実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 世界の流れに遅れた「検査制限」

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
  • 文字
  • 印刷
 
 

 世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は、2020年3月13日の記者会見で、新型コロナウイルスに関する日本の取り組みを評価しました。「安倍首相が率いる政府一体の取り組みにより、(感染者の)クラスターの十分な調査が、感染を減らすのに重要なステップであることを示した」と言い、各国首脳の中で唯一、首相の名前を出したのです。聞いた時は、世界中で日本だけが新型コロナ対策に成功した、と言われているような印象を受けました。しかし私は、この評価に違和感が残りました。日本は新型コロナウイルスの検査を、かなり限られた患者にしか実施できておらず「十分な検査」という点で世界に後れを取っているからです。

検査の条件は「ライブハウスに行った」など

 前回のコラム「新型コロナ 国の最悪想定は『大幅な入院先不足』」でも述べたように、臨床症状から医師が新型コロナを疑う患者がいても、「帰国者・接触者相談センター」(保健所)に相談すると、「対象外」という理由で検査を断られます。現在大阪では「感染者と濃厚接触した」「多数の感染者が出ている四つのライブハウスのどれかに行った」といったエピソードがなければ医師が希望しても検査の対象となりません。※編集部注

 一例を紹介しましょう。太融寺町谷口医院をかかりつけ医にしている男性が発熱し、数日たった3月上旬に当院を受診しました。その後、電話で様子をうかがうと、あまり改善していませんでした。そこで4日後に再び、午前の診療の最後の時間に来てもらいました。私は臨床的に新型コロナウイルスの感染を疑い「検査を受けさせてほしい」とセンターに電話で相談しました。しかし「ライブハウス訪問などのエピソードがないなら検査の対象外」と断られました。入院までは不要と考え男性には自宅療養をしてもらいましたが、症状は翌日も改善しませんでした。そこで改めてセンターに電話しましたが「府の方針は変わらない」とのことでした。

 私は、行政のこうした対応を「間違いだ」と言っているわけではありません。非常時には行政の指示に従うというのが私の考えです。検査にはキャパシティーがあり、優先順位の高い者から検査をするという考えは間違っていません。

 私は実際、新型コロナウイルスに感染した疑いのある患者さんに対し、入院するほど重症化していなければ、上で紹介した大阪府の“方針”を伝えて「悪化すれば直ちに連絡してください。新型コロナの可能性はありますが、現時点では自宅で様子をみることができます」と話して納得してもらっています。そして、こういったひとりひとりの患者さんの経過をしっかりと診ていくのが我々開業医の使命だと考えています。

「検査、検査、検査」と訴えるWHO

 しかしながら、他国では大勢の人が検査を受けられて、日本では依然「キャパシティーが限られる」と言い続けるのは無理があります。そしてWHOは「迅速に検査をして早期発見に努めるべきだ」という方針をとっています。

 テドロス事務局長は3月13日の演説で「積極的な検査や、感染者への接触者の追跡……などで感染防止と人命救助ができる」ことを示した国として、中国と韓国、シンガポールを挙げました。日本のクラスター対策の位置づけは「感染を減らすのに重要なステップ」でしたから、高評価のように見えて実は、「感染防止と人命救助」よりは1段階劣るのかもしれません。テドロス事務局長はさらに、16日に「(今すべきなのはとにかく)検査!検査!検査!」と言って疑わしい患者を全員検査すべきだと訴え、これを世界のメディアが報道しました(例えば「World Health Organization urges more tests for COVID-19」)。

休業明け1カ月が経過した北京市内の地下鉄駅。通勤ラッシュ時に客がひしめき合っていた光景はまだ戻っていない=2020年3月10日、赤間清広撮影
休業明け1カ月が経過した北京市内の地下鉄駅。通勤ラッシュ時に客がひしめき合っていた光景はまだ戻っていない=2020年3月10日、赤間清広撮影

 現在、日本国内の新型コロナウイルス感染者数は、923人で世界17位です(3月19日現在)。

 しかし、この1000人にも満たない感染者数は、実態と大きくかけ離れているとみられます。統計に反映されていない感染者がたくさんいるはずです。

 検査をしていない以上は「確定」とは言えないのですが、私が診療している範囲でさえも、今年は例年の傾向とは異なり、患者さん自身も医師の私も「今までにない風邪」という印象をもつ事例が多くあり、その中に新型コロナの感染者がいるとみられます(参照:「新型コロナ 国の最悪想定は『大幅な入院先不足』)。さらにごく軽症やあるいは無症状で、医療機関を訪れないような人でも感染していることがあるわけです。ですから私は「実際の感染者は発表されている数字の何十倍にもなるのではないか」とみています。

「日本は特別です」は通用しない

 そこで、日本で検査の対象を広げるべきかどうかを考えてみましょう。

 私見を述べれば、“日本のことだけを考えるのなら”日本の現状でもいいと思います。なぜなら、現在の行政が示している方針、すなわち「軽症ならば自宅療養。長引いたり重症化したりすれば、かかりつけ医もしくは帰国者・接触者相談センターに問い合わせ。さらに、不要不急の外出を控える」という方針で、感染の拡大をある程度はコントロールできるからです。

