医療プレミア特集

新型コロナ 情報と経験 各国で共有を

医療プレミア編集部
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安倍首相が新型コロナ感染拡大防止のため、布マスクを全世帯、1住所に2枚ずつ配布と発表したニュースを伝える街頭ビジョン=東京都港区のJR新橋駅前で2020年4月2日、竹内紀臣撮影
安倍首相が新型コロナ感染拡大防止のため、布マスクを全世帯、1住所に2枚ずつ配布と発表したニュースを伝える街頭ビジョン=東京都港区のJR新橋駅前で2020年4月2日、竹内紀臣撮影

 新型コロナウイルス感染症の対策は長期戦になっている。東京オリンピックを1年延期したものの、終息させられるのだろうか。国際機関「世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)」戦略投資効果局長の國井修さん(スイス・ジュネーブ在住)に話を聞いた。【聞き手 くらし医療部・熊谷豪】

欧州と比べ危機意識低い日本

Q:欧州は深刻な状況ですね。

A:スイス全土に3月16日に非常事態宣言が発令され、私も在宅勤務を続けています。欧州は日常的にハグやキスをするなど関係が濃密です。日本人ほど衛生意識は強くなく、手洗いをあまりしない人もいます。感染拡大の要因の一つと考えられます。感染が広がっても、濃厚な接触を断ち切る行動の変容ができず、感染拡大防止のため政府の対策はどんどん強硬になっていきました。欧州の中では規律を重んじるとされるドイツですら、若者はパーティーを続けていました。

 日本がこれまで患者数を抑えられていたのは、手洗いの励行や集会自粛などに一定の効果があったからでしょう。ただ、欧州と比べた最近の危機感の低下、東京を中心とする感染者数の増加を見ると、オーバーシュート(大流行)がいつきてもおかしくないように見えます。

國井修さん=本人提供
國井修さん=本人提供

大流行、続く可能性も

Q:日本は1年後に東京五輪を開催する目標で、感染防止に取り組んでいます。見通しはいかがですか。

A:皆が安心して楽しめる安全な五輪を開催してほしいです。そのためには、できれば今年中に感染拡大を収束させることが大切です。ただ、ウイルスの実態は十分に解明されておらず、一度収束しても季節性インフルエンザのように今後も繰り返すものなのか、重症急性呼吸器症候群(SARS、2002年)のように消えてなくなるのか分かりません。発生当初は、ここまで流行するとは専門家も考えていなかったと思いますが、まだオーバーシュートはさまざまな国で起こる可能性があります。

 今、有効な治療薬やワクチンの開発に先進国は躍起になっています。しかし、過去の経験からその実現はそう簡単ではなく、現在実施している方法で感染拡大のピークを下げ、拡大を遅らせる方法しかないかもしれません。集団免疫を獲得するまで流行が続く可能性があります。集団免疫とはある一定以上の人が感染して免疫を持つことで、流行が収まることをいいます。

 たとえば、リオデジャネイロ五輪(16年)時に南米で流行したジカウイルスが収まったのは、ブラジルで多くの人が免疫を獲得したからとも言われています。新型コロナは、8割の人が軽症か無症状なので、報告されている感染者数よりも多くの人が世界で免疫を獲得している可能性があります。オーバーシュートを起こさないようにウイルスを封じ込め、犠牲者数をなるべく少なくなるように医療体制を整えることが重要です。

Jヴィレッジで展示が始まった東京オリンピックの聖火の前で写真を撮る人たちは、新型コロナウイルスの世界的流行をうけ、滞留しすぎないよう、近くで見物する時間が30秒ほどに限られた=福島県楢葉町で2020年4月2日、和田大典撮影
Jヴィレッジで展示が始まった東京オリンピックの聖火の前で写真を撮る人たちは、新型コロナウイルスの世界的流行をうけ、滞留しすぎないよう、近くで見物する時間が30秒ほどに限られた=福島県楢葉町で2020年4月2日、和田大典撮影

Q:国際協調が大切なのはなぜですか。

A:米国や英国など、世界でリーダーシップを取ってきた国が自国のことで手いっぱいです。それでも、国際社会は知識と知恵を持ち寄って、自国の政策の失敗や教訓、成功例を共有して学び合うことが大切です。国際保健分野で日本の貢献は大きいので、今回も頑張ってほしいです。WHO(世界保健機関)のリーダーシップは必須ですが限界もあるので、途上国での手洗いなどの実践にはユニセフ、資金調達には世界銀行などそれぞれの得意分野で各組織が協力し合うことが必要です。グローバルファンドも強みであるパートナーシップや迅速性を生かして要請のあった30カ国以上で支援を始めています。

