実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 感染の実態調査で差別解消を

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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車に乗ったまま検体を採取できるドライブスルー方式のPCR検査の訓練をする医師ら=山梨県中央市で2020年4月28日午後1時57分、金子昇太撮影
車に乗ったまま検体を採取できるドライブスルー方式のPCR検査の訓練をする医師ら=山梨県中央市で2020年4月28日午後1時57分、金子昇太撮影

 前回、新型コロナウイルスに対する抗体を調べるための「自分で検体を採って行う抗体検査」は受けるべきではないと述べました。しかし私は、全ての抗体検査に反対しているわけではありません。それどころか、抗体検査を使って大規模な調査をすべきだと考えています。理由は、新型コロナによって起きている、ひどい差別の解消に役立つと考えるからです。前回と話が違う、と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、そうではありません。今回はこの説明をします。

クリニックの抗体検査も「受けないほうがよい」

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)によく寄せられる質問に「自分で検体を採る抗体検査はよくないとして、では、一部のクリニックが実施している抗体検査はどうなんですか?」というものがあります。医師にもいろんな考えがあっていいとは思いますが、私自身は現在流通している抗体検査は、クリニックで実施しているものも受けないほうがよいと考えます。理由は下記の通りです。

 (1)前回述べたように「陽性」と出ても「陰性」と出ても、その解釈は①今、感染している②過去に感染して治った③一度も感染していない――のいずれでもあり得て区別がつかない。つまり、検査結果だけみても、その後の行動方針を決められない。

 (2)「陽性」と出た場合、今感染している「かもしれない」ので、2週間、自己隔離をすることになる。しかし実は「もう治っている」か「検査の誤りで実は感染していない」かで、自己隔離は不要かもしれない。PCR検査を受ければ自己隔離が必要かどうか分かるが、現在の日本では「それなりの症状がある」「感染者と濃厚接触があった」といった条件を満たさないと、保健所(帰国者・接触者相談センター)がPCR検査を許可してくれない。

 (3)「陰性」と出た場合にも、実は感染していて他人にうつす可能性があるので「外出自由」とはならない。谷口医院に相談してくる人のなかには「陰性なら無罪放免」と考えている人が多いが、そうではない。

 (4)(誤解を恐れずに言えば)抗体検査を実施しているクリニックが、検査を受ける人たちに正確な情報を伝えているかが不明。患者さんによれば、あるクリニックでは「BCG接種を勧められた」とのこと。新型コロナの予防をうたってBCG接種を実施するクリニックが存在するせいで、現在、新生児に接種する分が不足しており、これは大きな問題である。日本小児科学会も警告している。世界保健機関(WHO)も「BCGを新型コロナには推奨しない」としている。また、慣れない医師がBCGを間違ったやり方で注射して事故が起こっている

後を絶たない「感染者差別」「医療者差別」

 ところで、私が新型コロナに初めて強い関心を持ったのは2月上旬でした。中国・武漢市から帰国する日本人がすでに差別の対象になっていることを知ったからです。

 以前から私は感染症で最も問題なのは「差別」だと考えています。いつのまにか200回を超えていたこの連載では、過去にB型肝炎やHIV(エイズウイルス)などを中心に「感染者を差別することがいかにばかげているか」を述べてきました。そして、その差別は「5分の知識」で防げる、ということも言い続けています。この連載では、2月上旬から今回まで23本の記事を書き、すべて新型コロナがテーマです。その中で差別を中心に取り上げたのが過去3回あり、今回が4回目です。

 日本国内の新型コロナに関する差別はますますエスカレートしています。谷口医院で最初に経験した「差別の事例」は、どこからも診療や検査を拒否されて行き場をなくした中国人でした。その後、「相談センターからは検査の対象外だと言われ、近くの診療所すべてから断られた」と途方に暮れた患者さんからの問い合わせが後を絶ちません。

 差別の被害にあっているのは感染者だけではありません。帰国者のケアをした医療者が医療者から差別を受けていることは、過去のコラム「新型コロナ 風邪や花粉症で差別される人たち」で述べました。一般の人から医療者が差別を受けることも少なくありません。新型コロナ専門病院になると報道された大阪市立十三市民病院では、職員が誹謗(ひぼう)中傷の被害にあっています。大阪の放送局「毎日放送(MBS)」の報道によると、周辺のコンビニが突然閉まり、病院職員がバスに乗ろうとした際に、乗客から「コロナがうつるから乗るな」と叫ばれたそうです。一部の地域では医療者に感謝の気持ちを表すためにスタンディングオベーション(立ち上がっての拍手)が行われているそうですが、同院の職員からすればそのようなニュースもむなしく響くだけでしょう。

新型コロナの中等症患者を専門に受け入れることが決まった大阪市立十三市民病院=大阪市淀川区で2020年4月20日午前9時53分、伊藤遥撮影
新型コロナの中等症患者を専門に受け入れることが決まった大阪市立十三市民病院=大阪市淀川区で2020年4月20日午前9時53分、伊藤遥撮影

