標高5750mのキャンプ1の上部を歩く斎藤明さん=2019年10月1日、藤原章生撮影
標高5750mのキャンプ1の上部を歩く斎藤明さん=2019年10月1日、藤原章生撮影

 ダウラギリで畏るべき登山家に会った。81歳のスペイン人、カルロス・ソリアだ。

 14歳で山に魅せられ、織物職人をしながらバイクで欧州アルプスの山に通った。30代になると、登頂はならなかったものの、国を挙げてのヒマラヤ遠征隊に参加した。仕事をし家族を養いながらも、山からは離れず、51歳にして念願の8000メートル峰登頂を果たした。ナンガ・パルバット(8125メートル)だった。4年後の55歳でガッシャーブルム2峰(8035メートル)に登頂し、60代からは銀行などのスポンサーもつき、エベレストやK2などを次々と登っていった。現在までに14座ある8000メートル峰のうち12座を登り切り、残すはダウラギリとシシャパンマ(8013メートル)のみだ。60歳から8000メートル峰を10座も登ったのはこの人のほかにはおらず、この先、14座全てを登った場合、おそらく当分誰にも破られない最高齢記録となる。

 カルロスとはベースキャンプで知り合い、3週間後に最終キャンプで登頂を断念するまでほぼ行動を共にした。身長160センチでやせっぽちに見えるのに、握手するとこちらの手が痛くなるほど力強く、抱擁すると筋肉質の体は鋼鉄のようだった。

 ベースキャンプを去る前の日、カルロスのテントを訪ね、彼から話を聞いた。

 カルロスのダウラギリ挑戦は驚くべきことに今回で10度目だった。一発目で登ろうとした私など、甘いにもほどがあるということだ。

 「ダウラギリは特に難しい。キャンプ2から最終キャンプの3までの傾斜がものすごくきつく、キャンプ3から頂上までも長いトラバースが続く。頂上直下の地形は複雑でまた長い。人にもよるがアタックに15時間から20時間はかかり、どんなに強くてもこれはさほど縮まらない。十分に高所に順応していないと登れない山なんだ。あと、この山域は中国国境に比べ雪が多く、降り方、量で難易度が大きく変わってしまう。今年は異常なほど雪が多く、条件が悪かった」

 10月11日、私たちと同じく、彼も最終キャンプで強風に…

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藤原 章生

統合デジタル取材センター夕刊報道グループ

1989年、鉱山技師から毎日新聞記者に転職。長野、南アフリカ、メキシコ、ローマ、郡山市に駐在し現在は東京で夕刊特集ワイド面に執筆。2005年、アフリカを舞台にした本「絵はがきにされた少年」で開高健ノンフィクション賞受賞。主著に「ガルシア=マルケスに葬られた女」「資本主義の『終わりのはじまり』」「湯川博士、原爆投下を知っていたのですか」など。過去の記事はこちら→ https://mainichi.jp/search?q=%E8%97%A4%E5%8E%9F%E7%AB%A0%E7%94%9F&s=date