実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 「マスク着用」に二つのリスク

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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マスクをつけて通勤する人たち=東京都千代田区で2020年4月15日午前8時8分、北山夏帆撮影
マスクをつけて通勤する人たち=東京都千代田区で2020年4月15日午前8時8分、北山夏帆撮影

 新型コロナウイルスをめぐって、マスクに対する考え方が世界中で変わってきています。過去のコラム「新型コロナ 韓国は『私生活保護より感染抑制』」でお伝えしたように、感染の可能性のある人には厳しい行動制限と隔離を強いて、違反者には国外追放すらしているシンガポールは、当局が「健康であればマスクは不要」と国民に伝えていました。実際、2月末から3月上旬に実施された調査ではマスクをしていたのは国民のわずか6%でした。ところがその後、当局はマスクの有効性を認め、4月5日には国民全員に布マスクを配布し(つまり日本と同様)、10日に国民環境庁(National Environment Agency)が「買い物に出かけるときはマスクをすべきだ」と発表しました

「健康な人もマスクを」との勧めが増えた

 米国のテレビ局CNNは「『せきやくしゃみでなく通常の会話や呼吸でさえも新型コロナを感染させる』という研究があることを、『権威ある科学委員会』がホワイトハウスに伝えた」などとして、健康な人にマスクを着けさせる動きがあることを報道しました。また米疾病対策センター(CDC)は、食料品店や薬局など、混雑が予想されて人と人の距離が確保できないような場に出かける時は、布のマスクを着けるように勧めています。感染の広がりを遅らせる効果があるというのです(ただし2歳以下の子どもなど、自分でマスクを外せないような人は着けるべきではないとしています)。

 タイでは(少なくとも)外国人は外出時のマスク着用が義務付けられています。

 日本の病院では「だれもが『無症状感染者』と思え」という方針で、医療者同士でも食事中の会話は禁止、会話は離れてPHSで行う、そして終日マスクをする、というところが増えてきています。

マスク姿で、一定の距離を置いて会話する市民=米ニューヨークで2020年3月31日、隅俊之撮影
マスク姿で、一定の距離を置いて会話する市民=米ニューヨークで2020年3月31日、隅俊之撮影

 すでに新型コロナは無症状のウイルス保有者が少なくないことが分かっています。ですから、こういった人たちに至近距離でせきやくしゃみをされれば感染する可能性があるでしょう。ですが、まったく無症状の感染者との単なる会話で感染することがあるのでしょうか。現時点では正式な医学論文でそれを主張しているものは見当たりません。上記CNNの報道でも「権威ある科学委員会」(A prestigious scientific panel)がどの組織を指しているのか分かりません。

だれもが「発症前」だと思っての対応

 では、世界保健機関(WHO)の見解を見てみましょう。4月2日にWHOが発表した、新型コロナウイルスに関する「現況報告73号」には、「無症状の人から感染したという報告はほとんどない(There are few reports of laboratory-confirmed cases who are truly asymptomatic)」と記載されています。しかしながら、そのリポート及び4月6日に公表された「新型コロナにおけるマスク使用についての助言(Advice on the use of masks in the context of COVID-19)」には、「発症前の患者」からの感染は起こり得ると書かれています。

 新型コロナの潜伏期間(感染してから症状が出現するまでの期間)は、WHOによれば平均で5~6日、長ければ14日です。例えば今、目の前にいる人がまったく無症状で元気であったとしても、1週間後に風邪症状を発症してそれが新型コロナであるという可能性があるかもしれません。ということは、当分の間、すべての人が「発症前の患者」かもしれないと考えるべきだということになります。

 では、どうやって自身の感染を防げばいいのでしょうか。やはりマスクは有効なのでしょうか。

「うつされない」効果は不十分

 先述のWHOの見解によれば、配布が決まっている布マスクはもちろん、医療用マスク(サージカルマスク)でも「マスクを着ける人自身が感染しない」ためにはあまり意味がありません。

 これは理論的に考えれば当然のことです。医療用マスクの「穴」はだいたい直径5μm(1μmは1000分の1mm)で、コロナウイルスの直径は約0.1μmです。ということは、医療用マスクを、網目の一辺が10cmのサッカーのゴールネットに例えれば、コロナウイルスは2mmのコメ粒ほどのサイズです。ネットに米粒をたくさん吹き付けても、ほとんどはあっさり通り抜けるに決まっています。

