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新型コロナ 医師が勧める解熱剤は?

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
 
 

 新型コロナウイルスが問題になっていても、マスクは必ずしも必要なく、私自身が日ごろマスクをしていないことは何度か述べました。最近、「マスクだけでなく消毒用のアルコールも品切れしている」という話を聞きました。結論から言えば、手指の消毒用アルコールはたしかにあれば便利ですが、なくても問題ありません。通信販売で高値で取引されているようですが、そんなものに大金を使うのは、ばからしいだけです。今回は、適切な手洗いやうがいの方法について話し、さらに、新型コロナのことも考えた解熱剤の使い方を説明します。

新型コロナにも有効な「水とせっけん」での手洗い

 手洗いについては、2015年に書いたコラム「手洗いの“常識”ウソ・ホント」で重要なことは既に述べています。そこで、新型コロナウイルスにターゲットを絞った効果的な手洗いを確認していきましょう。

 そのコラムで述べたように、手洗いに必要なのは水道水と、せっけんです。過去のコラム(「うがいの“常識”ウソ・ホント」)にも述べたように、日本は水道水がとてもきれいな国です。ちなみに水道水が飲める国というのは数えるほどしかありません。そのきれいな水を使って時間をかけて洗うのは何よりもすぐれた手洗いの方法です。せっけんがあれば、なおいいわけですが、いつもあるとは限りません。しかし、例えば公衆トイレなどに、せっけんが置かれていなかったとしても慌てる必要はありません。その分時間をかけて、きれいな水を利用すればいいのです。

 「せっけんはどのようなタイプがいいですか」というのはよく聞かれる質問です。答えは「普通のせっけん」です。抗菌作用をうたったせっけんには意味がないことは過去のコラムで述べました。ではいろいろと付加価値のついた高級せっけんはどうでしょうか。結論からいえば、感染予防という点では意味がないと思います。少なくとも、高いエビデンス(医学的証拠)をもって有効とされているものはありません。普通のせっけんで十分です。そもそもせっけんとは「アブラを落とすもの」です。決して病原体を(直接)除去するものではありません。

 ただし、一部のウイルスは、「エンベロープ」と呼ばれる膜に包まれていて、この膜は脂に溶けやすく、せっけんを使うことによって取り除きやすくなります。そして、新型コロナを含めたコロナウイルスは、エンベロープを持つタイプのウイルスです。つまり、新型コロナ対策にせっけんは有効です。

 マスクやアルコールが品切れしているなら、もしかしてせっけんもなのか……、と考えてAmazonのウェブサイトをみたところ、昔からあるせっけんが、10個885円で売られていました。これくらいの値段なら妥当でしょう。一方、高級なせっけんの多くはすでに品切れしていました。私ならすべてのせっけんの在庫があったとしても一番安いものを買います。

首相官邸HPより
首相官邸HPより

アルコールも有効だがなくても大丈夫

 では、現在は入手が困難な、手の消毒に使うアルコールジェルは有効なのでしょうか。これは私自身も携帯しています。ですが日本にいるときに使うことはめったにありません。つまり、有効ではありますが、水とせっけんで手が洗えるなら使わなくて済むのです。

 日本ではたいていどこに行ってもトイレが見つからないことはありませんし、そのトイレの水道が壊れていることも最近ではほとんど経験しません。一方、海外ではそうはいきません。水道水が飲めるだけでなく、これだけトイレの数が多く、それぞれが清潔でしかもきれいな水を(しかも無料で!)使える国は日本の他にはないと思います。

 海外ではトイレが見つからないことや、ようやく見つかっても驚くほど汚れていたり、あるいは有料であったり(そんなときに限って小銭を持っていなかったり)ということもありますし、また(有料なのに!)水道が壊れていることもざらにあります。ですから、私の海外渡航用のかばんには、いつも携帯用のアルコールジェルとウエットティッシュが入っています。ウエットティッシュは屋台で食べるときにスプーン、フォーク、取り皿などを拭くのに便利です。

 新型コロナウイルスは、物の表面に付着したまま数時間は生きているのではないかという指摘があり、重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)のウイルスは、金属、ガラス、プラスチックの表面で最長9日間生き続けるという研究もあります(参考:BBCのニュース)。であるなら、日用品をアルコールで拭くべきだという意見が出てきますが、これは口で言うほど簡単ではありません。それよりも大切なのは過去のコラム「新型コロナウイルス 『単純な』情報にご用心」で述べたように、自分の手は常に“不潔”と考えて、顔(特に鼻の周り)を触らない習慣を身につける方がずっと有益です。もちろん他人の手もとても不潔です。

うがい液を使わず「水でうがい」を

 次に「うがい」を考えましょう。なぜか新型コロナに関して、うがいの重要性を指摘する声はあまり聞きません。これまでインフルエンザなどの予防では「うがい・手洗い」が強調されていましたから不思議です。この理由は、新型コロナの情報は主に海外から入って来ており、海外では元々うがいの習慣があまりないことに起因しているのではないかと私は考えています。では、うがいは効果がないのかというともちろんあります。ただし、過去のコラム「うがいの“常識”ウソ・ホント」で述べたように、うがいの世界的な研究は多くありません。ですが日本の研究があります。そのコラムで述べたように、うがいには水が有効です。先述したように日本の水道水は飲めるほどきれいなのです。

