
前回は、新型コロナウイルスによる感染症は、肺炎だけではなく全身に障害を起こすという事実を紹介し、四つのキーワード「ACE2受容体」「血管内皮細胞炎」「サイトカイン・ストーム」「血栓」に基づいて、病気が起きる仕組みを説明しました。今回は「新型コロナが起こした障害の影響が、かなり長期にわたるかもしれない」ということを、私見をふんだんに取り入れて述べます。
肺の傷つき方次第で運動能力の低下も
新型コロナによって肺炎が起きると、肺の中で「間質」と呼ばれる細胞が傷つくことが分かっています。間質というのは、空気を取り込む細胞(肺胞)ではなく、肺胞の周囲に存在する細胞のことです。ここが傷ついて病状が進行すると、間質は「線維化」と呼ばれる変化を起こして元に戻らなくなります。こうなると、肺が硬くなったり、空気を吸ったときのふくらみが悪くなったりして、体は酸素を取り込みにくくなります。すると、例えば日常生活はできたとしても激しい運動ができなくなるといったことがあり得ます。日本でもプロ野球選手やバスケットボールの選手が感染したことが報道されました。彼らは全員が軽症だったと聞いていますが、それでも完全に元のパフォーマンスを取り戻せるのか……。私は不安に感じています。
新型コロナに感染しても無症状だった人たちは、その後、日常生活を制限されるということは考えにくいと思います。ですが、それなりの症状が出た人たちは、「治癒した後」はどうなのでしょう。
「治癒」の基準は、ウイルスがPCRで陰性となり、自覚症状がなくなったときです。それらを満たせば「治癒」とされますが、はたして日常生活は完全に取り戻せるのでしょうか。今後の研究を待たねばなりませんが、いったん線維化した細胞は元通りにならない可能性がある以上、例えば少し走っただけですぐに息切れする、という症状は残るかもしれません。特に酸素吸入や人工呼吸器が必要だった人たち、つまりそれなりに進行した人たちにその可能性があります。
心筋梗塞や脳梗塞に「かかりやすくなる」かも
他の臓器も考えてみましょう。心臓はどうでしょうか。新型コロナの影響で多少血栓ができても、健常者の心臓の周囲に存在する太い血管(冠動脈)が詰まることはありません。ですが、心臓の筋肉に栄養を与えている微小な血管が詰まることは考えられます。そうなると心臓の機能に影響を与える可能性が出てきます。また、過去に狭心症や心筋梗塞(こうそく)を起こしたことがあったり、なかったとしても高血圧、糖尿病、喫煙といった心臓病のリスクがあったりする人はすでに動脈硬化が進行して血管の中が狭くなっていることが予想されます。こういった人たちが新型コロナに感染すると、比較的数の少ない血栓ができただけでも、病状が一気に悪化するかもしれません。
脳はどうでしょうか。やはり心臓と同様、脳梗塞を過去に起こしたことがある人や、高血圧や喫煙で動脈硬化が進行している人は、比較的少ない血栓で脳梗塞を発症する可能性がでてきます。脳の場合、それだけではありません。若くて健常な人がごく細い血管に血栓が詰まったとしても通常症状は表れないか、あっても一過性のものとなるはずです。ですが、それほど若い時点で血栓ができること自体が問題です。将来の脳梗塞のリスクになるかもしれませんし、もっと言えば、脳の一部が機能しなくなることで認知症やパーキンソン病のリスクが出てくる可能性も否定できません。
腎臓や網膜にも影響が残る可能性
腎臓を考えましょう。腎臓は「糸球体」と呼ばれる部分に、とても細い血管が密集しています。当然、血栓には弱い血管です。腎臓はかなり悪くならない限り症状は出ません。しかし、いったん詰まって死んでしまった血管が再生されることは期待できません。肝臓がかなり悪化した後でも細胞が再生するのに対し、腎臓はいったんある程度悪化すれば元には戻りません。ある程度重症化すれば、治療は人工透析か腎臓移植となってしまいます。やはり高血圧、糖尿病、喫煙などがある場合は、すでに腎臓はそれなりに傷んでいることが予想され、新型コロナ感染で一気に悪化する可能性があります。
