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新型コロナ 「無症状の人にも検査を」

谷口恭・谷口医院院長
緊急事態宣言が出されて初めての日の朝、電車で通勤する多くの人たち=東京都中野区で2020年4月8日午前8時3分、大西岳彦撮影
緊急事態宣言が出されて初めての日の朝、電車で通勤する多くの人たち=東京都中野区で2020年4月8日午前8時3分、大西岳彦撮影

 新型コロナウイルスの検査数を増やすべきか否か。過去に述べたように、私個人の意見は「グローバルな視点から他国のように増やすべきだ」です。日本のことだけを考えるなら今のままでもいいかもしれませんが、医師が必要と認める事例、あるいは患者さんが希望する事例に対しては検査を広げるべきだというのが私の考えです。感染が広がりだした当初は「日本のように検査を厳しく制限する方式に欠点があっても、すべての医療者は、行政や学会が決めたことに従って一致団結すべきだ」と考えていたのですが、最近は、「日本式」の検査はもはや通用しないと考えるようになりました。外国人の患者にうまく説明ができませんし、軽症や無症状の人に「外出しないで」と言っても検査なしでは制限の強さに限界があるからです。

感染が心配でも多くは検査なしで自宅療養

 つい先日も私自身が直接保健所に交渉したものの断られ、そこで大きな病院への入院を依頼し、入院後にようやく検査をしてもらえることになり、その結果陽性であることが分かった患者さんがいました。その患者さんは私が直接保健所に依頼する前に自身で2度相談センターに相談して2度とも断られていました。なお、この患者さんは太融寺町谷口医院を受診するまでに10軒以上の診療所から診察を拒否されていました。

 過去に述べたように、3月の中旬以降は相談センターに交渉すれば検査をしてもらえる傾向にはあります。ですが、我々依頼する側も、検査のキャパシティーが小さく検査を担う職員が必死で働いているのを知っていますから「そんなに重症ですか? 優先順位の高い患者さんですか?」とセンターの担当者から尋ねられると、なかなか強くは交渉できないのが現実です。結局、大半の感染しているかもしれない患者さんには、自宅療養で様子をみてもらって毎日電話で状態を確認することになります。

 過去のコラム「新型コロナ 韓国は『私生活保護より感染抑制』」では、韓国の検査事情について紹介しました。韓国は徹底的に検査を行い、陽性者がみつかれば過去の行動履歴がただちにその地域にいる全員の携帯電話に送られます。その情報を確認して陽性者に近づいた可能性があれば検査を受けることができます。では、韓国が世界一検査が進んでいる国かといえば、そういうわけではなくもっと驚かされる国があります。

国民の1割が「検査済み」のアイスランド

 アイスランドです。世界の新型コロナの状況をタイムリーに報告しているサイト「Worldometer」は現在、各国、各地域の、人口あたりの検査数も公表しています。同サイトによると、アイスランドは人口100万人あたり約10万人がすでに検査を受け、国家としては第1位です(表の第1位はデンマークの自治領、フェロー諸島で2位がアイスランドです)。ちなみに、韓国は人口100万人あたりの受検者が9310人ですから、割合はアイスランドのおよそ10分の1です。日本は同486人で、韓国の19分の1、アイスランドの187分の1です。

アイスランドの首都、レイキャビクの少女たち=2008年
アイスランドの首都、レイキャビクの少女たち=2008年

 アイスランド政府のホームページによると、4月13日までに実際に検査を受けたのは3万5000人あまりで、感染者は1711人、死者は8人です。また、このページや、米国のテレビ局CNNの4月3日の報道によると、検査の約半数は国立病院で実施され、残りの約半数は民間会社が担っています。この民間会社の検査についてアイスランド政府は「無症状の人たちの間での、新型コロナウイルスの広がりを推定するため」と説明しています。

「陽性でも無症状」の人が多数

 注目すべきは無症状者の割合で、民間会社の検査で陽性になった人のうち、なんと半数が無症状だというのです。検査は受ける人の希望で行われているようですから、対象者に偏りがあるのは間違いないでしょう。例えば、感染者と接触したかもしれない、海外から帰国して間もない、ライブハウスに行った、あるいは軽度の感冒症状がある、といったエピソードのある人が検査を受けているでしょうから、無作為に選ばれているわけではありません。

 しかしそういったことを差し引いたとしても、陽性の人の半数が無症状ということに驚かされます。アイスランドの数字を日本の人口にあてはめてみると、人口1億2000万人のうち約0.5%の60万人が感染し、その4分の1程度、十数万人が無症状ということになります。

 過去に述べたように、各国で「検査の敷居」が全然違うわけですから、陽性者数の国際比較には意味がなく、参考になるのは「死亡者数」です。それぞれの政府などによると、4月13日時点で、アイスランド、日本の死亡者数はそれぞれ8人、132人です。8という数字が小さすぎて統計学的な信頼度は高くありませんが、今のところ日本の方が人口あたりの死亡者数が少ないということが言えます。しかし、アイスランドの衛生状態が悪いということはありません。私は同国を訪問したことはありませんが、同国から来日した患者さんを診察したことがあります。また、同国の1人当たりの国内総生産(GDP)は日本の約1.9倍もあります(参考:世界銀行のサイト)。

