たける 一緒に歩こう -難病・二分脊椎症奮戦記-

続く交渉 息子に生きる喜びを<連載第5回>

柳沢茜・毎日新聞東京本社技術センター
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満開の桜に目もくれず、公園の遊具ではしゃぎまわる健=東京都墨田区の自宅近くの公園で2020年3月、柳沢茜撮影
満開の桜に目もくれず、公園の遊具ではしゃぎまわる健=東京都墨田区の自宅近くの公園で2020年3月、柳沢茜撮影

 <連載4回目までのあらすじ> 新潟市で2017年10月1日、私たち柳沢亮(29)、茜(28)夫婦に息子・健(たける、2歳)が生まれた。出生時に神経障害である二分脊椎症(にぶんせきついしょう)が判明。18年3月、夫の転勤のため東京都墨田区に引っ越し、その年の9月には合併症のぼうこう障害がわかった。息子が保育園にいる間にも医療的ケア(導尿)が必要で、私たち夫婦は働きながら日中に保育園に通う日々が続いた。勤務時間の制約が大きかったため、保育園側で導尿をしてくれるよう墨田区と保育園に要望し、交渉を続けていた。

 「導尿をできるよう園側で動いています」。職場と保育園を行き来し、ばたばたとせわしない生活を送る私たちに声をかけてくれた園長先生。そのことがきっかけで、息子の導尿を保育園側に代わってもらう交渉がスタートした。ただ、保育園側や行政に対する交渉は、約10カ月がたった今も続いている。

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柳沢茜

毎日新聞東京本社技術センター

毎日新聞東京本社制作技術局技術センター所属。1992年、青森市生まれ。2015年入社後、ITエンジニアとしてメディア業務に携わる。大学では漕艇競技にのめりこみ、留年した。特技はりんごの品種を食べ分けること。好きなことは日曜の夕方、「サザエさん」を見ながら家族で囲む夕食。