 うがいをする際に、使うべきでないのはヨードの入った茶色のうがい液です。ヨードに強い殺菌力があるのは事実ですが、うがいには逆効果になります。そのコラムでも示しましたが、重要なグラフなのでもう一度ここに紹介します。

水とヨードのうがいで風邪発症率がどれくらい異なるかを調べた研究。うがいをしない場合と比べて、水うがいであれば風邪の発症を大きく減らすことができるが、ヨードのうがいでは効果が認められない(Satomura K, Kitamura T, Kawamura T, et al. Prevention of upper respiratory tract infections by gargling: a randomized trial. Am J Prev Med 2005; 29: 302-307.掲載の図版を一部改変)
水とヨードのうがいで風邪発症率がどれくらい異なるかを調べた研究。うがいをしない場合と比べて、水うがいであれば風邪の発症を大きく減らすことができるが、ヨードのうがいでは効果が認められない(Satomura K, Kitamura T, Kawamura T, et al. Prevention of upper respiratory tract infections by gargling: a randomized trial. Am J Prev Med 2005; 29: 302-307.掲載の図版を一部改変)

 過去にも述べたように、私は鼻うがいを推薦しています。これにはエビデンスはないのですが、私自身は鼻うがいを習慣にしてから7年間一度も風邪をひいていません。従来の鼻うがいは特別な器具や生理食塩水を必要としますが、私が提唱する「谷口式鼻うがい」ならそれらは不要で、用意するのは通販でも買える1本100円程度のシリンジだけです(興味がある方はビデオをご覧ください)。

 さて、手洗いやうがいは、全く症状のない日ごろから行うべきことです。次に、熱が出たときの解熱剤について考えましょう。

風邪薬や頭痛薬の成分を巡って議論

 解熱剤の一種に「イブプロフェン」があり、この薬が「新型コロナを悪化させるか否か」という議論が起こっています。イブプロフェンは、日本でもたくさん使われ、市販の風邪薬や頭痛薬の多くに入っています。

 発端は医学誌「The Lancet Respiratory Medicine」に掲載された論文が、理論的に悪化の可能性を示唆したことでした。イブプロフェン(や他の何種類かの薬)を使うと、新型コロナウイルスが細胞にとりつく時に使う「入り口」が増えるというのです。

 これをもとにフランスの保健大臣が「新型コロナにイブプロフェンを使うべきでない」と発表しましたこれに対し英保健省は「十分なエビデンスはない」と留保をつけながらも「新型コロナウイルスに感染したと思う人は、イブプロフェンよりもまず『パラセタモール』(日本ではアセトアミノフェン)という別の解熱剤を使うべきだ」と見解を出しました。ただし、医療従事者からイブプロフェンの使用を勧められている人はやめるべきではないとしました。また世界保健機関(WHO)は、いったんは「イブプロフェンを自己の判断で服用しないでほしい」としたものの、その後「使わないように、とは言わない」と軌道修正しました。

手洗いとうがいをする児童たち
手洗いとうがいをする児童たち

お勧めの解熱剤はまず「アセトアミノフェン」

 というわけで結論は出ていないのですが、私自身は、英保健省が主張するように、まずはアセトアミノフェンを使うべきではないかと考えています。

 そもそもイブプロフェンは、解熱剤のなかでは比較的副作用が強いものです。日本では市販の風邪薬や鎮痛薬(頭痛薬など)として気軽に飲んでいる人が多いのですが、飲み過ぎた揚げ句「イブ依存症」になってしまう人も少なくありません。

 一方、アセトアミノフェンは、新生児や妊娠中の女性にも使うことのある比較的安全な解熱鎮痛薬です。市販薬の商品名で言えば「タイレノール」が相当します(ただし、日本のタイレノールは添付文書上、一度に使える量が少なくて、実際には使いやすくありません)。過去のコラム「解熱鎮痛剤 安易に使うべからず」でも述べたように、ほとんどすべての風邪や頭痛には、まずアセトアミノフェンを用いるべきです。太融寺町谷口医院で新型コロナウイルス感染を疑った患者さんに、最もよく処方しているのもアセトアミノフェンです。

 ところで、日本では比較的よく使われていて海外では普及していない解熱鎮痛剤に「ロキソプロフェン」があります。11年からは一般の薬局でも「ロキソニンS」という商品名で販売されています。ロキソプロフェンは、解熱鎮痛剤の中でもイブプロフェンと同じ、「プロピオン酸系の酸性NSAIDs」と呼ばれるグループに入ります。胃への副作用はイブプロフェンよりも少なくて使いやすいのですが、なぜか「イブ」をはじめとするイブプロフェンの方が副作用が少ないと思っている人が多くて不思議です。谷口医院ではロキソプロフェンを処方することもありますが、多くはアセトアミノフェンを先に使ってもらいます。なお、イブプロフェンを処方することはほぼ皆無です。

 改めて振り返ってみると、今回述べた手洗い・うがい・解熱鎮痛剤については、過去に述べたことの「復習」ばかりです。従来の風邪対策をしていれば新型コロナへの対応もできるというわけです。

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太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。