実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 「効く薬」の候補は?

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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クイーンズ地区のエルムハースト病院に運び込まれる患者=米ニューヨークで2020年3月29日、隅俊之撮影
クイーンズ地区のエルムハースト病院に運び込まれる患者=米ニューヨークで2020年3月29日、隅俊之撮影

 目下のところ、新型コロナウイルスに対し、高いエビデンス(医学的証拠)をもって有効とされる薬剤はありません。しかし、有力視される薬が医学誌のみならず一般のメディアでも次々と紹介されています。今回は現時点で、どの薬がどれだけ期待されているのか、そして、すぐにでも使用すべき、あるいは入手しておくべき薬剤があるのかについて述べていきます。

 まずは、ここ1週間で急増している問い合わせについて紹介しましょう。それはBCGです。

外国人や成人からBCG接種の依頼

 BCGは日本を含むアジア諸国で乳児期の定期接種に加えられている結核のワクチンです。おそらく発端は、米ニューヨーク工科大学の研究者たちが出したこの査読前論文(※編集部注1)で、世界中のメディアが一斉に報道しました。BCGを古くから、広く国民に接種している国ほど、人口あたりでみて新型コロナウイルスに感染した患者が少なく、死亡率も低いというのです。

 BCGはアジアでは一般的ですが、欧州や米国では接種されていません。欧州のある国の人から太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)に届いたメールを紹介しましょう。谷口医院では以前から、未受診の人からでも、相談メールを日本語もしくは英語で無料で受け付けています。

 「私は〇〇国出身で日本に来たばかりです。私の国ではBCGを接種しません。新型コロナの予防目的で谷口医院で接種してください」

 このメールに対し(後述する)理由を述べて「現時点では接種を受けるべきでない」と返答したところ、次のメールが届きました。

 「私にはあなたの言っていることが理解できません。私がBCGの接種を受ければ死ぬのですか? あなたがしないのなら他の医師にお願いするまでです」

 日本語も含めて相談のメールで「死ぬ」という言葉が登場することはまずありませんから、このメールを受け取ったときは戸惑いました。しかし、来日したばかりの方からすればおそらく「日本でこれから新型コロナが急増すると聞いた。日本人はBCGを打っているからいいけれど自分のような者が危ないのじゃないか……」と考えて焦りだしたのでしょう。そこで、「気持ちはわかるが、BCGの成人への接種は、利益もあるかもしれないが、接種部位でのケロイド形成や薬疹などのリスクもある。それにワクチンはそれほど備蓄がなく、生まれてくる乳児が優先となる。よって谷口医院ではあなたにワクチンを供給することはできません」と回答しました。

子供の結核予防が優先「大人は打たないで」

 この回答メールを送った翌日、偶然にも日本ワクチン学会が新型コロナに対するBCGワクチンについての見解を発表しました。私が欧州の方に伝えたのと同じような内容が書かれています。BCGに関する問い合わせは日本人の成人からも相次いでいますが、成人は、現時点では接種を受けるのを見合わせるべきです。これは本来、子供を結核から守るためのワクチンです。仮に成人に新型コロナウイルス対策として効果があったとしても、あなたが接種を受けたせいで生まれてくる赤ちゃんへの供給が不安定になるようなことは避けねばなりません。過去のコラムで述べたように新型コロナ克服の最大の鍵は「絆と譲り合い」です。

日本発の既存薬が複数、期待され臨床試験へ

 現時点で新型コロナに対する有効性が期待されている薬の一つは、抗インフルエンザ薬のファビピラビル(商品名アビガン)です。この薬は富士フイルム富山化学が開発したもので、もともとは、従来の薬が効かない「新型インフルエンザ」が出現した場合に備える薬として、行政主体で備蓄されていました。中国で有効性が実証されたとの論文が出たのですが、この論文は現在、取り下げられています。一方、実際の患者で薬の効果と安全性を試す臨床試験(※編集部注2)が、日本でも開始されました。中国の研究では、アビガンと主成分が同じ薬を中国国内で製造したいわゆる「ジェネリック医薬品」を使用したそうですが、ドイツは日本から、アビガンそのものの購入を予定しています。また日本政府はインドネシアやイランなど約20カ国に無償で供給することを発表しています。

 他に大きく期待され、臨床試験が行われる薬に、重症の関節リウマチに用いるトシリズマブ(商品名アクテムラ)や、もともとはエボラ出血熱の治療薬として開発されてきた未承認薬のレムデシビルがあります。これらはいずれも大変高価な薬で、有効性が認められたとしても感染者全員への投与は困難でしょうが臨床試験の結果には期待したいところです。

 もう一つ、日本発祥で大変注目されている薬剤があります。この連載(「疥癬--ノーベル賞・大村智先生、もう一つの功績」)で紹介したイベルメクチン(商品名ストロメクトール)です。この薬は2015年にノーベル賞を受賞した大村智先生が開発されました。コラムで書いたように、ノーベル賞受賞時には寄生虫疾患であるオンコセルカ症の特効薬として紹介されましたが、日本でも患者数の多い「疥癬(かいせん)」という、ダニによる病気の特効薬でもあります。

