実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 克服のカギは「絆と譲り合い」

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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大勢の人たちでにぎわう原宿の竹下通り=東京都渋谷区で2020年3月27日午後4時3分、宮間俊樹撮影
大勢の人たちでにぎわう原宿の竹下通り=東京都渋谷区で2020年3月27日午後4時3分、宮間俊樹撮影

 新型コロナウイルスの感染拡大はとどまる気配を見せません。つい最近まで「完全な形で実施」と言われていた東京オリンピックの延期が3月24日に発表され、翌25日には東京都の小池百合子知事が、都民に週末の外出自粛を要請しました。世界に目を向けると、米国や欧州諸国で相次いで事実上の外出禁止令が出ています。つい最近まで観光客でにぎわっていた仏パリのシャンゼリゼ通りも、英ロンドンのリージェント・ストリートも、米ニューヨーク・マンハッタンの街並みも閑散としていると聞きます。

 また、これまで新型コロナは「危険なのは高齢者や持病のある人であり若く健康な人は恐れる必要がない」という意見がありましたが、3月20日、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は「若者は無敵ではない=You(Young people)are not invincible」と述べ、入院を必要とする患者の中に、50歳以下の人が無視できない割合で存在することを指摘しました。各地で新学期から学校が再開される見通しになり、日本は他国とは異なり緊張が和らいだのではないかという声もありましたが、25日の小池知事の記者会見が、ゆるみかけた雰囲気に冷や水を浴びせました。ただ私は、それでも日本はこの状況を乗り切れると考えています。今回はその理由を説明します。

専門家でも意見は分かれるが

 過去のコラム「新型コロナ 休校しても減らしたい『元気な感染者』」で、「政府が全国一斉の休校を要請したことはやむを得ない」ということを述べたとき、医療者からも一般の方からも「一斉休校はやりすぎではないか。マスコミに出ている〇〇医師は必要ないと言っていた」というご指摘をいただきました。さらには、ある患者さんから「新型コロナに関しては専門家によって言っていることがバラバラで困る」という批判も受けました。

 専門家の意見がそろわない上に、世界の多くの国が事実上の“戒厳令”さらには“鎖国”に近い対策に打って出ているわけですから、「どうしていいか分からない」と嘆く声が増えるのも無理はありません。太融寺町谷口医院にも、不安が消えない患者さんからの問い合わせが相次いでいます。

ほぼ無人になったハリウッド中心部の「ウオーク・オブ・フェーム(名声の歩道)」で路上ライブをする男性ミュージシャン=米西部カリフォルニア州ロサンゼルスで2020年3月26日、福永方人撮影
ほぼ無人になったハリウッド中心部の「ウオーク・オブ・フェーム(名声の歩道)」で路上ライブをする男性ミュージシャン=米西部カリフォルニア州ロサンゼルスで2020年3月26日、福永方人撮影

 けれども、何も慌てる必要はありません。この連載で繰り返し言っているように「5分の知識」で対処することができます。そして、日本は(そして世界も)新型コロナを克服することはできます。

 今回は具体的な対処法を述べる前に「専門家によって意見が異なる」点を解説しましょう。といっても私自身は日ごろテレビを見ないので誰が何を言っているかをよく知りません。ですが、推測することはできます。一般に多くの医師がテレビ出演を避けたがるのは「そんなに単純じゃないことをクリアカットにコメントできない」と考えるからです。正確なことを述べようとするほど、内容が難解になるのは避けられません。そこでメディア側としてはできるだけ分かりやすく断言してくれる専門家を重宝するのです。説明がクリアになればなるほど単純化して伝わります。

 良識ある専門家なら、首相が学校の一斉休校を求める発表をしたときにコメントを求められれば「完璧な対処法はなく、休校するのもしないのも、それぞれ長所と短所がある」という前提で話を進めます。私は「休校はやむを得ない」と考えましたが、「休校すべきでない」という結論を出す医師が目の前にいたとしても、互いの意見を理解し尊重し合えるはずです。結果として結論が異なったとしても考えるプロセスが共通しているからです。以前にも述べたように、単純な“結論”を盲目的に信用することを避けるべきなのです。

 先日、朝早くタクシーに乗っていると、薬局の前に行列ができていました。ドライバーによると、何週間も前からこんな状態が続いていて、どこの薬局も開店前からマスクを求める人たちが行列をつくるそうです。「医療プレミアでマスクはいらないって書いたのに!」と思わず口にしたくなりましたが、これが現実であることを改めて認識しました。

 マスクが必ずしも必要でないことは過去のコラム「新型コロナウイルス『単純な』情報にご用心」で述べましたから今回は繰り返しませんが、私自身が外出時にマスクをしていません。かばんには、長年未使用のマスクが入っていますが、これは自分がせきをしたときのためのエチケット用として持っているだけです。

新型コロナウイルスの影響で血液不足だと聞き、献血をしに訪れた男性=奈良市東向中町の近鉄奈良駅ビル献血ルームで2020年3月16日、加藤佑輔撮影
新型コロナウイルスの影響で血液不足だと聞き、献血をしに訪れた男性=奈良市東向中町の近鉄奈良駅ビル献血ルームで2020年3月16日、加藤佑輔撮影

注目すべきは「人口あたりの死亡者数」

 新型コロナについて、各国の状況を改めて考えてみましょう。世界の統計サイト「worldometer」は日々、新型コロナの国ごとの感染状況を更新しています。日本は感染者数では日に日に順位を落とし、26日現在で27位です。

 もっとも、前回のコラム「新型コロナ 世界の流れに遅れた『検査制限』」で述べたように、日本は検査があまりできないから感染者が少なく見えているだけで、こんなランキングには意味がありません。

