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新型コロナ 「自宅での抗体検査」が問題な理由

谷口恭・谷口医院院長
大型連休中にもかかわらず、外出や移動の自粛要請で閑散とする国内線の出発ロビー=羽田空港で2020年4月29日午後2時16分、吉田航太撮影
大型連休中にもかかわらず、外出や移動の自粛要請で閑散とする国内線の出発ロビー=羽田空港で2020年4月29日午後2時16分、吉田航太撮影

 医療や健康の情報を発信したり便利な物を紹介したりするのは我々医療者の専売特許ではありません。ですが、人の不安につけこんで利益を得ようとする「便乗商法」は許すことができません。新型コロナウイルスに関していえば、マスクや消毒用アルコールの不当な値上げ、これらと売れ残った製品との抱き合わせ、「マスク1枚プレゼント」とうたって別のものを買わせる商法などにはへきえきします。そして、ここ数日間、患者さんからの問い合わせで急増しているのが「自宅でできる新型コロナの抗体検査は受けるべきですか」というものです。診察室でも聞かれますし、複数の人から同じ内容のメールが届いています。

 結論から先に言います。現時点では、民間業者が販売している、検体を自分で採って検査する方式の抗体検査は受けるべきではありません。受けたいと思う気持ちは理解できるのですが、後で詳しく説明するように、実は受けてもあまり役に立たないからです。

 ただし、私は抗体検査のすべてを否定しているわけではありません。過去のコラム「新型コロナ 世界の流れに遅れた『検査制限』」で述べたように、現在実施されているPCR検査と組み合わせることにより、診断の補助や疫学的研究に使えますから抗体検査が普及するのは望ましいことです。

検査を受けたくなる事情はあるが

 そして現在は、感冒症状がある人が「新型コロナに感染しているかもしれない」と考えて、帰国者・接触者相談センターに電話すると「検査の対象外だから近くの医療機関に問い合わせるように」と言われ、近くの診療所では「風邪症状があるなら来ないでほしい」と言われ行き場をなくす、という事態が続出しています。こういう人が「PCR検査でなくても新型コロナの検査なら受けてみたい」と考えるのは理解できます。

 また「報道などで『抗体があればすでに(無症状のまま治癒して)二度と感染しない体になっている』と聞いたので受けてみたい。『ある』と分かれば晴れて表に出られるのだから」という考えも理解できます。

陽性でも陰性でも結果の意味は分からない

 こうした希望はもっともですが、それでもなお、現時点では業者の抗体検査を受けるべきではありません。

 その最大の理由は、抗体検査「だけ」を受けるのであれば、「陽性」と出ても「陰性」と出てもその意味の解釈ができないからです。

医師(左)からドライブスルー方式でPCR検査の検体採取を受ける患者役の京都市職員=京都市役所で2020年4月27日、小田中大撮影
医師(左)からドライブスルー方式でPCR検査の検体採取を受ける患者役の京都市職員=京都市役所で2020年4月27日、小田中大撮影

 例えば抗体検査を受けて「陽性」と出たとしましょう。このとき次の三つの可能性があります。そして、この検査だけでは、三つのどれにあたるのか区別はつきません。

 【陽性-1】現在、新型コロナに感染している。

 感染してしばらくすると、体内に抗体ができ、検査結果は陽性になります。それでもまだ体内にウイルスがいる場合があります。

 【陽性-2】新型コロナに感染したが自然治癒した。

 抗体ができて治った状態です。治った後も、抗体が陽性である状態は、数カ月から数年、あるいはそれ以上続く可能性があります。

 【陽性-3】一度も新型コロナに感染していない。

 これは要するに、検査結果が誤っていた場合です。自己検査キットとして出回っている抗体検査は「イムノクロマト法」という方法、さらに定性検査です。定性検査とは、体内の抗体の量を測定せずに、抗体が「ある(+)」か「ないか少ない(-)」かをみるだけの検査です。そして、ありなしの判定は、検査キットの上にラインが浮き出てくるかどうかを肉眼で見て行います。この検査には偽陽性(本当は陰性なのに陽性とでる)がつきものです。梅毒やHIV(エイズウイルス)についても、最初の検査は「イムノクロマト法による定性検査」で行うことがあります。その検査で「感染しているかもしれない」と言われ、精度の高い検査を行って「偽陽性だった」といわれた経験のある人は少なくないでしょう。

 次に、自己検査を受けて「抗体陰性」だったとしましょう。このときは次の三つが考えられます。やはり検査だけでは、三つのどれなのか区別はつきません。

 【陰性-1】一度も新型コロナに感染したことがない。

 感染がなければ抗体はできず、陰性になるのは当然です。ところが、こうではない可能性があるのです。

 【陰性-2】現在新型コロナに感染している。

 抗体は陰性だが感染している、ということがあります。体内の抗体の量は、感染してしばらく経過しないと増えず、増えるまで陽性は出ないからです。PCR検査の方がずっと先に陽性になります。

 【陰性-3】新型コロナに感染し自然治癒した。

 新型コロナに感染してもなお、抗体ができなかったり、できても少なかったりして結果が「陰性」になる人がいるのです。中国の研究では、感染して治癒した人のなかに、抗体が陰性の人が5%いました。また他の25%はできた抗体の量が少なかったので、検査キットによっては陰性と判定される可能性もあります。

