実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 「二度とかからない」との思い込み

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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 緊急事態宣言が解除されました。しばらく前から、街の雰囲気に緊張感が低下してきています。通りを歩けば日に日にマスクをしない人が目立つようになり、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にもマスクをせずに受診する人がちらほらと現れだしました。

 しかし解除になったとはいえ、風邪の症状がある人もまったくない人も、他人と接する時には原則としてマスクを外すべきではありません。過去2週間ほどの間、私は「マスクをたまにしか装着しない」という人たちに「なぜマスクを外すのですか?」と尋ねてみました。興味深いことに答えは二つに分かれました。一つは「もう大丈夫でしょ」というもの。これは「感染者が減ったから自分はかからないと思う」という意味です。そして、もう一つの答えは「もう感染して治りました」というものです。検査をしたわけでもないのに、です。

 マスクに関する最重要事項は「自分のためでなく他人のために着用する」です。過去のコラム「鼻にいるコロナは喉の1万倍 対策は『うがい』」で紹介した論文によれば、新型コロナの場合、マスクを装着することで(ほぼ)100%他人に感染させることを防げます。これは、インフルエンザやライノウイルス(風邪をもたらすウイルスで最多)と異なる点で、非常に重要です。

マスクをつけるのは「他人のため」

 いずれ詳しく述べたいと思いますが、インフルエンザやライノウイルスはマスクをしていても他人に感染させることがあるのに対し、コロナの場合は(ほぼ)ないのです。新型コロナが(例えば有効なワクチンや安全な特効薬が誕生するなどして)過去のものとなるまでは、あなたがいくら健康であろうが、マスクを手放せば犠牲者が生まれる可能性がでてきます。

 マスクは自分のためではなく他人のため。このことはもっと強調されてしかるべきなのですが、残念なことに私の印象でいえばまだ十分に世間に周知されていません。

「もう、かかって治ったんです」

 これについては私自身も繰り返しいろんなところで述べていきたいと思っていますが、今回取り上げるテーマは「私は感染して治った」「だからもう二度とかからず、他人にもうつさない」と思い込む人たちについてです。事例を紹介しましょう(ただし、いずれの事例もプライバシー確保のため、事実関係に少しアレンジを加えています)。

 【事例1】50代男性 糖尿病と肥満で谷口医院通院中

 私:(マスクなしで受診しようとしたと聞いたため)「なぜマスクをしないのですか?」

 患者:「先生、僕、もうコロナにかかって復帰したんですよ」

 私:「えっ、そうだったんですか? 入院されてたんですか?」

 患者:「いえ、自力で治しました。2月末に今までに経験したことがないくらいしんどくて会社を休んだんです。3日たったら完全に元気になったので復帰しました。その後、後から考えてみれば味覚がおかしかったんです。ね、間違いないでしょ。だからもうコロナにかかることはないんです」

 私:「……」

 【事例2】30代男性 ぜんそくとアトピー性皮膚炎で谷口医院通院中

 患者:「先生、僕は12月にコロナにかかって治ったんです」

 私:「12月ですか。その頃は日本ではまだ(新型コロナ感染者の)報告がなかったのはご存じですよね」

 患者:「中国では、発表されていないだけで、12月の時点で多くの感染者がいたとネットで読みました。僕は接客業で12月に大勢の中国人と接したから間違いないんです。せきと鼻づまりが1週間くらい続いて嗅覚障害もあったんです」

 私:「……」

 【事例3】20代女性 月経困難症と湿疹で谷口医院通院中

 患者:「私、コロナにかかって治ったんです。やっぱり20代だからすぐに治るんですね」

 私:「なぜ新型コロナが原因と断定できるんですか?」

 患者:「今年はインフルエンザも少なかったし、3月初旬はコロナばっかりだったでしょ。味覚もちょっとおかしかったんです。だから間違いありません。検査してもらおうと思って相談センターにも電話したんですよ。けど軽症は検査できないって拒否されたんです」

