実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 有料の抗体検査は「無駄」

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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 本連載の5月1日と4日の2回にわたり「新型コロナウイルスの現在の抗体検査は個人にとっては意味がない」ことを述べました。4月中旬から抗体検査に関する問い合わせが太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)に急増し、そのほとんどの人が誤解をしており、無駄なお金を使おうとしている人があまりにも多いことから「正しい知識」を伝えなければならないと考えたのです。

 「医療プレミア」で述べたのだから抗体検査希望の声は減るだろうと期待したのですが、実情はその逆で、ますます希望者が増加しています。私はその希望者みんなに「受ける価値はありません」と説明しています。理由は、詳しくは過去の2回のコラムをご覧いただきたいのですが、結論を言えば抗体検査の結果が陽性と出ても陰性と出ても、①現在感染している②過去に感染していて治癒した③一度も感染していない――のいずれの可能性もあり、検査結果だけではどれなのか判断ができないからです。まったくといっていいほど検査は“個人の利益”にはなりません。ただし精度の高い検査が登場すれば“公共の利益”にはなります。公共のために受けるわけですから、他国が実施しているように受けるなら無料でなければなりません。

 依然として抗体検査希望の声が減らないのなら、過去の2回のコラムが無駄だったのかといえばそうでもありません。「抗体についてきちんと教えてほしい」という声が読者や患者さんからも、そして一部のメディアからも届くようになったからです。そこで今回は「抗体とは何か」から始めて、抗体の種類を分かりやすくまとめ、さらに新型コロナの抗体検査を使った、最近の厚生労働省の調査結果について解説したいと思います。

抗体は「免疫系のたんぱく質」

 まず「抗体」とは何かについて確認しておきましょう。一言でいえば、抗体とは免疫をつかさどる細胞が作り出すたんぱく質のことです。免疫系のたんぱく質なので、感染症の分野でよく登場するわけですが、抗体は感染症以外の領域でも重要です。

 抗体が重要な意味を持つ病気の代表が「自己免疫疾患」と「アレルギー疾患」です。

 自己免疫疾患は、抗体が自分の体を攻撃してしまって、全身(あるいは一部の臓器)を傷つけます。この場合の抗体は、人体にとって有害なものです。医療プレミアの別の記事「『8年越しの花嫁』の難病 診断に抗体検査」でも紹介された病気「抗NMDA受容体脳炎」も自己免疫疾患の一つです。この疾患では髄液中に「抗NMDA受容体抗体」と呼ばれる抗体が検出されます。

 アレルギー疾患では、例えば花粉症の人なら「スギの特異的IgEが陽性です」と言われたことがあるかもしれません。この特異的IgEも抗体の一種です。人体が花粉を“敵”とみなし、その敵に攻撃をしかけるために抗体が作られるというわけです。この場合も「抗体」は人体にとって有害なものです。

 さて、感染症の場合は、抗体が病原体を退治してくれることが期待できます。ただし、すべての抗体が、敵をやっつけてくれるわけではありません。過去2週間で寄せられた質問のなかでは、このあたりを誤解している人が目立ちました。過去のコラムでも説明したつもりだったのですが、もう一度おさらいしておきましょう。

「役に立つ」抗体と「役に立たない」抗体

 感染症の領域で、抗体を分かりやすく理解するには、「中和抗体」と「中和抗体ではない抗体」の2種類があると認識するのがいいでしょう(正確には、一つの病原体に対して何種類もの抗体が存在し、非常に複雑なのですが、大きく2種に分類してしまうと理解しやすくなります)。中和抗体という表現も難しいですから、思い切って「中和抗体=役に立つ抗体」「中和抗体以外=役に立たない抗体」だと割り切ってしまいましょう。

 「役に立つ抗体」は、持っていれば(検査でその抗体が陽性だと出れば)二度とその感染症にかからない、と考えてOKです。一方、「役に立たない抗体」は、陽性であったとしてもその感染症を治せないし、さらにその感染症に再びかかる可能性があることを意味します。それぞれの例をあげましょう。

 <役に立つ抗体ができる感染症>

 麻疹、風疹、おたふく風邪、B型肝炎、A型肝炎、ポリオなど

 <役に立たない抗体ができる感染症>

 C型肝炎、HIV(エイズウイルス)感染症、梅毒、HTLV-1(成人T細胞白血病ウイルス1型)感染症など

 「役に立つ抗体ができる感染症」の場合、その感染症にいったん感染するか、ワクチンを打つかのどちらかで抗体が形成されれば、“当分の間”は同じ感染症には感染しません。この“当分の間”は感染症によって異なります。例えばB型肝炎はいったん抗体(HBs抗体)ができれば生涯感染しないとされています。一方、風疹の場合、一度ワクチンを接種しただけでは、しばらくは体内に抗体がたくさんできていても、いずれ下がってくることが分かっています。ですから2回接種が勧められているのです。

新型コロナへの抗体は「役に立つ」のか不明

 もしも新型コロナの抗体が「役に立つ抗体」なのであれば、今すぐ検査をしても個人の利益になります。陽性であれば新型コロナに感染しないという確証が得られるわけですから。しかし、現時点で新型コロナの抗体が「役に立つ抗体」(=中和抗体)である保証はどこにもありません。また後述するように、現在出回っている検査では精度が低すぎて話になりません。