軽症者に宿泊してもらうホテルで生活支援にあたるため、防護服の着脱訓練をする埼玉県職員ら=埼玉県熊谷市で2020年4月29日、岡礼子撮影
軽症者に宿泊してもらうホテルで生活支援にあたるため、防護服の着脱訓練をする埼玉県職員ら=埼玉県熊谷市で2020年4月29日、岡礼子撮影

現状では「かかりつけ医に相談を」

 これでお分かりいただけたと思います。結局のところ、自己検査キットで「陽性」でも「陰性」でも①現在感染している②過去に感染して自然治癒した③感染したことはない――のいずれの可能性もあるわけです。

 こうした事情で今のところ、風邪症状があるなどして新型コロナが心配な人などには「かかりつけ医に相談してください」とアドバイスするしかありません。太融寺町谷口医院が相談された場合は、その人の年齢、性別、既往歴、薬剤服用歴、職歴(現在の仕事)などを考え合わせて、個別に助言をしています。

 なお、現在米国の市場に登場している抗体検査について、大西睦子先生がとても分かりやすく丁寧に説明されています(「新型コロナ 米在住医師が語る『抗体検査』)のでそちらもぜひ参照してください。

 ある患者さんの情報によれば、自分で検体を採る方式の抗体検査は、1回でおよそ2万円もかかるそうです。こんな検査に2万円も支払う必要はありません。しかもその患者さんによれば、早くしないと検査キットが品切れになると検査会社からせかされているとか……。

長所は「簡単」で「疫学調査に役立つ」こと

 では、抗体検査にまったく意味がないのかというとそんなことはありません。その理由を説明しますが、その前に以前のコラムでも述べた「感染症の検査における最重要事項」を繰り返しておきます。それは「ひとつの検査だけで感染の有無や治療方針が決まるわけではない」ということです。一般に感染症の診断を行う時は、複数の検査と他の血液検査や画像検査のデータ、それに臨床症状を総合的に勘案して判断することになります。

 PCR検査は、抗体検査に比べれば感度(ウイルスがいる場合に「いる」と判定する確率)も特異度(ウイルスがいない場合に「いない」と判定する確率)も高い検査法ですが、完璧ではありません。何度も述べているように私自身は現体制の「検査を絞り込む方法」には反対で「検査を拡大すべきだ」という考えですが、やみくもに検査することには賛成しませんし(ただし疑わしい症状があれば可能な限り検査すべきだと考えています)、検査を受ける人には精度について理解してもらう必要があると考えています。つまり、PCR検査でも(可能性が低いとはいえ)偽陽性があり得ますし、偽陰性はかなりあります。

 抗体検査が有用な二つの理由を説明します。一つは「簡単」だということです。PCR検査は鼻腔(びくう)の奥を綿棒でぬぐう必要があり、検体が正しくとれるかどうかは採取者の技術に影響を受けます。また採取者は感染のリスクを負わねばなりません。

 一方、抗体検査は、ごくわずかな血液を採れば検査できますから簡単です。それに費用はPCR検査と比べてかなり安くなるはずです。ですから、抗体検査を受ける前に「精度が高くないこと」を理解してもらい、その上で「陽性」と出れば次の検査に進み、「陰性」と出ても他人に感染させる可能性が残ることを確認してもらえば、意味のある検査になります。

 もう一つ、抗体検査が有用な理由は疫学調査に使えることです。

 まず、もしも新型コロナの抗体が、次にウイルスが侵入してきたときにやっつけてくれる抗体(中和抗体)だとしたら、社会にとってはものすごく有用な検査です。なぜなら、もう二度とかからないわけですから、こういう人に新型コロナに感染した人のケアをしてもらうことができますし、こういう人は「3密」(密集、密閉、密接)の場所に行ってもOKとなるからです。そして、これを期待して抗体検査を広めようとしている国や地域があります。

 ですが、新型コロナの抗体が中和抗体である保証はどこにもありません。それどころか、一度はPCR検査で陰性となった後に再び陽性となる例も報告されていることから、中和抗体は期待しない方がいいでしょう。そもそも過去のコラム「新型コロナ 懸念される『欧州型』の重症化」で指摘したようにコロナウイルスは1本鎖のRNA型ウイルスであるが故、変異が高頻度に起こり得ます。仮に中和抗体ができたとしても変異した新型コロナに対する効果は分かりません。

 しかしながら、新型コロナの抗体が中和抗体でなかったとしても全体の既感染の状況を知ることには意味があります。例えば、いったいどれくらいの人が感染して無症状だったのかが分かりますから、そこから無症状で自然治癒する人と、重症化する人の違いを調べることができて、これが新しい治療薬につながる可能性があります。また、各地域の抗体陽性率を比較することで、どういったルートで広がっていったのかを解析することができ、これは今後の感染症の予防戦略に役立ちます。

 ただし今述べた抗体検査が有用である二つの理由は、いずれも「検査の精度が高い」ことが条件となります。自分で検体をとる抗体検査は、PCR検査に比べて精度が劣るのは仕方ありません。しかし、あまりにもおそまつなものであれば初めから検査しない方がましです。現在、ダイレクトメールなどで大々的に宣伝している自己採取の抗体検査がどの程度信用できるかについての言及は避けますが、日本感染症学会が海外の4種の抗体検査キットを使って調査した結果(4月23日に公表)を見る限り、安心して使えるのは当分先になりそうです。学会や行政が正式に認める検査キットの登場を待つ必要があります。

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谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。