令和の幸福論

相模原事件と優生思想

野澤和弘・植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員
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相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」の殺傷事件で植松聖被告の死刑判決を受け、記者会見する被害者甲Eさんの弟(左奥)=横浜市中区で2020年3月16日、宮間俊樹撮影
相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」の殺傷事件で植松聖被告の死刑判決を受け、記者会見する被害者甲Eさんの弟(左奥)=横浜市中区で2020年3月16日、宮間俊樹撮影

 「重度の障害者には生きる価値がない」と19人を殺害し、26人に重軽傷を負わせた植松聖被告の死刑が確定した。相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」の元職員である植松被告には横浜地裁が死刑判決を下し、弁護人が控訴していたが、被告自らが控訴を取り下げた。

 だが、これですべてが決着したわけではない。4年近くが過ぎ、時代が令和に変わった今も、この事件は社会の底に眠る断層を揺さぶり続けている。

標的にされたのは誰か

 宝の島をめざして出航したところ、漂流してしまった舟に私たちは乗っている。

 幸いなことに食べ物や水は積んである。みんな元気で舟をこぐ力もある。

 ところが何日も過ぎると、あれだけたくさんあった食べ物は減り、元気だった人も体が弱り、舟をこぐ人が減ってきた。突然の嵐に見舞われ、舟もあちこち傷んできた。宝の島はなかなか見えない。舟の中は不安が広がり、けんのんな雰囲気になった。

 「舟をこげない人の食べ物や水は少なくしよう」

 汗水ながして舟をこいでいる人を見ながらリーダーが言った。「なんてことを……」と内心では思ったが、体の弱い人や病人の食べ物や水は減らされた。そうしなければ生きていけないとみんなが思ったからだ。

 人口減少と高齢化が進んでいくなか、どうやって弱者を守っていけるのか、という難題を突き付けるのが「漂流した舟」の話である。

 みんなの負担になっている人は殺してしまえばいい--と考えて実行したのが植松聖被告だ。

 犯行前に植松被告は衆院議長宛ての手紙に「重度の障害者には生きる価値がない。社会に不幸をもたらすことしかできない」と書いた。公判前、拘置所の植松被告は多くの人との接見に応じ、手紙のやり取りをし、自らの主張を繰り返している。

 「すべての障害者を否定しているわけではない。意思疎通のできない重度の知的障害者、寝たきりに近い重複障害者(※植松被告は『心失者』と呼ぶ)を養うことは莫大(ばくだい)なお金と時間が奪われる」「障害者施設に勤務してわかった。心失者は社会を不幸にする。私は結果を出した。あなたはどんな解決策があるのか」(「開けられたパンドラの箱」創出版)

 植松被告と接見し文通した人は真の動機を彼から聞き出そうとしたのだろうが、誰がどのようにただしても特異な主張は揺らがない。そのかたくなさはわかったものの、事件の真相に迫ることはできなかったように思う。結果的に、メディ…

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野澤和弘

植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員

のざわ・かずひろ 1983年早稲田大学法学部卒業、毎日新聞社入社。東京本社社 会部で、いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待などに取り組む。夕刊編集 部長、論説委員などを歴任。現在は一般社団法人スローコミュニケーション代表 として「わかりやすい文章 分かち合う文化」をめざし、障害者や外国人にやさ しい日本語の研究と普及に努める。東京大学「障害者のリアルに迫るゼミ」顧問 (非常勤講師)、上智大学非常勤講師、社会保障審議会障害者部会委員、内閣府 障害者政策委員会委員なども。著書に「スローコミュニケーション」(スローコ ミュニケーション出版)、「障害者のリアル×東大生のリアル」「なんとなくは、 生きられない。」「条例のある街」(ぶどう社)、「あの夜、君が泣いたわけ」 (中央法規)、「わかりやすさの本質」(NHK出版)など。