実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 休校しても減らしたい「元気な感染者」

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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休校を前に、最後のホームルームであいさつを交わす教諭(左)と小学校6年生の児童ら=甲府市で2020年3月3日午後2時、高田奈実撮影
休校を前に、最後のホームルームであいさつを交わす教諭(左)と小学校6年生の児童ら=甲府市で2020年3月3日午後2時、高田奈実撮影

 2020年3月2日以降、政府の要請を受けて全国各地の小中高校が休校になりました。短くて2週間程度、長ければ4月の春休み明けまで休みです。突然の政府のこの決定には批判も多く、「卒業式がなくなるのは生徒が気の毒」「欠勤せざるをえない保護者が少なくなく、保護者が医療職の場合は医療機関の機能が縮小する」という声も上がっています。医療者のなかにもこの決定に反対する者が多く「子供は感染しても重症化しないのに、休校にする科学的根拠があるのか」という批判もあります。確かに、日本のみならず中国や他国のデータをみても小児が重症化している例はほとんどありません。ですから、小児や保護者、あるいは学校の先生たちの立場からすると納得のいかない政策だと思います。

軽症者と極端な重症者が混在

 ですが、私自身は政府のこの決定はやむを得ないのではないかとみています。その理由は、新型コロナウイルスによる感染症は「ごく軽症の患者と極端な重症の患者が混在する疾患」だからです。

 前回のコラム「新型コロナも風邪も軽症なら自宅療養を」で述べたように、高齢者や持病のある人を除けばたいていは通常の風邪と同じように数日間自宅で休んでいれば治ります。

 一方、高齢者や持病のある人の場合「死に至る病」となりえます。通常のインフルエンザと同じでは?という指摘もありますが、すでに中国では20代と30代の医師、それに51歳の病院長が亡くなっています。インフルエンザと同じとみなすわけにはいかず、WHO(世界保健機関)は2月28日、新型コロナウイルス感染症のリスク評価をこれまでの「High(高い)」から「Very High(非常に高い)」に引き上げました。

 軽症でありながら「Very High」とはどういうことか。解説していきましょう。

致死率と感染力を考える

 一般に、感染症の脅威は「致死率(感染した場合に死亡する率)」×「感染力」が基準になります。例えば狂犬病は感染して発症すれば(ほぼ)100%死に至ります。ですから致死率は(ほぼ)100%となります。しかし日本に住んでいる限り狂犬病ウイルスに感染する可能性は(ほぼ)ゼロです。ということは日本に住んでいる限り狂犬病はまったく怖くない感染症ということになります。

 次にインフルエンザを考えてみましょう。インフルエンザの致死率は0.1%程度だと言われていますが、健常者が命を落とすことはほとんどありません。ということは持病のない若者であれば致死率はほぼゼロです。感染力はそれなりに高いわけですが感染して無治療でも1週間寝込めば後遺症もなく治りますから、健康な若者であればインフルエンザは恐ろしい感染症ではありません。

 コロナウイルスが原因のSARS(重症急性呼吸器症候群)とMERS(中東呼吸器症候群)はどうでしょうか。これらは若者の命も奪った致死率の高いものです(それぞれ9.6%、34.4%)。

 20年1月、新型コロナウイルスが騒がれ始めたとき、多くの識者は「通常のコロナウイルスよりは重症化することがあるが、SARSやMERSとは異なる。イメージとしては通常のインフルエンザを少し強くしたくらいではないか」という印象を持っていました。実際、1月の時点では武漢市での死亡例は高齢者や持病のある人ばかりと報道されていました。その当時から致死率は2%くらいではないかと言われていましたが、軽症者が含まれていないから最初はこれくらいになってもおかしくないと多くの医師は思っていました。09年にメキシコを発端に流行した豚インフルエンザもメキシコでは初期の段階では高い致死率が発表されていたのです。

臨時休校となり、図書室で自習する児童たち=神戸市兵庫区で2020年3月3日、反橋希美撮影
臨時休校となり、図書室で自習する児童たち=神戸市兵庫区で2020年3月3日、反橋希美撮影

 新型コロナウイルスへの見方が変わったのは武漢市の30代の医師が亡くなったときだと私はみています。通常のインフルエンザで30代の健常者が他界することはまずありません。その後中国では20代の医師や51歳の病院長も死亡しています。

 重症化する大半が高齢者であったとしても致死率が高く、また健常な成人が死亡するかもしれない感染症が広がれば、社会はもはや安泰な状態ではありません。幸いなことに、現時点では妊娠中の女性や小児は重症化しないとされています。しかしそれは、妊娠している人や子供のことだけを考えれば悪いことではありませんが、そうした人が軽症のまま、感染を広める「スプレッダー」になれば、社会にとっては脅威となります。

  致死率が数字で表せるのと同じように感染力も数値化できます。「1人の感染者が平均して何人の新感染者を生み出すか」を考えるのです。この数字を「基本再生産数」、通称「R0(アール ノート)」と呼び、疫学的調査に基づいて感染症ごとに算出されます。R0が1より大きいなら、つまり1人の感染者が1人を超える新感染者を生むなら、数学的には感染者はどんどん増えていきます。1より小さければ感染は広がりません。

 麻疹のR0は10~20とされます。1人が10~20人に感染させるということです。感染は例えば1人から10人、10人から100人へと広がりますから、数学的には数カ月後には日本人全員が感染することになります。

