てもらえるかと思って……」(と、受付スタッフに困っていることを強くアピールされました)
Dさん(問診票に)「4日前からの発熱」(との記載)
Cさんが何軒も断られたのは、それら医療機関が2月17日以降の厚労省の見解に従っているからです。Dさんも上記Aに当てはまりますから先にセンターに問い合わせしなければならないことになります。そこで診察前に患者さん自身でセンターに問い合わせてもらいました。結果は「そこで(谷口医院で)診てもらってください」でした。これは私見ですが、おそらくセンターの職員も従来の基準(1)~(4)に基づいて判断しているのでしょう。
「感冒」と「細菌性咽頭炎」でした
なお、Cさんの診察結果は「単なる感冒」で新型コロナウイルスの可能性はほぼゼロです。どうやら他院で断られたことにより不安感が増していたようです。Dさんは咽頭痛が強くグラム染色(という検査)の所見から細菌性咽頭(いんとう)炎でした。ただし新型コロナウイルスとの合併の可能性も考える必要があり、それを伝えて症状が改善しない場合は再診するように助言しました。2人にはコロナウイルスの検査は適応外(検査対象外)と説明をし、何かあればすぐに再診するよう話しました。
4日続く風邪症状、(短期間でも)倦怠感、といった新しい基準に入れられている症状は、新型コロナウイルスと関係なくだれにでも起こり得ます。当分の間、混乱は避けられないでしょう。
※編集部注 厚労省は2月17日に検査対象者の基準を改定しましたが、それでも渡航者など以外の検査は、ほぼ重症者限定です。また検査は医師の判断だけではできず、保健所の同意が必要です。
【ご案内】
この記事を執筆している谷口恭医師が、2回目のミニ講演会を開きます。仮題は「新型コロナウイルス、HPV(ヒトパピローマウイルス)、本当に正しいのは何なのか?」です。
4月23日(木)午後6時半から8時まで、大阪市北区梅田3の4の5、毎日新聞ビル2階の「毎日文化センター」で。受講料は1650円です。問い合わせは同センター(06・6346・8700)へ。
谷口恭
太融寺町谷口医院院長
たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。