 なぜイベルメクチンが新型コロナに有効なのかはよくわかっていませんが、4月3日、医学誌「Antiviral Research」に掲載された論文に、この薬が試験管の中でウイルスの増殖を抑制することを、オーストラリアの研究者が発見したことが報告されています。著者たちはこの結果を「(人間に効果があるかどうかを調べる)研究を進めることが正当化された」と位置付けています。

 もしもイベルメクチンが有効なら(私自身も含めて)多くの医師が使い慣れている薬で、副作用のリスクについても分かっていますから今後の臨床試験に期待したいところです。

「期待し過ぎ」て飲んだら亡くなった人も

 米国では抗マラリア薬の「クロロキン」が期待されましたが、死亡例が出たことから現在は慎重になっていると聞きます。

 
 

 発端はトランプ大統領のツイッターです。大統領の科学的考察力について私は言及する立場にありませんが、大統領は3月21日に「薬の歴史上最大の、(現在の苦しい)状況を一変させる薬になる可能性がある」とつぶやいたのです。一般市民が大いに期待するのも無理はありません。

 その結果何が起こったか。米国のテレビ局CNNの報道などによると、アリゾナ州在住の男性が、新型コロナウイルス感染を予防したいと、治療薬ではなく水槽を洗う薬として売られていたクロロキンを服用しました。30分後に体調が悪化し、病院に運ばれたものの死亡したそうです。さらに、妻もいっしょに服用し重症で入院しました。この薬も、製薬会社などが新型コロナに対する臨床試験を進めている途中です。

 その他で期待されている薬として、ぜんそくで使用される吸入ステロイドのシクレソニド(商品名オルベスコ)と、膵炎(すいえん)で使うナファモスタットメシル酸塩(商品名フサン)があります。双方とも昔から比較的簡単に処方される薬で副作用はあまりありません。いずれも臨床試験が進められる見通しです。

 こういった薬剤は、効果があるという明確なエビデンスがなかったとしても、実際の臨床現場では使われることになっていくでしょう。

 ただし、自分の判断で使用を開始してはいけません。この時代、一般の医療機関で処方されている薬なら、手に入れようと思えばなんとかなると聞きます。それでも、例えばこういった薬を自分の判断で予防に使うなどということは慎むべきです。頻度が少ないとはいえ、副作用のリスクもありますし、マスクやアルコールのように市場から消えれば使うべき人が使えなくなるからです。

 さて、現在注目されている新型コロナに対する薬を紹介してきましたが、この中で患者が自分自身の判断で使える治療薬及び予防薬は一つもありません。では、新型コロナに感染したかもしれないときはなすすべがないのでしょうか。

 谷口医院の患者さんにはこの連載で過去にも紹介した「麻黄湯」を勧めています(参考:「医師が勧める風邪のセルフケア6カ条」)。新型コロナに対してはエビデンスがまったくありませんが、麻黄湯はもともと、インフルエンザも含めてすべての風邪の初期に試みるべきものです。ポイントは、風邪を「ひいたかもしれないとき」に多めの量を服用開始することです。谷口医院では患者さんによっては標準よりも多い量を勧めることもあります。エビデンスがないのは研究計画を立てるのが難しいからで(「風邪をひいたかもしれないとき」の患者を集めて二つのグループに分けて……という研究は困難)、私は効果を期待できると思っています。

手洗いとうがいでの予防が大切

 もちろん、新型コロナを含めたすべての「風邪」には治療よりも予防がはるかに大切です。これまで繰り返してきたように、予防に大切なのは、マスクではなく手洗い・うがいです。過去のコラム「新型コロナウイルス『単純な』情報にご用心」で述べたように、手は、自分の手も他人の手もとても“不潔”です。よって手を顔に近づけてはいけません。まとめると「手洗い」「顔を触らない」「うがい」(私は谷口式鼻うがいを勧めています)、そして「風邪の超初期の麻黄湯」といった従来の風邪予防が大切というわけです。ちなみに私は鼻うがいを始めてから7年間一度も風邪をひいていません。

※編集部注1=査読前論文 医学論文の公表前には通常、著者たちとは別の専門家が内容を読み、問題点を指摘します。これが「査読」と呼ばれる作業です。指摘を受けた著者たちは論文を改訂してから公表します。査読前論文は、この査読が終わっていません。紹介したBCGの研究には査読前だと明記され「臨床の指針として使うべきではない」と注意書きがついています。

新型コロナウイルスの患者に対する「レムデシビル」を使った臨床試験についての記者会見。右が大曲貴夫・国際感染症センター長=国立国際医療研究センター(東京都新宿区)で2020年3月23日、高木昭午撮影
新型コロナウイルスの患者に対する「レムデシビル」を使った臨床試験についての記者会見。右が大曲貴夫・国際感染症センター長=国立国際医療研究センター(東京都新宿区)で2020年3月23日、高木昭午撮影

※編集部注2=臨床試験 薬の効果と安全性を、実際の患者で調べる試験です。薬はこの試験を経ないと「効く」と認定されません。レムデシビルの臨床試験を進める大曲貴夫・国立国際医療研究センター国際感染症センター長は「(臨床試験がされていない)薬が効きそうだからなんでも試してみるという態度は実は危険。患者を不利益にさらしかねない」と指摘し臨床試験の重要性を訴えています。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。