実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 肺以外でも病気が起きる仕組み

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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エルムハースト病院に運び込まれる患者=米ニューヨークで2020年3月29日、隅俊之撮影
エルムハースト病院に運び込まれる患者=米ニューヨークで2020年3月29日、隅俊之撮影

 「我々は新型コロナウイルスによる感染症を過小評価していた。そして誤解していた」。これは米国の医療ニュースサイト「WebMD」に掲載されたある記事のトップで述べられた言葉です。新型コロナが世界で初めて登場したのが2019年12月ですから、まだそれから5カ月もたっていません。にもかかわらず世界中に歴史を書き換えるほどの影響を与え、大勢の命を奪っています。当初「インフルエンザより少し重症化する程度」と言われていたのが遠い昔に思えるほど、さまざまなことが明らかとなり、そして依然謎めいています。

 我々医師はこの感染症を過小評価し誤解していたことを反省し、そして謙虚にならねばならないというのが私の意見です。今回は、このWebMDの記事も含めて現在分かってきている新型コロナの新しい情報を私見も交えながらお届けします。

全身に出るさまざまな症状

 繰り返しますが、新型コロナは「少し重いインフルエンザ」にたとえられ、「一部の人に肺炎を起こす病気」とも当初は説明されました。しかし今では、もっと複雑な病気であり、患者によって、さまざまな症状が出ることがあると分かってきました。下痢や腹痛、吐き気や嘔吐(おうと)、頭痛も出ますし、目が赤くなることも、鼻水が出ることもあります。有名になった味覚や嗅覚の喪失も、食欲減退や筋肉痛もあります。全身に発疹が出ることも、皮膚の一部が腫れて赤くなるだけのこともあるそうです。もっと重い症状としては、腎臓機能の低下、錯乱や失神などもあります。3月以降世界中で、心疾患や脳卒中で命を落とす人が増えてきたのも、新型コロナが原因と考えられるようになってきました。

 そこで、少し難しくなるかもしれませんが、こうした症状を引き起こす新型コロナの特徴を理解してもらうために、四つのキーワードを示したいと思います。その四つは「ACE2受容体」「血管内皮細胞炎」「血栓」「サイトカインストーム」です。順に説明します。

肺の細胞にある「ACE2受容体」

 まず「ACE2受容体」です。これは、肺の細胞の表面に存在するたんぱく質の一種です。そして新型コロナが肺炎を起こす仕組みに関係しています。新型コロナはこの受容体から、ヒトの細胞に侵入することが分かったのです。

新しく開発した小型のエクモ(体外式膜型人工肺)を持つ、国立循環器病研究センターの研究者。左は従来のエクモ=大阪府吹田市で2020年4月10日、宮川佐知子撮影(写真と記事は無関係です)
新しく開発した小型のエクモ(体外式膜型人工肺)を持つ、国立循環器病研究センターの研究者。左は従来のエクモ=大阪府吹田市で2020年4月10日、宮川佐知子撮影(写真と記事は無関係です)

 しかし、よく考えるとACE2受容体は肺だけでなく、心臓や腎臓、腸管など他の臓器にも存在します。ということは、いったんウイルスが血流に乗り他臓器まで運ばれると、そこでも細胞に侵入し、説明したような多彩な症状をもたらす可能性が出てくるわけです。

血管の細胞にウイルスが侵入

 次に、二つ目のキーワードである「血管内皮細胞」とは、血管の内側に敷き詰められた細胞のことです。この細胞にも、つまり血管の内側にも、ACE2受容体が存在するのです。

 ということは肺の細胞からいったん血液中に侵入したウイルスは全身を巡り、いろんな場所の血管内皮細胞に侵入できることになります。肺の細胞に侵入すれば肺炎が起こる(実際には肺炎のメカニズムも複雑なのですがここでは説明を省略します)のと同じように、血管内皮細胞に侵入すると「血管内皮細胞炎」が起こります。これは、血管が炎症を起こし腫れた状態になることです。こうなると。その血管が通じている臓器に血流が十分に行き渡らず、臓器は酸素や栄養分が足りなくなってしまいます。そして、血管が腫れるだけではありません。ここからの仕組みは細かいことは分かっていませんが、血管内皮細胞炎の結果、「血栓」と「サイトカインストーム」が生じると考えられています。

血の流れを妨げる「血栓」

 三つ目のキーワードである「血栓」とは、血の塊のことで、人間の体が非常事態のときに作られます。血栓ができると血液は流れにくくなり、一方で出血しにくくなります。おそらく体としては「非常事態だ、出血を防がなければ!」と反応するのだと思いますが、新型コロナでは出血が(この時点では)起こっているわけではありません。ですから血栓ができてもいいことはありません。そして細い血管が次々と血栓で詰まると、その血管が栄養を与えている臓器がダメージを受けます。

