実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 「全員入院」が招く検査拒否と医療崩壊

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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新型コロナウイルスについての電話相談に対応する職員たち=三重県庁で2020年1月31日、森田采花撮影
新型コロナウイルスについての電話相談に対応する職員たち=三重県庁で2020年1月31日、森田采花撮影

 過去のコラム「新型コロナ 克服のカギは『絆と譲り合い』」で述べたように、3月の半ばごろから、新型コロナウイルスの感染を調べる検査の敷居が下がっています。つまり、以前なら検査を受けるには「海外からの帰国」「感染者との接触」といった条件が必要だったのが、現在は医師が必要性を訴えれば検査を実施してもらえるようになってきたのです。これはもちろん喜ばしいことではありますが、新たな問題が生じています。「検査を受けたくない」という人が出てきたのです。現在、世界的な対策としては「可能性があればすぐに検査を受けよう」であり、過去のコラム「新型コロナ 世界の流れに遅れた『検査制限』」で述べたように、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は「(今すべきなのはとにかく)検査!検査!検査!」と世界に訴えました。ところが、その方針に反するかのように日本では患者からの検査拒否が相次いでいます。ですが、今の日本の制度では、検査拒否には合理的な側面もあります。今回はその理由を述べます。その前に、実際に太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)で経験した検査拒否の事例を紹介したいと思います(ただし本人が特定できないようにアレンジを加えています)。

感染者との食事後に発熱し味覚障害も

 先日、40代女性から谷口医院に電話で、次のような相談がありました。

 1週間前から感冒症状があり、2日前から味覚障害が出現し熱が上がってきた。症状出現の3日前に出張先で一緒に食事をした男性から「新型コロナウイルスの確定診断がついたために入院することになった」という連絡が届いた。実は食事をしているときその男性がせきをしていることが気になっていた。私も感染したのではないか。

 この電話は診察が始まる前にかかってきたために、私が直接話を聞きました。臨床症状からも、感染確定者と接触したというエピソードからも、新型コロナ陽性の可能性があるのは間違いありません。いったん電話を切って、帰国者・接触者相談センターに電話して状況を説明すると「検査可能」との回答でした。そこで改めてこの女性に電話をしました。ところがです。

 女性「匿名でこっそり検査を受けることはできないんですか。入院はできないので検査だけしてほしいんです」

 私「そういうわけにはいかないんです。法律上、確定診断がつけば2週間は入院が強制され隔離されます」

 女性「えっ、そうなんですか。それなら検査を受けたくありません……」

 この女性は長年、谷口医院をかかりつけ医にしています。日ごろは健康で、私との信頼関係があります(少なくとも私はそう思っています)。小さなお店に勤めていて、感染した男性と食事をした出張から帰ってからは、一度も出勤せず他のスタッフに仕事をまかせているそうです。そういうことができる立場の女性です。

 そこで私はもう一度症状を聞き直し、重症とは言えないことを確認しました。味覚障害や発熱があるとはいえ、食事は可能だといいます。しかも家には食料のストックがあり、数日前からはデリバリーを利用しているものの、支払いはネットでのクレジットカード決済で済ませ、配達人には食料を玄関に置いてもらって顔を合わさずに帰ってもらっているとのことです。要するに、谷口医院に電話をする前から、新型コロナに感染していることを前提に行動していたのです。

 私はその対応でOKと説明し、検査拒否の意向を受け入れました。その後毎日様子をうかがう電話を入れ、数日後には症状が完全に消失しました。

検査拒否は「やむを得なかった」

 異論もあるでしょうが、私はこの女性のとった行動はやむを得ないと思っています。さらにそうすべきであったとも考えています。理由は二つあります。

 もしも、この女性が検査を受けていればどうなったでしょうか。おそらく陽性反応が出て2週間隔離されます。女性は感冒症状出現後、すぐに出勤を見合わせましたが、保健所から勤務先に連絡が行く可能性があります。場合によってはその店舗を閉めなければならないかもしれません。そうすると同僚の仕事がなくなり、最悪の場合、路頭に迷う事態になるかもしれません。女性は「そんなことはさせられない」と考えたようです。

 つまり、女性の選択が合理的な理由のひとつは、自分が入院し隔離されることで同僚を不安にさせ、場合によっては、その人たちの人生設計を狂わせるような事態を回避するためです。ただし、この女性の場合は同僚が全員若く、顧客と密な接触をするわけではないので許されると(私は)思いますが、もしもこの女性が医療者であったならば、感染させた同僚がいないか、また感染経路は食事をした男性からではなく院内感染ではなかったのかなどが、徹底的に検証されるべきでしょう。