前回は、皮膚の先端の細かい血管に血栓が詰まり、足を切断しなければならなくなった米国の俳優について述べました。この人は重症の事例ですが、今後こういった、血流障害による症状で悩む人が増えるでしょう。手足の色が変わるというのは分かりやすい症状ですが、そこまでいかなくても、以前はなかったのに「冷え」を感じるようになった、あるいは「しびれ」が出てきた、というときには新型コロナの影響を考えなければならなくなるでしょう。

私の知る限りまだ報道はされていませんが、網膜の細い血管も、新型コロナで傷つく可能性があります。糖尿病の微小血管障害で起こる3大合併症は末梢神経障害(重症化すると足切断)、腎障害、そして網膜障害です。新型コロナで血管内皮細胞が障害を受けて血栓ができると、糖尿病と同様に網膜障害が起こる可能性があります。ということは、新型コロナが原因での失明も起こり得ることになります。
問題はまだあります。今述べたのは臓器を特定しての比較的短期間での話です。長期的にはどうなるかを考えてみましょう。
新型コロナウイルスにいったん感染すれば、無症状だったとしても、ある程度は「血管内皮細胞炎」や、微小な血栓が生じた可能性があります。例えば腎臓の血管がある程度障害を受けたとしたら、その後の健康診断で腎機能悪化を指摘されるかもしれません。
脳や心臓の微小血管が障害を受けた可能性もあるわけですから、今後心筋梗塞や脳卒中のリスクの一つに「新型コロナ抗体陽性」が加えられるかもしれません(ただし、過去のコラム「新型コロナ 『自宅での抗体検査』が問題な理由」で述べたように、感染して治癒したときに抗体が残るかどうかは現時点では不明です)。数年後の医療現場では、例えば若年性認知症を発症した患者さんを診た場合、医師は新型コロナの抗体を確認し過去に感染していなかったかどうかを調べることになるでしょう(認知症は起きる原因によって対応の仕方が違うので、原因の確認は重要です)。
健康診断で「新型コロナの抗体検査」が必要に?
もしかすると健康診断の項目に新型コロナの抗体検査が加えられるかもしれません。実際、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長は「グループの社員と家族の全てに新型コロナ抗体テストを提供する方針決定」とSNSで表明しました。 私には同社の目的がよく分からないのですが、抗体陽性であれば(それが精度の高い検査だとして)、将来いろんな病気を起こしやすいかもしれないから日ごろから体調管理をしっかりしてね、という注意喚起が目的のひとつなのかもしれません。

病気というのは、検査で異常が出るものばかりではありません。「健診を受けても何軒医療機関を受診しても『異常がない』と言われるけどしんどい」と訴える患者さんは少なくありません。検査で異常がないけれど、疲れやすい、微熱がある、体がむくむ、下痢が続く、などです。また、眠れない、不安感がとれない、抑うつ感に苦しめられている、ということもよくあります。診断がつかないままドクターショッピングを繰り返している人は珍しくないのです。
そして、こういった症状をみたときに(頻度は少ないながら)Q熱(正確には「Q熱感染後疲労症候群=QFS」)を疑うべきことがあることを、過去の連載「原因はリケッチアと判明も…やはり不可解なQ熱」で述べました。完全な私見ですが、これからはこういった原因不明の多岐にわたる症状を診たとき、いわば「ポストコロナ症候群」と呼べるような、新型コロナが原因の症状である可能性を考慮しなくてはならない日が来ると思っています。
現時点で同意する医療者は少ないかもしれませんが、新型コロナは決して一過性のものではなく、いったん感染するとその後さまざまな症状や疾患を起こす可能性がある、というのが私の考えです。
太融寺町谷口医院院長
たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。