 さて、3月下旬ごろから、新型コロナに感染するとさまざまな皮膚症状が出現することが世界中で報告されています。この原因のひとつが血栓です。細い血管が詰まって末端に血流が届かなくなり、霜焼けのような状態になるのです。米紙「ワシントン・ポスト」の報道によると、米国の舞台俳優ニック・コルデロ氏は、新型コロナに感染した後、血栓のせいで右足の先に血が通わなくなり、足を切断しなければなりませんでした。

緊急事態宣言の延長を受け、ほぼ全ての店舗の休業が延長され人影のない古い町並み=岐阜県高山市で2020年5月7日(写真と記事は無関係です)
緊急事態宣言の延長を受け、ほぼ全ての店舗の休業が延長され人影のない古い町並み=岐阜県高山市で2020年5月7日(写真と記事は無関係です)

 そして、血栓が悪さをするのは細い血管だけではありません。少し太い血管に血栓が詰まるとどうなるか。脳の血管がやられれば脳梗塞(こうそく)、心臓なら心筋梗塞が起こります。実際、心筋梗塞や脳梗塞は世界中で3月以降増えているという指摘があるのです。

 楽観的な人は「血栓が重症化をもたらすのなら、血栓を溶かす薬を使えばいいではないか」と考えるかもしれません。たしかに「ヘパリン」という抗凝固剤(血液を固まりにくくする薬)を、新型コロナの重症例に投与して、致死率が2割改善したという報告もあります。しかし、たかが2割です。一方、先に紹介したワシントン・ポストの報告によれば、従来の抗血栓療法が新型コロナには効かず、途方に暮れている医師が多いのです。

免疫の暴走「サイトカインストーム」

 四つ目、最後のキーワード「サイトカインストーム」は聞き慣れない言葉かもしれません。

 まず「サイトカイン」というのは、人体が分泌する、免疫に関するさまざまな微量物質の総称です。これが分泌されると、免疫の働きが強まったり弱まったりするわけです。次の「ストーム」は英語で嵐のことです。ですから「サイトカインストーム」とはサイトカインが嵐のように全身の血管内、さらに臓器に吹き荒れる状態を言います。

 通常なら(弱い感染症であれば)病原体が侵入してきたときに、炎症を起こすサイトカインと炎症をやわらげるサイトカインがちょうどいいあんばいで分泌され、効率よく病原体をやっつけて効率よく回復します。

 ところが、新型コロナの場合、免疫系が適切に対応できず、体内では、むちゃくちゃなサイトカインが無秩序に乱造されることになり、これらが敵であるウイルスではなく大切な自分の臓器を傷つけることになるのです。これがサイトカインストームの実態です。こうなれば「多臓器不全」といって一気に肝臓、腎臓、心臓など大切な臓器がやられ、そのうち(短期間で)死に至ります。

 新型コロナが病気を起こす仕組みを少し詳しく説明するために、四つのキーワードを取り上げました。実際には、これら四つは別々に考えるのではなく、複雑に結びついていると理解した方がいいでしょう。例えば、肺の細胞の「ACE2受容体」から侵入したウイルスが血中を流れ、気に入った場所で「血管内皮細胞」に侵入して仲間を増やし、その付近の臓器を傷つける。傷つけられた細胞が非常事態と考えてサイトカインを放出すると、それが「サイトカインストーム」となってしまい、また同時に「血栓」もできる、という感じです。

授業が再開され国語の教科書を熱心に読む児童=秋田県にかほ市の小学校で2020年5月7日、高野裕士撮影(写真と記事は無関係です)
授業が再開され国語の教科書を熱心に読む児童=秋田県にかほ市の小学校で2020年5月7日、高野裕士撮影(写真と記事は無関係です)

「治った後」に残る心配

 新型コロナが複雑でやっかいなのは、短期間で多くの臓器が障害されるということだけではありません。「新型コロナは完全に治るのか」という問題があります。

 新型コロナウイルスはすでに遺伝子解析が行われていて、塩基配列(遺伝子の並び方)が明らかとなっています。このウイルスは、HIV(エイズウイルス)やB型肝炎ウイルスのように人の遺伝子に潜りこんでそこに居座ることはありません(これらの潜り込むウイルスは「逆転写酵素」と呼ばれる特殊な酵素を作れますが、新型コロナは作れません)。また、ヘルペスウイルスや水痘のように、いったん感染するとウイルスの一部が体内に残る可能性はなくはありませんが、私自身は現時点ではそこまで考えていません。

 ですが、「新型コロナの影響でいったん傷ついた臓器は、元に戻らない可能性がある」と私はみています。では、どのような障害を想定しなければならないのか。そして、新型コロナに感染して「完全に治る」ことは期待できるのか、できないのか。次回はそういったことを述べます。

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。