実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 韓国は「私生活保護より感染抑制」

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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韓国・仁川空港で、出国者が発熱していないかをチェックする職員=2020年3月6日、坂口裕彦撮影
韓国・仁川空港で、出国者が発熱していないかをチェックする職員=2020年3月6日、坂口裕彦撮影

 新型コロナウイルスへの日本の対策はうまくいっているのでしょうか。過去のコラム「新型コロナ 克服のカギは『絆と譲り合い』」で、日本は他国に比べ比較的早い時期に感染者、さらに死亡者の報告があったにもかかわらず、その後死亡者数がさほど増加していないことから、現時点での日本の対策は悪くはないという意見を述べました。

 一方、そのコラムで指摘したように日本の感染者数が少なくみえるのは検査していないから数字に上がってこないだけであり、疑いのある人全員に検査をすればその数は飛躍的に上がるということも述べました。検査数を絞り込んで感染者には手厚いケアを行うといういわば「日本式新型コロナ対処法」は、日本が“鎖国”するなら効果的であるが、今後はグローバルで対応すべきだ、つまり世界と足並みをそろえるべきだという私見も述べました。

 今回は他国の成功例を取り上げて、そういった国から学ぶべきか否か、ということを検討したいと思います。完全な私見ですが、現在新型コロナ対策に成功していると思われる国・地域は、台湾、香港、イスラエル、シンガポール、韓国です。今回は、これらのなかからシンガポールと韓国の対策を取り上げ、日本との比較をしてみたいと思います。

シンガポール 帰国者に厳しく外出禁止

 まずはシンガポールからみていきましょう。この国は「明るい北朝鮮」と呼ぶ人もいて、ときに我々日本人には考えられないような措置をとります。同性愛は今も違法ですし、警察の許可のない大規模集会は禁じられています。言論にも注意する必要があり、SNSで国家を傷つけるようなコメントをすると罰せられます。例えば、2016年には日系のオーストラリア人女性が虚偽のコメントをSNSに書き込んだとして投獄されています。一般のメディアの報道にも規制が多く、世界報道自由度ランキングは180カ国・地域中151位です。ちなみに日本は67位です。

 こんなシンガポールは、欧州諸国のように外出禁止令や大規模な休業措置はとっていません。しかし、入国制限や、帰国者の「隔離と追跡」を徹底しています。「みんな家にいてほしいが食料品の買い物はOK」というように広く制限をかけるのではなく、一部の人の行動を厳しく制限する方式です。

 この方法を、シンガポールのメディア「CNA」の報道からみていきましょう。

 CNAによると、シンガポールでは、ICA(The Immigration and Checkpoints Authority)と呼ばれる入国管理局が、3月9日の時点で海外からの帰国者など7000人以上にSHN(Stay-Home Notices)と呼ばれる「在宅命令」を発行しています。これは、食事や日用品の買い出しのための短時間の外出さえ許さない厳しい命令だそうです。

違反には厳しい罰則 でもマスクは…

 これを受け取ると、1日に何度もICAからメールや電話が入り、その都度1時間以内に自分の居場所を、携帯電話に付属しているGPS(全地球測位システム)装置を使ったり、身辺を写した写真を送信したりして報告せねばなりません。つまり、事実上の監視です。ときにはICAの職員が突然自宅にやってくることもあるそうです。

 この報告義務を怠ると大変厳しい罰則を受けることになります。義務を果たさなかった45歳の人は、シンガポールの永住権を取り消され、同国への再入国が禁止されました。ICAに虚偽の報告をして退学させられた大学院生もいます。

 またシンガポールの感染症法は、「自分は新型コロナ感染者と濃厚接触した疑いがある」と思っている人が公共の場に出向くことを犯罪と定めています。違反すると最高で1万シンガポールドル(約75万円)の罰金か6カ月以下の懲役、あるいはこの両方が科せられます。

 ただ、興味深いことに、これだけ厳しいシンガポールの政府が「マスクは必ずしも必要ない」と言っているそうです

韓国 検査や、感染者の追跡を徹底

 次に韓国をみてみましょう。韓国では、宗教施設でクラスター(感染者集団)が生じ、一時は国全体が新型コロナに汚染されるのではないかと危ぶまれました。ところがその後、検査を徹底し、感染者の行動を追跡することで新たな感染者を大幅に減らすことに成功しています。米紙ニューヨーク・タイムズによれば、すでに600以上の検査センターで30万件以上の検査が実施されています。

 同紙によると、海外からの渡航者はスマホにアプリをダウンロードして症状のセルフチェックをおこなうことが義務付けられています。公共施設、ホテル、その他大型ビルには、撮影すると同時に体温が測れるカメラが、発熱者を発見するために設置されています。レストランでは入店時に体温が測定されます。

感染者の行動は地域の全員に公開

 感染していると分かった人は、防犯カメラやクレジットカードの記録、GPSのデータなどを調べられます。そして、いつ、だれとどこにいたかが特定されて、これらのデータが公開されます。新たな感染者が出ると、なんとその地域にいる全員にすぐに連絡が届きます。携帯電話が振動し感染者の情報が直ちに通知されるのです。その感染者が、いつどこからどこまでどのバスに乗り、そのときマスクを着けていたかといったことまで公開されるというから驚かされます。

 自己隔離中の人は、専用のアプリをダウンロードすることが義務付けられています。もしも「隔離」を破ると、このアプリを通じて当局に警報が出る仕組みです。違反には2500米ドル(約27万円)もの罰金が科せられます。

新年度になったが新型コロナウイルスの影響で閑散としている大阪・北新地=大阪市北区で2020年4月1日午後8時40分、木葉健二撮影
新年度になったが新型コロナウイルスの影響で閑散としている大阪・北新地=大阪市北区で2020年4月1日午後8時40分、木葉健二撮影

 さて、シンガポールや韓国の対策は日本でも行うべきでしょうか。また、行うべきだとしても今の日本で同じことができるのでしょうか。

 興味深いことに、ニューヨーク・タイムズによれば、韓国ではこの対策を不満とする声はほとんどなく、プライバシーを犠牲にしても公共性を尊重すべきだという世論が形成されているそうです。

「日本は見習うべきか」の議論を

 日本ではこの点が十分に議論されていません。つまり、プライバシーと公共性はときに相反するものであり、トレードオフ(あちらを立てればこちらが立たず)の関係にあることをまず理解して、プライバシーのどこまでを確保し、どのような情報公開が公共の利益になるのかをきちんと議論すべきです。韓国では上述したように感染者の行動が公開されますが、名前が明かされるわけではありません。しかし、防犯カメラやGPSのデータが解析され、いつ、だれと、どこにいたかが、名前は伏せられたとしてもその地域の住民全員に公開されてしまうのです。この「情報公開」に現在の日本人が耐えられるでしょうか。

 前回も述べたように新型コロナの患者用のベッドはもはやほとんど空きがない状態に来ています。「治療が必要だが入院できるベッド(病床)がない」という事態に陥るエックスデーはすぐそこです。

 政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議は4月1日に出した「状況分析・提言」の9~10ページで、携帯端末の位置情報などを感染抑制対策に利用することについて「一つの選択肢となりうる」と問題提起をしました。

 他国を見習うべきか、日本式を貫くべきか、真剣に議論すべきはまさに「今」なのです。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。