実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 手洗いの盲点 洗った後に触る場所

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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 新型コロナウイルス感染症がはやりだしてから、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんの訴えで増えたものの一つが「手が荒れた」です。言うまでもなく原因は手洗いのし過ぎです。それもアルコールやせっけんを過剰なほどに使った結果です。ひどい人になると皮がめくれて出血していることもあります。これでは手洗いの意味がありません。皮膚のバリアー機能(異物の侵入を防ぐ機能)が損なわれて、かえって病原体が皮膚で増殖しやすくなるからです。

 手が荒れるほどアルコールを使い過ぎたり、何度も洗い過ぎたりするのは明らかに間違った手洗いですが、実は、新型コロナをターゲットに考えたときの手洗いは誤解が少なくありません。今回はそれらを整理し、新型コロナ予防の適切な手洗い方法を紹介します。

手洗いが必要なわけは

 まずは新型コロナの予防に「なぜ手洗いが必要なのか」を考え直してみましょう。「〇〇に書いてあった」「△△さんから言われた」ではダメです。自分の体は自分で守らなければなりません。そしてその秘訣(ひけつ)は「知識」です。私がこの連載で5年間言い続けていることです。

 なぜ新型コロナの予防に手洗いが必要か。食中毒予防との違いを考えてみましょう。

 ノロウイルスやサルモネラ菌を代表とする食中毒の予防には何よりも手洗い、それも食事直前の手洗いが大切です。特にノロウイルスの場合、ほんのわずかなウイルス量でも感染しますから、手に付いていたウイルスがあなたが手に取ったクッキーに付着し、それを食べて感染成立、ということが簡単に起こります。ポイントは、食中毒をもたらす病原体は「口から(食道・胃などの)消化管に侵入する」ということです。

 一方、新型コロナを含めた、呼吸器感染の感染経路は、「口から消化管」ではなく「気道」です。気道とは「鼻腔(びくう)または口腔(こうくう)から咽頭(いんとう)、喉頭、気管、気管支、肺」です。

 例えば、不潔な手で触れたクッキーに新型コロナウイルスがたっぷりと付着していたとしましょう。それを食べたあなたは感染するでしょうか。エビデンス(医学的根拠)はありませんが、おそらく感染しないと私は思います。新型コロナウイルスが消化管を通して感染したという事例は報告がありませんし、おそらく胃酸のなかでコロナウイルスは生き続けることができないからです。

 ここでよくある質問について回答しておきます。「なぜ新型コロナで下痢が起こるのですか」というものです。この答えの鍵となるのが過去のコラム「新型コロナ 肺以外でも病気が起きる仕組み」で紹介した「ACE2受容体」です。新型コロナウイルスが肺で増殖するのは、肺の細胞の表面にあるこの受容体から、細胞に侵入するからです。いったん感染が成立するとウイルスは血液中に入り、体中を巡ることになります。そして腸の細胞にもACE2受容体は存在します。つまり「肺→血液→腸」というルートでウイルスがやってきて腸の細胞が炎症を起こし、これが下痢を引き起こすのです。

鼻にウイルスを入れないのが重要

 話を戻しましょう。口からコロナウイルスが入って食道から胃へと進行しても感染は成立しません。ではなぜ手洗いが大切なのか。それは「気道」への感染を防ぐためです。要するに手で鼻の粘膜を触ることで感染するわけです。口の粘膜を触って、という可能性もありますが、より注意しなければならないのは鼻です。過去のコラム「鼻にいるコロナは喉の1万倍 対策は『うがい』」で紹介したように、コロナウイルスは鼻腔で増殖しやすいことがわかっています。鼻腔には咽頭の1万倍以上のウイルスが生息しているのです。つまり、新型コロナの接触感染の予防での最重要事項は「とにかく鼻の粘膜を触らない」ということに他なりません。

 けれども、(鼻をほじらないのは前提として)鼻の粘膜に手指が触れることなどあるのでしょうか。それがあるのです。鼻腔の入り口がかゆくなったとき(マスクがかゆみを誘発します)、鼻水が出てきたときなどに、人は無意識に鼻腔の入り口に触れることがあります。その過去のコラムで紹介した論文では、医学生が1時間に何回顔を触るかが調査されており、結果は23回、そのなかで鼻の粘膜に触れるのは3回です。わずか1時間で無意識に3回も鼻の粘膜に触れているのです。

指の「手の甲側」で鼻に触る

 そしてさらに重要なポイントは「人さし指の第2関節または第3関節で鼻腔の入り口を触ってしまう」ということです。私がこれに気付くきっかけとなった事例を紹介しましょう。