新型コロナウイルスの感染拡大で工場の稼働を停止したトヨタ自動車の田原工場=愛知県豊田市で2020年4月3日、本社ヘリから
新型コロナウイルスの感染拡大で工場の稼働を停止したトヨタ自動車の田原工場=愛知県豊田市で2020年4月3日、本社ヘリから

重要な途上国支援

Q:グローバルファンドが主な支援対象にする途上国ですが、今回は先進国の支援の余力がないかもしれません。

A:確かに今は自国の対策で精いっぱいかもしれませんが、途上国、特に保健システムが脆弱(ぜいじゃく)なアフリカで拡大したら感染爆発は欧州以上になるかもしれません。検査もできない、病院で感染が拡大する、でもICU(集中治療室)も人工呼吸器もないために、死亡も急増するかもしれません。そのために都市封鎖(ロックダウン)を強行した場合、もともと人々はその日暮らしで、子供は栄養状態が悪く、家庭には安全な水も十分にないため、人々の生活がさらに困窮し、新型コロナだけでなく、栄養失調や他の病気で亡くなる人も増えるかもしれません。

 五輪には世界中から人が集まりますので、その成功のためにも途上国を見捨てないでほしい。日本も積極的に取り組んでいる「持続可能な開発目標(SDGs)」のモットーは、地球上の誰一人取り残さないことです。新型コロナ対策でも、途上国を見捨てないでほしいです。

Q:感染症対策で、なぜ途上国への支援が必要なのでしょうか。

A:エボラ熱、エイズなどの感染症の起源はアフリカといわれています。途上国でそのような病原性の高い感染症が発生しても、自国で封じ込めや感染拡大を防ぐことができないため、先進国に、世界に広がっていった事実もあります。日本に侵入して拡大してから対処するよりも、途上国の現地で感染が拡大する前に早期発見、早期治療して封じ込めたり、抑え込んだりする方がかえってかかる経費も苦労も少ないのです。

衆院本会議にマスク姿で臨む議員たち=国会内で2020年4月2日、竹内幹撮影
衆院本会議にマスク姿で臨む議員たち=国会内で2020年4月2日、竹内幹撮影

 また、途上国では先進国よりもずっと多くの人々が感染症にかかって死亡しています。先進国に生まれていれば簡単に診断・治療できる感染症であっても、あえなく死んでいる人が途上国にはたくさんいます。そのような人々に手を差し伸べることは、同じ地球の豊かな国に住んでいる我々の務めではないかなと私は思います。

Q:ところで今回、科学に基づく政治決断の大切さが問われました。日本では科学的な議論を欠いたまま、政治主導で学校の全国一斉休校が行われました。どうあるべきでしょうか。

A:日本の専門家からそのような声は聞こえてきましたし、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の立ち上げも遅かったと聞いています。欧米では各国とも、政治的決断の背景には、優秀な専門家や専門機関のバックアップがあります。

 ただ難しいのは、このような新しい病原体に対して、過去のデータや知識では太刀打ちできないことも多いです。また、いくら専門家の助言が正しくとも、それを実施すること、国民に徹底させることはそう簡単ではありません。世界最高レベルの専門的知見と人材と予算を持つ米疾病対策センター(CDC)のあるアメリカでさえ、流行拡大を防げず、感染者数が世界で最も多くなりました。

運転手の感染が判明し、北鉄金沢バスの停留所には運休を知らせる紙が張り出された=金沢市木ノ新保町の金沢駅前で2020年4月3日、林哲平撮影
運転手の感染が判明し、北鉄金沢バスの停留所には運休を知らせる紙が張り出された=金沢市木ノ新保町の金沢駅前で2020年4月3日、林哲平撮影

 また、英国のジョンソン首相は流行が始まった当初、専門家の指示に従って新型コロナへの基本方針を発表し、効果が少ないので学校休校も、イベント制限も、渡航制限もしないと演説しました。しかし、別の専門的知見とぶつかり、また実際に流行が広がってきたためそれを撤回して、強硬な手段を実施しています。だからこそ、世界で新たなデータ、成功も失敗も含めて情報と経験の共有が必要です。それが、現在、そしてこれからの対策に生かすことができますし、政治決断をよりよいものにするのです。

國井修(くにい・おさむ) 1962年生まれ。自治医科大学卒業。公衆衛生学修士(ハーバード大学)、医学博士(東京大学)。これまで110カ国以上で医療活動。長崎大学熱帯医学研究所教授などを経て、2006年より国連児童基金(ユニセフ)に入り、内戦中のソマリアで子どもの死亡低減のための保健・栄養・水衛生事業の統括を担当した。13年2月より現職。

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