実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 懸念される「欧州型」の重症化

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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政府の緊急事態宣言から2週間、人通りが減った帰宅時間帯の新宿駅周辺=東京都新宿区で2020年4月21日午後6時12分、滝川大貴撮影
政府の緊急事態宣言から2週間、人通りが減った帰宅時間帯の新宿駅周辺=東京都新宿区で2020年4月21日午後6時12分、滝川大貴撮影

 ついこの前まで東京オリンピックを予定通り開催すると言われていたのが遠い昔のようです。国際オリンピック委員会(IOC)が延期を決定したのは3月25日、東京・大阪を含む全国7都府県での緊急事態宣言発令が4月7日、その後宣言は全国に拡大されました。

 では、世間は自粛ムードで覆われ国民全員が最大限の警戒モードに入っているのかというと、どうもそうとは言い切れないように感じられます。なかには、営業を続けているパチンコ店もあるとか。言論の分野でも、一部の保守系の雑誌ではいまだに「楽観論」が主張されているようです。ですが、もはや新型コロナを楽観すべきではありません。それを示すいくつかの「証拠」がみつかっています。また、私自身も警戒レベルを2月の頃よりも大きく引き上げています。そして「過去の認識が甘かったこと」を自覚しています。今回は私自身の反省も込めてコラムをお届けします。

中国の30歳代医師の死亡が転機

 私自身にとっての転機は、2月7日、中国・武漢市で新型コロナウイルスの患者を診療していた武漢中心医院の30代の医師・李文亮氏が死亡したことでした。この頃までは新型コロナは「インフルエンザより少し重症化する程度」とみなされていました。たしかにこの時点での情報では「死亡者は高齢者か持病のある人ばかり」でしたから、そう考えられていたのも無理はありません。しかし、30代の医師が他界、その後中国では20代の医師も亡くなっています。こんなインフルエンザはありえません。にもかかわらず、世間では新型コロナをさほど深刻に捉えなくてもいいという声が根強く、今でもまだあります。

 2月27日、毎日新聞から「全国の小中高一斉休校をどう思うか」という電話取材を受けたとき、私は「やむをえない」と答えました。ところが、私のこの意見は一般の人のみならず医療者からも批判にさらされました。「それはやりすぎではないか」「有効性を示すエビデンスがない」などです。しかし、登場して間もないウイルスについて、有効な対処法を示すエビデンスなどそもそもあるわけがありません。

 新型コロナの日本での感染者は3月中旬ごろから急速に広がっています。そしてその理由の一つが、欧州からの帰国者がウイルスを持ち帰ったことだと指摘されています。とはいえ、帰国者に罪をなすりつけても意味がありません。ある意味では海外渡航した人たちも“被害者”です。 

閉鎖中のルーブル美術館=パリで2020年4月7日午後4時55分、久野華代撮影
閉鎖中のルーブル美術館=パリで2020年4月7日午後4時55分、久野華代撮影

 たとえば現在、日本の外務省は欧州の多くの国に渡航自粛勧告を出していますが、3月初めの時点では、注意喚起もない国が多かったのです。また日本政府は帰国者たちに「空港から、公共交通機関を使わないで帰宅するか、空港近くで14日間、宿泊すること」を要請しましたが、交通手段や宿泊先の確保は帰国者個人にまかされ、いずれもできずに要請に従えなかった人も多いと指摘されています。そして、責任は彼(女)らに「正確な情報」を伝えていなかった我々医療者にもあります。

変異したウイルスに三つのタイプ

 初期にははっきりと分かっておらず現在明らかになっている非常に重要な「正確な情報」が二つあります。

 一つは「ウイルスの変異」です。過去のコラム「新型コロナ 『無症状の人にも検査を』」で紹介したように現在新型コロナウイルスには遺伝子の変異が報告されています。つまり、アジアで流行しているタイプと欧州のものは異なるのです。「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」4月8日号に掲載された論文「新型コロナウイルスの遺伝子系統の分析(Phylogenetic network analysis of SARS-CoV-2 genomes)」によれば、現在新型コロナウイルスの遺伝子型には三つあることが分かっており、欧州を中心に広がっているタイプは東アジアで流行したタイプとは異なっています。

 日本人の感染者にはこういった解析がおこなわれていませんから推測の域を出ませんが、3月に欧州からの帰国者が持ち帰った、欧州タイプの新型コロナウイルスが流行しているのではないか、というのが私の仮説です。欧州で感染者が急増した直後に日本でも急増しているからです。

3月中旬以降の感染者は重症化しやすい?