 いくら気を付けても他人からうつることのある感染症にかかって、差別されるいわれはありません。私は新型コロナも含めて、感染症による差別がいかにナンセンスかを言い続けてきたつもりですが、私の提唱する「5分の知識」は残念ながら社会に影響を与えるにはいたっていません。

大規模抗体検査で「感染の実態」解明を

 そこで別の形の差別解消方法を提案したいと思います。それは、大規模抗体検査です。私が「受けないで」と言ってきた抗体検査は、検査を受ける個人のために行うものでしたが、ここで提唱する大規模検査はそうではなく、日本社会全体の感染状況を知ることが目的です。

 日本国民1億2000万人全員が直ちに検査を受けることは困難ですが、新型コロナ対策で成功している国の一つといわれているドイツでは、全国を対象にした検査計画が進められています。米紙ニューヨーク・タイムズの記事「広範で無作為の抗体検査でドイツはロックダウンから抜けだす道を探る(With Broad, Random Tests for Antibodies, Germany Seek Path Out of Lockdown)」から同国の政策をみてみましょう。

新型コロナウイルス対策のために最前線で働く医療・介護関係者に感謝の拍手を送る「フライデーオベーション」=岡山市北区で2020年4月24日午後0時1分、益川量平撮影
新型コロナウイルス対策のために最前線で働く医療・介護関係者に感謝の拍手を送る「フライデーオベーション」=岡山市北区で2020年4月24日午後0時1分、益川量平撮影

 現在ドイツでは、一部の地域で住民を無作為に選んで、新型コロナの抗体検査を始めています。そしてこれから数カ月で、全国を対象として同様の検査を実施する予定だそうです。メルケル首相は記事の中で「検査の目的はすべての感染の連鎖を追跡すること」と説明しています。

 前回のコラムで述べたように、感染経路が分かると今後の予防対策に生かせます。また、どれくらいの人が感染していながら無症状である(あった)かも分かります。さらに、この調査を徹底すれば新型コロナに感染してできる抗体が、再感染を防いでくれる「中和抗体」かどうかを知る手がかりが得られます。

 私が大規模調査を差別解消に使えると考える理由は「すでにいかに感染者が多いかを明らかにできる」ことです。そもそも感染者や医療者を差別する人というのは「自分は一度も感染していない」という前提で差別をするわけです。ですが「感染者は思いの他多く、自分や家族もすでに感染している(していた)かもしれない」ということを理解してもらえると、考え方が変わるのではないかと思うのです。

感染者数は見かけの数倍~数十倍か

 慶応大学病院によると、同院を新型コロナ疑い以外で受診した無症状の人の約6%がPCR陽性(つまり検査当時、新型コロナウイルスに感染していた)でした。また、ニューヨーク・タイムズの記事によれば、ドイツ北西部の小さな町「ガンゲルト」での調査で、住民の14%弱が新型コロナの抗体陽性であり、さらに別の2%弱が陽性反応を示していることがわかり、これらから住民の約15%が感染している(していた)ことが判明しました。

 日本では地域にもよりますが、日々のPCR検査数と陽性者数のデータをみると、東京では検査を受けた人の約4割が陽性だという日もあったようです。これは「6割は陰性で良かったね」と考えてはいけません。4割という数字は、あまりにも高すぎて“異常”であり、感染の可能性がかなり高い人だけに絞って検査をしていることをうかがわせます。つまり、軽症者まで広げて検査をすれば感染者数は数倍から数十倍になるはずです。また、無症状のままウイルスを保持していたり治癒したりした人もいるわけですから、かなりの日本人が抗体を持っていることが予想されます。

「感染者は多い」と知れば差別はばからしい

 日本でも大規模な抗体検査をすれば、感染者がとても多いことがはっきりするでしょう。この実態が周知されることで、差別がばからしいと考える人が増えることに私は期待しています。そして、差別に向けていたそのエネルギーを行政に転換して「大規模抗体検査を!」と叫んでもらえないかと考えています。私の基本的な考え方は、「どのような病気であれ行政を頼らず自分の身は自分で守るべし」です。ですから谷口医院をかかりつけ医にしている人にはメールも利用してもらって何度でも相談を聞いています。かかりつけ医にしていない人に対してはこのコラムで「5分の知識」を訴え続けてきました。そしてこの考えは今も変わっていません。自分の身は自分で守るべきなのです。

新型コロナウイルスは「不安」や「差別」も感染させると指摘した日本赤十字社のリーフレットの一部=同社のホームページより
新型コロナウイルスは「不安」や「差別」も感染させると指摘した日本赤十字社のリーフレットの一部=同社のホームページより

 ですが、新型コロナの抗体検査に関しては「同じ条件での大規模調査」が必要ですから、行政にお願いするしかありません。信頼できる抗体検査キットを選定してもらって全国調査するのです。抗体検査ならPCRと異なり、検体を採るのが簡単で、また検査する医療者が感染するリスクはほとんどありませんから、一般の診療所、クリニックで対応できます。

 もちろん抗体保有者の実態が分かったとしても、依然、差別する人は残るでしょう。ですが、少なくとも「そう言うあなたや、あなたが大切にしている人もすでに感染していてもおかしくない」ことは伝えられるのではないかと思うのです。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。