実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

鼻にいるコロナは喉の1万倍 対策は「うがい」

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
  • 文字
  • 印刷
 
 

 前回のコラムで、マスクでは新型コロナウイルスに「感染しない効果」はあまりないことを説明しました。また、マスクを使用することでかえって感染しやすくなる可能性についても紹介しました。そして最後に「最強の新型コロナ予防法は鼻にウイルスを入れないこと」という私見を述べました。

 鼻にウイルスを入れなければ感染する可能性が激減するなんて、そんなこと当たり前じゃないか、と思われる人もいるでしょう。では、あなたは1日に何回くらい自分の鼻を触っているかを考えたことがあるでしょうか。

顔を触る回数は1時間に23回

 これを調べた研究があります。26人の医学生のふるまいをビデオで撮影し、1時間に何回顔を触るかを調べました。論文によれば、1時間で顔面に手指が触れた回数は平均でなんと23回。そのうちの約3回は鼻の粘膜に触れていたというのです。医学部の学生にもなって、鼻をほじるような人はいないでしょうから無意識的に手指が鼻の粘膜に触れてしまっているわけです。もしも手指に新型コロナウイルスが付着していたとすれば感染が起こり得ます。いくら手洗いをしっかりしていても、手洗いの後に机やキーボードに触れればすぐにウイルスに汚染される可能性があるからです。

 次にもうひとつ興味深い研究を紹介しましょう。医学誌「Nature Medicine」2020年4月3日号に「呼気に含まれるウイルスとマスクの有効性(Respiratory virus shedding in exhaled breath and efficacy of face masks)」という論文が掲載されました。この論文の主題は「医療用マスクを装着することにより、呼気のウイルス量が減少する」というもので、「だから感染者はマスクを装着すべきだ」となります。

 この主題から離れて論文を読むと、興味深いデータが掲載されていることに気づきます。ウイルス量が咽頭(いんとう)と鼻腔(びくう)のどちらで多いかが調べられているのです。対象のウイルスは、(新型コロナではない従来の)コロナウイルス、インフルエンザウイルス、ライノウイルス(風邪ウイルスで最多)の三つです。これら3種のいずれもが咽頭よりも鼻腔に生息するウイルス量が多いという結果が出ています。その差が驚くべきもので、インフルエンザウイルスとライノウイルスでは鼻腔のウイルス量が咽頭に比べて1000倍以上、そして、コロナウイルスの場合は、なんと1万倍以上にもなるのです。

 
 

ウイルスは鼻の粘膜で増えやすい

 先に紹介した医学生が顔に触れる研究で、鼻の粘膜に触れる割合は、どこかの粘膜に触れる回数全体のうち、31%でした。一方、36%は口腔粘膜です。5ポイントとはいえ「触れる」という、感染のきっかけとなる行為自体は鼻よりも口の方が多いわけです。しかし感染が成立したときのウイルス量は鼻が1万倍以上なのです。これが何を意味するか。それは「ウイルスは口や咽頭よりも鼻腔粘膜で増殖しやすい」ということです。

 ところで、「新型コロナウイルスの感染予防に役立つ」という触れ込みで現在出回っているチェーンメールに「水をたくさん飲め」というのがあるそうです。少し前に出回っていた「お湯を飲めばウイルスは熱で死ぬ」は完全な誤りですが、「水をたくさん飲め」というのはあながち間違っているとはいえません。理論的に咽頭に付着したウイルスがヒトの細胞に侵入し増殖を開始する前に水で洗い流して胃に追いやれば感染成立を防げるかもしれないからです。コロナウイルスは胃の強い酸の下では生息できませんから胃まで追いやれば死滅します。

 喉の粘膜から洗い流すことが有効であるならば、鼻腔粘膜からも洗い流してしまえばいいわけです。よってすべての鼻風邪は繰り返し「鼻うがい」をすれば、鼻腔粘膜に付着したウイルスを洗い流せることが期待できます。また、いったん感染が成立したとしても増殖するウイルスを繰り返し洗い流し増殖量を最小限に抑えていれば、そのうち体内に、ウイルスの働きを抑える「中和抗体」ができて重症化を防げるかもしれません。もちろん、いったん感染が成立してしまえば指数関数的に、つまり非常に急速にウイルスの増殖が始まりますから、この理屈にはそれほど説得力がないでしょう。