 いずれにしても、「国民の0.5%が陽性で、民間会社で検査を受けた人の半数が無症状」というアイスランドは、日本よりも裕福な国家であり、衛生状態は世界でもトップレベルであることを確認しておきたいと思います。

「無症状でも検査」で早期発見と対処を

 では、同国のように、無症状者にも検査対象を大きく広げることでどのようなメリットがあるでしょうか。

アイスランドの首都、レイキャビクの街並み
アイスランドの首都、レイキャビクの街並み

 まず何といっても「早期発見」が可能となります。無症状なら治療する必要はありませんが、自己隔離すれば2次感染の被害を減らすことができます。この点を考えただけでも、検査対象を絞り込む「日本式」は支持されないと私は考えます。

 なお、検査数を増やすと患者が増えて病院がパンクするという意見がありますが、無症状や軽症の陽性者には自宅にいてもらって、医師が電話で様子を聞けば済む話です。私が今やっていることと同じです。また、検査の感度が必ずしも高くなく感染しているのに陰性と出ることがあるという声もありますが、検査前にその説明をして理解してもらえば済む話です。これも私が今やっていることです。いずれにしても、検査数を増やすことはデメリットよりもメリットが多いと考えます。

 次に、幅広い患者でウイルスの変異を把握することができます。(変異の確認には、ウイルスの有無を調べるPCR検査とは別の検査が必要ですが、検体さえ集めていれば可能です)。同じ新型コロナといっても、すでに変異がみつかっています。つまり、イタリアで流行したタイプと米国で広がったタイプではウイルスにわずかな違いがあり、これらを区別して調査することで、感染経路をより詳しく調べることもできます。クラスターでの発生か、そのコミュニティー全体に広がっているのかといったことも推測できます。

 さらに、将来薬が開発されたときに、ウイルスのタイプで薬の効き方が違うかもしれず、変異が分かっていればより適切な治療法を選べる可能性もあります。

 ヨーロッパの大国が軒並みいわゆる「ロックダウン」を実施し外出制限をしているのに対し、アイスランドではそのような政策をとっていません。中学・高校は閉鎖し、20人以上の集会を禁じていますが、他の欧州諸国と比べるととてもゆるやかな措置です。これができたのは早い段階で検査対象を広げ、さらには感染の心配がある人には自宅で隔離に近い状態になってもらったからに他なりません。同国のホームページによると、現在3000人近くがこの状態にあり、一方ですでに1万6000人近くがそこから解放されました。合計1万8000人あまりですから、人口約36万人の約5%で、人口1億2000万人の日本でいえば600万人に相当します。

 日本で600万人もの国民を隔離できるはずがありません。ですが、もしも早い段階で可能性のある人、例えば帰国者や国内で外国人に接した人に、アイスランド方式で検査を行っていたらどうなっていたでしょうか。現在日本にはどれくらいの感染者がいるのか分かりませんが、感染しても無症状で気づかなかった人たちが、検査を受けて自己隔離をしていたとしたら、4月7日の緊急事態宣言もあるいは……と想像したくなります。

新型コロナウイルスの検査のため、新潟市が新たに増設した検査機器。研究員が検査過程を説明した=新潟市西区の市衛生環境研究所で2020年3月26日、北村秀徳撮影
新型コロナウイルスの検査のため、新潟市が新たに増設した検査機器。研究員が検査過程を説明した=新潟市西区の市衛生環境研究所で2020年3月26日、北村秀徳撮影

 最後に、このように多くの検査をした場合の懸念も指摘しておきましょう。CNNの記事では触れられていませんが、おそらくアイスランドでは、民間会社の検査データは国家で管理されるでしょう。検査の主目的はもちろん新型コロナ感染の有無ですが、この会社は実は、アイスランド国民の遺伝子に関するデータをたくさん持っています。ウイルスの検査結果と、遺伝子データを組み合わせれば、重症化の予測や薬の効き具合の判定ができる可能性があり、これは確かに個人にとって有益です。

 日本では、このように遺伝子データを多く持っている民間会社はないものの、ウイルスの検査をすれば検体を採れるので、やろうと思えば並行して、検査対象者の遺伝子も検査できます。

 ですが、仮にこのように対象者の遺伝子まで調べたとすると、その結果が別の目的で使われることはないでしょうか。例えば凶悪事件が起こったとします。現場では指紋は採取されなかったものの犯人のDNA(遺伝子の本体)が特定できる体液や皮膚が残っていたとしましょう。国民のDNAが国家に管理されていれば、これで犯人が見つかることもあります。中国では、1992年に起こった強姦(ごうかん)殺人事件を捜査していた警察が、犯人のDNAと、新型コロナの検査で集められた検体の一つのDNAが類似していることを突き止め、これを手掛かりに、容疑者の逮捕に至ったという報道もあったそうです。このケースは捜査に役立ったので社会にとって有益です。ですが、国家に個人のDNAを把握されることに問題がないかはきちんと検証する必要があります。

 しかしながら、そういった問題があるにせよ、アイスランドを見習い、無症状での陽性者発見を検討すべき時期に来ているのではないでしょうか。

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谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。