 もしもこの仮説が正しいとすると、3月中旬以降に新たに感染した人は、それまでの感染者に比べて重症化する可能性があります。先に述べたように、最初に流行ったタイプが起こす病気も、中国では若い医師が他界しているわけですから、決して「軽症」ばかりではありません。ですが、現在欧州及び米国で流行している新型コロナは、武漢で流行したウイルスよりも、さらに重症者の割合を増やしています。イタリアだけで100人以上の医療者が他界しているのです。後述するように米国の医師はすでに死を覚悟し遺書を書いています。

新型コロナウイルスに感染した英国・ジョンソン首相が搬送され、4月12日まで入院していたセント・トーマス病院=ロンドン中心部で2020年4月14日、服部正法撮影
新型コロナウイルスに感染した英国・ジョンソン首相が搬送され、4月12日まで入院していたセント・トーマス病院=ロンドン中心部で2020年4月14日、服部正法撮影

 今思えば、2月下旬にはイタリアでの大幅な感染拡大と感染者数、死者数の増加が報告されていました。

 新型コロナウイルスは1本鎖のRNA型ウイルスです。ウイルスを遺伝子のタイプで四つに分類すると1本鎖のDNA型、1本鎖のRNA型、2本鎖のDNA型、2本鎖のRNA型の4種類があります(1本鎖というのは、遺伝子が1本の鎖状に連なっている形のこと。2本鎖は、2本の鎖が対になって、縄ばしごのように結びついている形のことです)。

 この中で最も「変異」しやすいのが過去のコラム「日本でも次第に増大するリスク エンテロウイルスの謎【後編】」でも述べたように「1本鎖のRNA型」です。新型コロナウイルスが1本鎖のRNA型であることは初めから分かっていたことで、1月末には感染力がとてつもなく強いことも知られていたわけです。ならば、当然「致死率の高い変異型が短期間で登場する可能性」を社会にもっと強くアピールしておくべきでした。

予想外に多い「無症状者からの感染」

 もう一つ、初期にははっきりとわかっていなかった「正確な情報」は、「無症状者からの感染がかなり多い」ということであり、これは私自身も大いに反省しています。何しろ、私自身が2月の時点ではマスクをしていなかったのですから。過去のコラム「新型コロナウイルス『単純な』情報にご用心」にも書いたように、私自身がマスクをするのは自分自身にせきが出そうなときにする「せきエチケット」のためであり、7年間風邪をひいていない私は未使用のマスクをかばんに入れていますが、外出時には使用していませんでした。そして感冒症状のない患者さんの前では2月までは診察室でもマスクをしていませんでした。

 しかしこれは「誤り」でした。その理由が「無症状からの感染が多いことが明らかになった」からです。説明しましょう。

 まったくの無症状者からの感染は過去のコラム「新型コロナ 「マスク着用」に二つのリスク」でも述べたようにほとんど報告がありません。ですが、「発症前の患者」からは感染することが分かっています。しかも2次感染の44%は発症前の数日間に起こっているとの推定結果が医学誌「Nature Medicine』4月15日号に掲載された論文で明らかにされています。

新型コロナウイルスの広がりを示す地図。青色が濃い国ほど、4月22日までの1週間に報告された患者数が多い=WHOの資料から
新型コロナウイルスの広がりを示す地図。青色が濃い国ほど、4月22日までの1週間に報告された患者数が多い=WHOの資料から

 数日後に風邪をひかない保証はどこにもありません。そして、風邪の症状が出現してから他人に感染させないためにマスクを装着するのでは遅すぎるのです。ということは、すべての人が(風邪をひく可能性を否定できない以上は)他人と近づくときには常にマスクを装着しなければならないことになります。この点から考えると、居酒屋、バー、屋台、ラーメン屋など他人と密な距離で飲食をする(マスクを外す)のは極めてハイリスクと言えます。

 冒頭で述べたように、いまだに新型コロナを楽観視する言論が目立ちます。新型コロナはインフルエンザと同じではありません。私が2月7日からその根拠としている「インフルエンザでは若い医師は死なない」には説得力がないとしても、厚労省クラスター班の西浦博・北海道大教授の推計では「対策なければ(日本で)40万人死亡」です。インフルエンザで他界するのは多い年でもせいぜい年間1万人程度ですから両者の違いは明らかでしょう。

 現在致死率の高いタイプが欧米で猛威をふるっています。多数の医療者がすでに他界しています。ワシントン・ポスト(電子版)の3月27日に掲載された記事が私にはショックでした。なんと米国では20~30代の医師の多くが「死」を覚悟し、「遺言」を書いて自身の「葬式」のプランを検討、その時に流してもらう音楽まで選定しているというのです。さらに、この記事によれば集中治療室で勤務する34歳の女性看護師が新型コロナに感染したことで自殺をしています。

 先述したように、この重症化しやすいタイプの新型コロナがすでに日本でも浸透している可能性が高いと言えます。新型コロナはもはや「インフルエンザより少し重症化する程度」などとは全く異なることを改めて強調したいと思います。

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。