鼻の粘膜を洗う「鼻うがい」

 ですが、私自身は「繰り返し洗い流す」という単純な作業の有効性は多少なりとも「ある」と考えています。皮膚の傷を思い浮かべてください。傷を負ってそこに細菌感染が起これば治癒しにくくなります。ある程度進行すれば抗菌薬に頼らざるをえませんが、細菌が傷口に付着したとしても早いタイミングで大量の水(水道水でOK)で洗浄すれば抗菌薬を使わなくても済むかもしれませんし、使うにしても洗浄をしっかりとおこなうことで傷は治りやすくなります。逆に、洗浄が不十分であればなかなか治りません。

 
 

 私見を述べれば、鼻うがいをしない理由はありません。しかし、残念ながら鼻うがいにはエビデンス(医学的証拠)がありません。ただ、エビデンスがないからという理由で諦めるのはまだ早い。なぜなら十分に検証されているとは思えないからです。

 従来の鼻うがいは専用の容器を使って、生理食塩水を用います。専用の容器がないと生理食塩水をうまく鼻腔に入れることができないからです。また、生理食塩水を入手するのは簡単ではなく、自分でつくるのは面倒です。ここで従来の鼻うがいの二つの欠点が浮き彫りになります。ひとつは専用の容器が不潔になるリスクがあります。つまり、何度も使っているうちに容器自体がウイルスに汚染される可能性が出てきます。もうひとつは大量の生理食塩水をつくるのはものすごく大変だということです。

 私は以前から鼻うがいの有用性に気づいていましたが、なかなか踏み切れなかった理由がこの二つです。特に水道水が鼻に入ることで起こる痛みが壁となりました。しかし、ある患者さんと「胃洗浄」の話をしているときにふとアイデアが浮かびました。

 自殺目的で薬物を大量に内服して救急搬送されてきた患者さんには鼻からチューブを胃に入れて、チューブにシリンジ(注射筒)をつないで水を注入します。注入が終われば、そのまま今度はプラグを引いて胃の内容物をシリンジ内に流し出します。この作業を繰り返します。水を注入するときは勢いよく一気に流し込みます。

 自殺未遂の経験のあるその患者さんとこの話をしているときに「そうか、その要領で鼻腔に水を一気に流し込めばいいんだ!」とひらめいたのです。

 とはいえ、痛みのことを考えるとなかなか踏ん切りがつきません。しかしそんなある日、風邪を引いたことをきっかけに、シリンジを入手して、シャワーを浴びるときに鼻うがいを試みました。単に注入するだけなら水が副鼻腔に入ってしまうかもしれません。そこで従来のガラガラうがいをしながら息を吐いている状態で(つまり喉の奥から圧力をかけて)、片方の鼻を押さえてもう片方の鼻に一気に注入してみたのです。思い切ってやってみると多少の痛みを感じたものの苦痛ではありません。むしろつまっていた鼻が楽になり、これで大量のウイルスを洗い流しているんだと思うと満足感も出てきました。その満足感が後押ししたのかどうかは分かりませんが、翌日にはその風邪はほぼ治っていました。

鼻うがいをする女の子
鼻うがいをする女の子

 それ以来、私は一日たりとも鼻うがいを欠かしたことがありません。出張や旅行に行くときはシリンジを持っていきます。というより旅行用のカバンにはいつもシリンジが入っています(ちなみに7年間未使用のマスクも入っています)。私がその後7年間一度も風邪をひいていない理由が「シリンジ鼻うがい」のおかげであると証明することはできません。ですが、私自身はそう思っています。

まずは「鼻を触らない」のが大切ですが

 新型コロナがはやりだしてから、それまでは左右の鼻腔にそれぞれ30mlの水を使っていたところを、2倍から3倍量の水を使っています。新型コロナの勢いは侮ってはなりませんからシリンジ鼻うがいに期待し過ぎるのはいけません。鼻を触らないことの方が重要だとは思います。しかし、無意識に1時間に3回以上も鼻の粘膜を触ってしまうのならば「鼻を触らない」ことは完全な予防法にはなりません。

 シリンジ鼻うがいには特許もありませんし、お金もかかりません。シリンジは1本100円くらいでアマゾンでも買えます。使用前と使用後に何度も水洗いをすれば清潔な状態を維持できます。1本のシリンジで100回くらいは使用できます。興味がある方はいつでも試してみてください。

医療プレミア・トップページはこちら

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。