 ただし、実際には麻疹がこんなに広がることはありません。その最大の理由はワクチンが普及していることです。つまり「10~20」というのは「麻疹に免疫を持たない人たちの間で感染が広がった」場合の話で、ワクチンで免疫を持っている人たちが多い集団ならばそういう数字にはなりません。また、麻疹に感染すると通常は登校や出勤はできません。ほとんどの人は安静を強いられ他人と接触する機会はそう多くありませんから感染させる可能性は実際にはそれほど高くありません。

 では感染しても軽症で済む感染症の場合はどうでしょうか。この場合は意識して外出を控えなければ(もしくは隔離されなければ)感染は瞬く間に広がってしまいます。

感染力は「言われているより高そう」

 ここで新型コロナウイルスのR0をみてみましょう。医学誌「The New England Journal of Medicine」に掲載された論文「Early Transmission Dynamics in Wuhan, China, of Novel Coronavirus-Infected Pneumonia」によれば新型コロナウイルスのR0は2.2です。別の論文によればR0は4.7~6.6とされています。麻疹の10~20に比べればずいぶんと小さな数字です。

クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」から下船した乗客らを乗せて出発するバス=横浜市鶴見区で2020年2月19日、北山夏帆撮影
クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」から下船した乗客らを乗せて出発するバス=横浜市鶴見区で2020年2月19日、北山夏帆撮影

 では新型コロナウイルスのR0は本当にこの程度なのでしょうか。私はそうは思っていません。その最大の理由は「感染者数が正確に把握されていないから」です。これらの新型コロナウイルスの論文は武漢市の1月前半までのデータをもとに算出されています。武漢市が突然、緊急事態宣言を出して市を「封鎖」し「隔離」や「外出禁止令」を出したのは1月23日で、この論文はそれまでのデータです。

 さて、R0を正確に把握するには「だれが、だれに感染させたか」をできるだけ正確に追跡する必要があります。ところが、中国当局は初期には実態をきちんと調査していなかったという指摘があります。そしてそもそも軽症であれば医療機関を受診しない人が多く、その人たちは「患者」として数えられません。新型コロナウイルスの場合、軽症者が大半ですから感染者の発見と追跡は極めて困難で、実態は誰にも分からないのが実情でしょう。

 とはいえ、感染が「閉ざされた空間」で広がる場合は実態がみえてきます。クルーズ船「ダイヤモンド・ブリンセス」では、不十分だったという指摘はあるものの感染症専門医も加わって感染防止策をとったのに、船内から700人以上の感染者が出ました。もしもこの船がどこにも寄港できず、専門家不在の中でパニックが起こったとしたらどうなったでしょうか。

 新型コロナウイルスの「事実上のR0」が論文の値よりも高いと考えられる理由がもう一つあります。それは「感染者の移動」です。

 麻疹の場合はそれなりに重症化しますからたいていは療養を強いられます。一方、新型コロナの場合、感染しても元気な人が目立ちます。(報道によれば)後に感染が確認された女性は、すでに喉の痛みがあったのに、高知県から高速バスに乗って大阪市のライブハウスを訪れ、夕方の5時半から10時まで楽しんで再び高知に戻ったそうです。この女性から感染させられた人もまた、感染に気付かないまま同じように元気に広範囲で活動しているかもしれません。

平日だが混雑する東京・渋谷のスクランブル交差点。高校2年の女子生徒は「不要不急の外出はしないように言われているけど、除菌アルコールを持って渋谷に友だちと来た」と話した=東京都渋谷区で2020年3月3日午後3時43分、竹内紀臣撮影
平日だが混雑する東京・渋谷のスクランブル交差点。高校2年の女子生徒は「不要不急の外出はしないように言われているけど、除菌アルコールを持って渋谷に友だちと来た」と話した=東京都渋谷区で2020年3月3日午後3時43分、竹内紀臣撮影

 健常者の場合は新型コロナに感染してもたいていは健康を取り戻せます。しかし中国で若い医師が次々と他界していることを考えるとやはり警戒すべきですし、高齢者や持病のある人はより注意しなければなりません。そして、小児に重症者が少ないのは事実ですが、軽症(もしくは無症状)で病原体を有している小児がかなり多くても不思議ではありません。

「気づかないまま広げる」可能性を減らすために

 もろんそれなりの濃厚接触がないと感染は広がらないわけですが、感染に気付かない小学生の家に高齢者が同居していることもあるでしょう(もっとも、小児が同居している高齢者に感染させたというエビデンス(科学的証拠)があるわけではありませんが)。小学生が、例えば春休みにテーマパーク、遊園地、動物園などを訪れることもあれば、高校生が満員電車に乗り映画館やライブハウスに行くこともあるでしょう。

 全国の小中高の一斉休校が正しいかどうかは簡単には結論できません。それでも、上記のような子供たちが「自分の感染に気づかないまま周囲に感染を広げる」可能性を減らすために、休校して学校での感染の機会をなくす価値はあり、政府の方針はやむを得ないと思います。

 なお休校とは別に、感染しない、させないためには「人が集まる場所を避ける」のが望ましいのはもちろんです。政府の専門家会議は3月2日に、10代から30代の人に向けたメッセージを出し「皆さんが、人が集まる風通しが悪い場所を避けるだけで、多くの人々の重症化を食い止め、命を救えます」と訴えています。

 【ご案内】

 この記事を執筆している谷口恭医師が、2回目のミニ講演会を開きます。仮題は「新型コロナウイルス、HPV(ヒトパピローマウイルス)、本当に正しいのは何なのか?」です。

 4月23日(木)午後6時半から8時まで、大阪市北区梅田3の4の5、毎日新聞ビル2階の「毎日文化センター」で。受講料は1650円です。問い合わせは同センター(06・6346・8700)へ。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。