マスクが店頭からなくなった薬局
マスクが店頭からなくなった薬局

 ですからマスクの穴とウイルスの大きさを理論的に考えれば防げるはずがないのです。ただし、せきやくしゃみをしたときの「しぶき(droplet)」はマスクの穴よりも大きくなりますから、しぶきが飛び散る距離では、マスクは多少なりとも有効といえます。この距離はどれくらいをみておけばいいかというと、WHOは1mとしていて、他に6フィート(1.8m)あるいは2mといわれることもあります。

 では、1~2m以内の至近距離からのしぶきに対し、布マスクは有効なのでしょうか。残念ながら医療用マスクよりも効果が劣ることを示した研究があり、上述のWHOのリポートもそれを引き合いに出しています。

 ここまでをまとめると、新型コロナに「感染しない」ためには、医療用マスクでさえ不十分であるが、至近距離でせきやくしゃみをされたときに幾分リスクを抑えることは可能。布マスクはさらに効果が劣る、となります。

 一方、「他人に感染させない」ためには、潜伏期間を考慮すると「だれもが発症前」とみなすことができるため、医療用マスク(あるいは布マスク)を装着すべきだということになります。あなたが無症状だったとしても偶発的にせきやくしゃみをする可能性はあるでしょうし、信ぴょう性に疑問が残るもののCNNが報道しているように「会話で感染する」との指摘もあるからです。

 よって、すべての国民は無症状であったとしても他人と1~2m以内の距離に近づくときはマスクをすべきで、医療用マスクがなければ布マスクで代替すべきだ、ということになります。

効果の過信と「顔をかく」のにご用心

 ただし、マスクにはかえって感染のリスクを上げてしまう二つの理由があります。

 その一つは、WHOが上述のリポートで指摘しています。それはマスクに対する過信(WHOは「false sense of security」と表現)です。医療用マスクでも予防効果が乏しいのに、「マスクをしているから安心」と過信してしまい、うがい・手洗いなどがおろそかになってしまうことが危惧されます。まして布マスクなど「自分が感染しない」ためにはほとんど役立たないわけですから、マスクをすることで他の重要な予防方法(うがい、手洗い、顔を触らないなど)がおざなりになるくらいなら、むしろマスクをしない方がましかもしれません。

 つい顔を触ってしまうのが問題だ。
つい顔を触ってしまうのが問題だ。

 そして、あまり指摘されないマスクのもう一つの欠点は「かゆくなる」こと、その結果として顔をかくことです。特に今の季節は花粉が飛散しています。花粉のせいで皮膚がかゆくなるという人は少なくありません。また敏感肌の人はマスクと肌の接触でかゆみが誘発されます。そんな人が人通りの少ないところに行ってマスクを取ったときに、ついつい顔をかいてしまいます。これが危険なのです。

 過去のコラム「新型コロナウイルス『単純な』情報にご用心」でも述べたように、あなたの手も他人の手も大変“不潔”です。だから手洗いが重要、ということになるわけですが、手洗いで皮膚表面のウイルス量を完全にゼロにすることは困難です。また、手洗いをした後に触れた物には、たとえば紙であっても電気のスイッチであっても食器であってもウイルスが付着している可能性があります。新型コロナの院内感染がこれだけ多いのは、紙製のカルテや、タブレット端末、キーボードを、何人もが次々と触るからだという指摘もあります。

 手洗いが重要であるのは事実ですが、手洗いである程度安心できるのは、次に何かに触るまでのごく短い時間だけです。しかしながら、いくらあなたの手がウイルスに汚染されていたとしても、顔を触ることさえしなければ理論的に感染することはありません。顔といってもマスクを外すときに頬の外側や耳を触るのは問題ありません。触ってはいけないのは、目、鼻、口の付近です。このなかで最も重要なのは「鼻」だと私は考えています。

 私見ではありますが新型コロナ感染予防で最も大切なのは「鼻にウイルスを入れないこと」です。しかしこれが簡単でなく、それを示した研究もあります。ではどうすればいいのでしょうか。次回に説明します。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。