 「役に立たない抗体ができる感染症」は、感染して抗体ができてもその病原体をやっつけてくれるわけでもなければ、新たな感染を防いでくれるわけでもありません。しかし、この場合も抗体検査は有用です。なぜなら現在の(または過去の)感染の有無を調べることができるからです。

 HIVを例にとると、感染の有無を調べるのに最も精度の高い検査はPCR法です。では、HIVに感染したかもしれない人を調べるときにいきなりPCR法を実施するかというと(特別な場合を除いて)しません。なぜか。HIVのPCRは高価で、しかも結果がでるまでに1週間前後かかるからです。

 そこで、まずは抗体検査をします。抗体検査にもいろいろな方法があるのですが、HIVの場合は最初に実施するのは「CLIA法」か「ICA法(IC法とも呼ばれる)」での検査です。これらは費用が安く、その上結果は数時間以内に出ます。

 新型コロナの抗体検査も、現在感染しているか、または、過去に感染していたかを知ることができるから有用ではないか、という疑問が当然でてきます。これはその通りで、もしも過去に感染していたかどうかを“正確に”調べられれば、「役に立たない抗体」であったとしても有用です。ただし、それは疫学的(公衆衛生学的)な意味においてです。疫学的に有用なのは、新型コロナがどこからどこに広がり、どういった世代の人がどこで感染したかを知る手がかりになるからです。こういったことが分かれば今後の感染症対策に生かせます。

記者会見で抗体検査について説明する加藤勝信厚生労働相=東京都千代田区の厚労省で2020年5月15日午前8時41分、手塚耕一郎撮影
記者会見で抗体検査について説明する加藤勝信厚生労働相=東京都千代田区の厚労省で2020年5月15日午前8時41分、手塚耕一郎撮影

検査の精度が低く感染経験者数は推計できず

 ここで最近厚労省が発表した新型コロナの、計1500人を対象とした抗体検査の結果をみてみましょう。これは、今年4月に献血した東京都の500人と東北6県の500人の血液(献血に使った残り)と、新型コロナウイルスが登場する前の昨年1~3月に献血した関東甲信越地方の500人の血液(の残り)を、検査会社5社が調べたものです。

 この結果のポイントは三つあります。

 #1 C社のICA法で、今年の東京都の500検体の陽性率は0.4%

 #2 C社のICA法での昨年の関東甲信越の500検体の陽性率は0.2%

 #3 E社のCLIA法での結果は今年の東京都、昨年の関東甲信越ともに0.4%

 厚生労働省が公開した抗体検査の結果を示す表=同省のウェブサイトから
 厚生労働省が公開した抗体検査の結果を示す表=同省のウェブサイトから

 世間では(一部のSNSでは)、#1を受けて東京都の人口約1400万人に0.4%をかけ算し「すでに東京都では約5万6000人が感染した」と考える人がいるそうですが、この検査の精度は高くないため、そのようなことが言えるわけではありません。

 また、一部には#2や#3から、2019年春にも0.2%(もしくは0.4%)が陽性なら新型コロナは19年春から存在していたという人がいるようですが、これも正しくありません。検査には偽陽性、つまり本当は新型コロナウイルスに対する抗体はないのに「ある」と判定してしまうことがあるからです。(厚労省の発表資料にも、偽陽性についての記述があります)

 また、(これは私が個人的にショックだったのですが)#3に書いた通り、CLIA法でも偽陽性がでていることは注目に値します。一般にCLIA法はICA法に比べて精度が上です。にもかかわらず偽陽性が出ているわけですから、新型コロナの抗体検査で信頼できるものが登場するにはしばらく時間がかかるでしょう。

 ※編集部注 厚労省の見解は「(この検査結果から、東京都全体などの)感染者数は推計できない」でした。同省はさらに大規模な調査を行い、流行の実態把握を目指すそうです。また東京大先端科学技術研究センターなどのチームは、厚労省発表の調査とは別に、5月初めに東京都内の500人に抗体検査を行い、3人が陽性だったとして「都内では8万人ほどが感染を経験した可能性が高い」との見解を記者会見で発表しました。

 ところで、谷口医院にも「抗体検査をやりませんか」と検査キット売り込みの宣伝がしばしば届きます。「いったいどういうつもりでこのような検査キットを売り込むのですか」とある会社に問い合わせてみました。返答は「当社は抗体検査を中長期的な視点で専ら疫学的研究に利用すべきだと考えております。(中略)ですので、行政や自治体に広く利用していただきたいと考えており、今後、当社は自治体と積極的に取り組む予定です」というものでした。

 この理由なら私も同社に賛成です。ですが、それならばなぜ自治体に先にアプローチせず、谷口医院のようなクリニックに売り込もうとするのでしょう。私にはそこが疑問です。いずれにしても新型コロナの抗体検査は現時点では個人の利益にはなりません。こんな検査にお金を払うのはやめましょう。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。