新型コロナウイルスの検査に使われる機器=岐阜県提供
新型コロナウイルスの検査に使われる機器=岐阜県提供

 これを効率よく行うには、国民ひとりひとりが高い意識を持ち、医療者は正確な知識を持って、患者さんひとりひとりに最適の対応をしていかなければなりません。そして、私は日本ではこれができると考えています。少なくとも、軽症の人が検査目的で医療機関に押し掛けるような事態になるよりは、はるかにいい方法です。

 しかしながら、「他国ではできて日本ではできない」はもう通用しないでしょう。検査希望者全員が検査を受けられるようになる必要はありませんが、少なくとも医師が診察をして採血・胸部X線などの検査結果から新型コロナの検査が必要と考えた患者に対しては、検査ができる体制にすべきではないでしょうか。

 それを最も痛感するのは、外国人の患者さんを診察するときです。彼ら、彼女らには「日本は特別なんです」という理屈は通用しません。「母国に帰れば検査が受けられるのに(ただし帰国すると2週間隔離されますが)なんで日本では受けられないの?」となるわけです。米国の俳優、トム・ハンクス夫妻がオーストラリアで、さほど重症でないのにすぐに検査を受けて感染が判明し、その後、無事に退院したことは世界中で知れ渡っています。また医学的な観点からも、検査の基準を世界である程度統一すべきです(そうしないと、各国間で患者数の比較をしても意味がなくなります)。

 こうした体制は、幾人もの専門家が指摘しているように、検査できる施設を増やし、複数の検査方法を取り入れていけば実現可能です。中国では、「イムノクロマト法」と呼ばれる方法を使った簡易検査キットが、3月4日に発表された中国の診療ガイドラインに掲載されています。この方法は、インフルエンザの簡易検査と同じようなもので、検査の精度は劣りますが簡便にできるためある程度の参考にはなります。

クラボウが販売を始めた新型コロナウイルスの検査キット。PCRではなく、血液中の抗体を検出する方法だ(同社提供)
クラボウが販売を始めた新型コロナウイルスの検査キット。PCRではなく、血液中の抗体を検出する方法だ(同社提供)

 米食品医薬品局(FDA)は3月13日、ロシュ社が開発した新型コロナウイルスの検査システムの使用を許可しました。

 この製品は同社がエイズウイルス(HIV)など他の感染症の診断用に販売してきた大型診断機器を新型コロナの検査にも使えるようにしたものです。注目すべきは、新たに器械を導入する必要がなく、これまでHIV(エイズウイルス)などの検査に使っていた器械をシステム変更することによって新型コロナにも対応できるようになるということです。この器械は高額なものですが、すでに日本の検査会社はたいてい持っています。

 さらに、現在行政主導で行われているPCR法による検査も、もっと普及させられます。PCRについては「やり方によって精度が変わる」という意見があり、これは正しくはあるのですが、それでも有用な検査であることには変わりありません。「PCRは感度が低く使えない」という声が一部にあるようですが、これは誤解です。PCRはイムノクロマト法に比べると格段に精度が高いのです。PCRの感度が低いと言われる理由は、感染初期でウイルス量が充分に増えていない場合や、検体の採取方法に問題がある場合があるからです。

検査や診察の結果を総合し最善の対応を

 いずれにしても検査というのは、どのようなタイプのものでも万能ではありません。診断の際は一つの検査結果だけに頼らず、臨床症状やときには複数の検査を組み合わせることによって総合的に考えるのが、感染症診療の基本です。

 例えば、HIVの場合、一部の保健所などで実施している簡易検査はイムノクロマト法で、これが陽性であってもそれだけでは感染確定にはなりませんし、また陰性でも感染していないことを100%保証するものではありません。医療機関ではHIVに対しては「電気化学発光免疫測定法」という別の検査方法を用いることがあり、やはりこれが陽性でも確定はできず、PCRを併用するのが一般的です。

世界各国の新型コロナウイルス感染者数。赤丸が大きいほど感染者が多い=WHOの資料から
世界各国の新型コロナウイルス感染者数。赤丸が大きいほど感染者が多い=WHOの資料から

 話を戻します。これだけ海外渡航する人が多い中で、新型コロナウイルス問題は、世界が一丸となって取り組まなければならない地点にすでに来ています。医師が感染を疑う患者に対し「日本独自のルールでは検査対象外」はもはや通用しません。そして検査がすべてなのではなく、検査結果を参考にその人にとっての最善の対応を進めるのが、感染症を含む医療の基本であることを強調したいと思います。

※編集部注=編集部は大阪府に取材しました。谷口医師の経験とは食い違いますが、府は「ライブハウスなどのエピソードがなくても、他の病気が否定され、医師が総合的に感染を疑うならば、検査を引き受ける流れにある。エピソードがなければ断る、という方針ではない」と話しました。

 【ご案内】

 この記事を執筆している谷口恭医師が、2回目のミニ講演会を開きます。仮題は「新型コロナウイルス、HPV(ヒトパピローマウイルス)、本当に正しいのは何なのか?」です。

 4月23日(木)午後6時半から8時まで、大阪市北区梅田3の4の5、毎日新聞ビル2階の「毎日文化センター」で。受講料は1650円です。問い合わせは同センター(06・6346・8700)へ。

医療プレミア・トップページはこちら

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。