 検査拒否が合理的であると考えるもう一つの理由は、この程度の軽い症状で入院しなければならないのなら、間もなく入院ベッドがなくなるからです。関係者に聞いてみると、実際その「カウントダウン」はすでに始まっていて、いつ「重症の人のベッドがなく治療不可能」という事態になってもおかしくないそうです。

入院先がなくなる「エックスデー」を避けるために

 「新型コロナ 克服のカギは『絆と譲り合い』」で述べたように、日本の対策がうまくいっている理由の一つが、他国からは多すぎると非難されているベッド数の多さです。しかし、たくさんあるベッド(病床)のうち、新型コロナ患者用に使えるのはわずかです。今のところ感染者が入院できないという事態には陥っていませんが「エックスデー」(新型コロナの患者が病院からあふれる日)はすぐそこにきています。

 そしてこのエックスデーが来ないようにするためには、今回紹介した女性のように、感染の可能性が極めて高くても自宅で療養できる場合はそうしてもらう、という選択肢を加えることです。

大阪府知事による、夜間から早朝にかけて営業する飲食店利用の自粛要請で、人通りの少ない道頓堀=大阪市中央区で2020年3月31日午後7時13分、山崎一輝撮影
大阪府知事による、夜間から早朝にかけて営業する飲食店利用の自粛要請で、人通りの少ない道頓堀=大阪市中央区で2020年3月31日午後7時13分、山崎一輝撮影

 しかしそれには、法律の運用を変えなければなりません。現在は、2月1日に改正された検疫法及び感染症法に基づき、感染が確定した患者は、たとえ無症状であってもほぼ強制的に入院させられて隔離されます(参照:「新型コロナウイルス 元気でも『隔離』の覚悟を」)。※編集部注

 実際、患者さんの検査を依頼しようと帰国者・接触者相談センターに電話をすると「検査は受けつけますが、陽性になれば2週間隔離されることをあらかじめ患者さんに話してください。それを踏まえた上で検査するかどうか本人に確認してください」と言われます。

 このままでは、軽症者やときには無症状者まで入院させられる事態が続き、ベッドが不足することになります。そうなれば、ベッド上での安静が必要でときには人工呼吸器が必要な患者さんが入院できず、無症状の人がベッドを占領するという理不尽なことが起こりえます。

 今回紹介した女性の場合は、自分の仲間を守りたいという気持ちから検査拒否をしました。もちろん、中にはもっと自分本位の理由で拒否する人もいるでしょう。一方、「新型コロナ 克服のカギは『絆と譲り合い』」で紹介したように、「重症の人にベッドを譲ります」と純粋な善意から検査を受けない人もいます。

 最も問題なのは、新型コロナそのものよりも、確定すると強制入院させられることの方が“恐怖”だと考えて、それなりに症状が進行しているのに医療機関での受診や相談センターへの電話をためらっている人たちです。現時点で私自身は直接知っているわけではありませんが、このような人たちが少なくないことは想像に難くありません。

 今すぐにでも「診断がつけば強制入院」をやめるべきだと思います。

※注 編集部は感染症法などについて、厚生労働省に確認をしました。この法律では、新型コロナウイルスの感染が確認された患者に対し、都道府県知事が入院を勧告することができます。患者は現在、この規定に基づいて入院を指示されます。断れば勧告を受けるので、事実上は強制です。ただし法律上、入院勧告は「することができる」であり「しなければならない」ではありません。ですから、都道府県や、背後にいる厚労省が方針を変え「軽症者には入院勧告をしない」と決めれば、自宅療養に切り替えられます。実際に、政府の「新型コロナウイルス感染症対策本部」は3月28日に出した「基本的対処方針」の9ページで、「患者が増加し重症者等に対する入院医療の提供に支障をきたすおそれがあると判断する都道府県では、厚生労働省に相談の上、重症者等に対する医療提供に重点を移す観点から、入院治療が必要ない軽症者等は自宅療養」という方針を示しています。厚労省も4月2日付で、どのような場合に「全員入院」をやめて自宅療養を認めるべきかなどについて、全国の自治体に事務連絡を出しました。ただ、自宅療養はまだ実現しておらず、現在は厚労省と各自治体の間で相談中だとのことでした。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。