 エレベーターのボタンをふく男性
 エレベーターのボタンをふく男性

 40代のその女性は、日ごろから健康に気を使っていて新型コロナが流行する前からマスクを装着していました。携帯用のアルコールを持ち歩き、電車でつり革を持つときはハンカチでくるむと言います。しかしその女性は、毎月のように風邪をひいています。その女性との会話を再現しましょう。

 女性:「手洗いは頻繁にしているし、外ではできるだけ何にも触れないようにしているんです。エレベーターのボタンを押すときも、ここ(右手人さし指の手の甲側)を使ってるんですよ」

 その数秒後、私は思わず「あっ!」と声を出してしまいました。なんとその女性、そのエレベーターの話をした直後に、鼻がかゆくなったのかそれとも単なる癖なのか、まさに「ここ」といった箇所で鼻の下に触れたのです。私がそれを指摘すると「今、先生に指摘されて初めて気づきました。たぶん、1日に何度も同じことをしています。エレベーターのボタンの押し方、完全に間違っていましたね……」。

 エレベーターのボタンを指の手の甲側で押すなどという話は初めて聞きましたが、もしかすると清潔志向の人たちのなかには同じことをしている人がいるかもしれません。

 これを踏まえると、適切な手洗いの方法は次のようになります。

 (1)手洗いにせっけんは有効(過去のコラム「手洗いの“常識”ウソ・ホント」参照)

 (2)食中毒防止を考えるなら手のひらを中心に。呼吸器感染防止なら手の甲が重要。

 (3)手洗いが有効なのは次に何かを触るまで

 (4)手洗いができない環境であればアルコールが有効

 (5)せっけんもアルコールも使いすぎに注意

 
 

「手は不潔」だと心得て

 さて、エレベーターのボタンを指のどの部分で押すか、という問題よりもはるかに重要なことをここでおさらいしておきましょう。

 それは、いくら物を触らないように気を付けていても、いくら入念に手洗いや消毒をしたとしても、次に「何か」を触ればその時点であなたの手は“不潔”になるということです。仕事も含めた日常生活をする限り、手はいろんなものに頻繁に触れているわけです。であるならば、あなたの手も(もちろん他人の手も)たいていは不潔な状態にあると考えるべきです。

 しかし、いくら不潔な手であっても、その手に新型コロナウイルスが何兆個いたとしても、鼻の下(及び目の結膜と、口の粘膜)を触ることさえしなければ接触感染を100%防ぐことができます。現在アルコールが入手困難のようで、アルコールのメーカーは増産態勢に入っていると聞きます。しかし、アルコールをたくさん作るよりも、手が顔に近づいたときにそれを警告する製品を開発する方が有益ではないかと私には思えます。例えば顔面に近づくと振動するセンサー内蔵のリストバンドです。

 鼻をかむときも要注意です。共用のティッシュペーパーを使うとき、露出している上の部分は他人が触れた可能性があるために「不潔領域」とみなすべきです。注意深くティッシュを抜き取り、下の部分が鼻に触れるようにするのがいいでしょう。

 マスクはかゆみをもたらす、ということも知っておかねばなりません。マスクをしている限り鼻の下のかゆみは避けられません。そして、かゆくなってかきたくなったとき、指で触れるのではなく、マスクの上からでもティッシュを使うように努め(このときはマスクをずらして直接触れた方がいいかもしれません)、その場にティッシュがない場合は「確実に清潔な物」を使わなければなりません。ただ「確実に清潔な物」はそうそう見当たりません。またティッシュペーパーも新型コロナ流行以降は品切れしやすいと聞きます。

 私の場合、鼻をかく目的で携帯用のアルコールを使っています。手指にアルコールを1滴たらして少し伸ばしてから鼻の下を軽くかくのです。そんなことを続けているとすぐになくなるではないかという疑問があるかもしれませんが、私は2カ月以上前からこの方法を実践しだして、まだ合計10mlほどしか減っていません。このペースであれば年間3本もあれば十分に持ちます。

 これだけ注意していても、偶発的に鼻腔にウイルスが入り込む可能性はあるでしょう。エアロゾル感染の可能性もなくはないからです。そこでお勧めなのがこの連載で何度も紹介しているシリンジ鼻うがい(谷口式鼻うがい)です(参考:「鼻にいるコロナは喉の1万倍 対策は『うがい』」)。大量の水道水で鼻腔を洗い流す方法です。何度も述べていることですが、私はこのうがい法を実施しだしてからの7年半、一度も風邪をひいていません。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。