 意味があるのは「死亡者数」です。新型コロナによる死亡を意図的に隠すことはできませんから、感染者数ではなく死亡者数に注目する方が合理的です。そして、分母を感染者数ではなく人口で考えればいいのです。

 死亡者数と人口で各国を比較すると、最も厳しい状況にあるのはイタリアで、人口約6000万人に対して死者は7503人。つまり約8000人に1人が新型コロナで亡くなっています。次に厳しいのはスペインで、人口約4700万人に対し死者は3647人。亡くなった人は約1万3000人に1人です。次はイランで、人口約8200万人、死者は2077人。約3万9000人に1人が亡くなりました。

 これらの国に比べると、日本は死亡者の割合がずっと少なくて、人口約1億2700万人に対して26日正午現在、死者は45人です(クルーズ船の乗員・乗客だった方は除いています)。つまり約280万人に1人が他界していることが分かります。

 ※編集部注=死者数は厚生労働省の26日現在のまとめ、各国の人口は世界銀行などの資料によります。

 もちろん油断は禁物ですが、日本人の約280万人に1人が亡くなっている疾患を予防するために早朝からマスクを求めて行列をつくる人たちが多いのが現状なのです。

CTや入院病床が「多過ぎる」のが日本の強み

 次に、今後日本もイタリアのようになる可能性はどれくらいあるかを考えてみましょう。

 私見を述べれば日本はイタリアのようにはなりません。日本の医療技術が高いと言っているわけではありません。日本では受診の敷居が低いために診断が早くつき、非常に早い段階で適切な治療を開始できるのです。特効薬がないのは事実ですが、日本には「他国に比べて多すぎる」と批判されているたくさんの入院用ベッドがあります。それに今のところ人工呼吸器が不足する事態にはなっていません。一方で報道によると、イタリアではベッドが足りず、大勢の患者が廊下で列を作って診療を待つ状況です。人工呼吸器も足りず、地域によっては60歳以上の患者には装着できなくなっているそうです。

 私はイタリアの医療事情を詳しく知っているわけではなく、かなりの部分が推測になりますが、日本ほど医療機関へのアクセスがたやすい国はありません。知人の米国人から「無保険者が少なくない米国では、けがをしても傷口を自分で縫合する者もいる」と聞いたことがありますし、私がこれまで外国人から見聞きした範囲で言えば風邪で医療機関を受診するような国は日本の他にはありません。

有志が協力して開いた臨時の学童保育で遊ぶ子どもたち=東京都足立区で2020年3月3日、喜屋武真之介撮影
有志が協力して開いた臨時の学童保育で遊ぶ子どもたち=東京都足立区で2020年3月3日、喜屋武真之介撮影

 しかし、この医療機関受診への敷居の低さが新型コロナでは有利に働いています。よく言われるように日本ではレントゲン撮影どころかCT(コンピューター断層撮影)も簡単に行いますから、まだ進行していない初期の肺炎も見つけることができます。おそらくCTをこれだけ気軽に撮影している国は他にはありません。

 検査の制限はまだいくらか残っていますが、これも結果としては奏功しています。検査を受けるべき人の優先順位を客観的に判別できるからです。

改善された検査事情

 私は前回のコラム「新型コロナ 世界の流れに遅れた『検査制限』」で、「帰国者・接触者相談センターの判断ではなく、診察した医師の裁量で検査をすべきだ」という意見を述べました。私の意見を取り入れてもらえたわけではありませんが、偶然にもこのコラムが公開された直後から、保健所が比較的簡単に検査を許可してくれるようになりました。

 ただし、私自身が新型コロナを疑っても、比較的元気で一人暮らしの若者で仕事を休める人の場合は「検査を受けてください」ではなく「検査受けますか?」と聞いています。「(受けずに)しばらく自宅で様子をみます」と答える人もいます。こう答える人たちの理由もさまざまで「2週間も隔離されたくない」と言う人もいれば「重症の人にベッドを譲ります」と答える人もいます。

思いやりと助け合いが大切

 完全な私見ですが、私はこの「重症の人に譲ります」という考えこそ、これからの新型コロナ対策の鍵となり、日本の最大の強みだと思っています。東日本大震災のとき“絆”という言葉で日本人、そして賛同してくれた外国人も一緒にみんなで協力することができました。同じことが新型コロナに対してもできるはずです。

 現在最もつらい立場にいるのは感染して入院している人や、風邪をひいて「もしも新型コロナだったら……」と不安におびえて暮らしている人たちです。我々はこういった人たちにできることを考えるべきです。感染して入院している人にはメールで励ましのメッセージを送るとか、風邪をひいた人が周りにいないかどうか気遣い、そういう人たちには休むよう助言し、電話で様子をうかがい、食べ物やマスクを自宅に届けるという方法もあるでしょう。大切だけども日ごろ連絡をしていない人に電話をかける、マスクは必ずしも必要ないことを教えてあげる、一緒にコロナ対策の話をして、困っている人の力になるには何をすればいいか話し合う、など、すべきことはいくらでもあります。

コミュニティーラジオの生放送で童歌を歌い、家で過ごす親子を応援する子育て支援拠点のスタッフら=埼玉県熊谷市で2020年3月17日、大平明日香撮影
コミュニティーラジオの生放送で童歌を歌い、家で過ごす親子を応援する子育て支援拠点のスタッフら=埼玉県熊谷市で2020年3月17日、大平明日香撮影

 ちなみに私自身が現在思案しているのは海外の患者さんや医療者に対し、支援できることがないかです。ですが、その前に日々目の前の患者さんの力になることを考えていきたいと思います。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。