 私:「……」

 たしかに、いずれの事例も100%の確証を持って「それはコロナではありません」と断定することはできません。一般に「自分が正しい」と思い込んでいる患者さんには理屈だけで話をしようとするとたいていうまくいきません。それどころか患者さんと医師の関係が崩れてしまいます。ですが、これらのケースは「それはよかったですね」と言って終わらせるわけにはいきません。“誤解”から新たな悲劇が生まれる可能性があるからです。

再びかかって、だれかにうつすかも

 3人が共通して誤解しているのは「一度かかるともう感染しない」と考えている点です。

 麻疹や風疹と異なり、新型コロナは、一度かかると「中和抗体」(詳しくは前回のコラム「新型コロナ 有料の抗体検査は『無駄』」参照)が形成されて「二度とかからない」ようになる保証はどこにもありません。インフルエンザに毎年かかる人がいるように、あるいは同じシーズンにA型とB型、両方のインフルエンザに感染する人がいるように、新型コロナも繰り返し感染する可能性があります。

 ということは、仮に過去に感染して治癒していたとしても、新たに感染するかもしれず、そして症状が出る前の数日間に、他人に感染させる可能性があるわけです。ですから、健康で無症状であったとしても他人の前でマスクを外す行為は避けるべきなのです。

緊急事態宣言が全面解除された朝、多くの通勤客らがマスク姿で行き交う東京・丸の内周辺=東京都千代田区で2020年5月26日午前8時45分、滝川大貴撮影
緊急事態宣言が全面解除された朝、多くの通勤客らがマスク姿で行き交う東京・丸の内周辺=東京都千代田区で2020年5月26日午前8時45分、滝川大貴撮影

 ところでこの3人が本当に感染していた可能性はどれくらいあるのでしょうか。精度の高い抗体検査が存在すればそれを調べることができますが、現時点では抗体検査は受けるべきではありません(これも前回のコラム参照)。

 では、3人は感染していたのでしょうか。私見を述べれば事例3の女性は、感染していた可能性がそれなりにあると思います。彼女自身が指摘しているように流行していた時期ですし、20代であればごく軽症で済むことが多いからです。

 事例1の男性が感染していた可能性も否定はできませんが、50代で肥満と糖尿病があれば、本人が説明するような軽症では済まなかったのではないでしょうか。なお、3人とも感染の根拠としている「味覚・嗅覚障害」は当てになりません。発熱や鼻づまりがあれば、多少なりともこういった症状が出るからです。

 事例2の男性については、完全に否定することはできないでしょうが、私は、まず感染していなかったと考えています。やはり12月に日本で感染したと考えるのは無理があり、あまりにも都合のいい解釈です。

米国では「感染済みだと思い込む病」

 ところが、です。事例2の男性のように「私は、まだ流行していなかった時点で新型コロナに感染してすでに治った」と考える人が、アメリカでは少なくないようなのです。

 米紙「ワシントン・ポスト」のウェブサイトに「多くの人たちが新型コロナにすでに感染したと考えている(So many people are convinced that they had covid-19 already)」という5月6日付の記事が掲載されています。

 記事によると米国では今、自分は新型コロナが流行するずいぶん前に感染していて治癒した(だからもうかからない)、と考えている人が急増しています。そしてこういった人たちのことをthinkihadititisと呼ぶそうです。thinkは「思う」、i had itは「過去に(新型コロナに)かかった」、-itisは感染症などによく使う接尾語ですから、日本語に訳すと「感染済みだと思い込む病」でしょうか。

 記事の中で説明している英ロンドン大研究者によれば、「もう感染して治った」と思い込むのはポジティブ思考からきているそうです。「感染したら入院を強いられる」と考えるよりも「もう感染して治ったから二度とかからない」と考える方が、そういう人たちにとっては心地よいというわけです。興味深いことに、「新型コロナに一度感染し、次に感染すると重症化する」という説が出てきたとしたら、こういう人たちは「あのときの症状はコロナではなかった」と言い出すそうです。

 なるほど、こういう患者心理というのは日ごろ臨床をしているとしばしば遭遇します。「喫煙を続けて100歳まで生きる人もいる」と言ってたばこをやめない人や、健診で異常を指摘されても「一時的なものに違いない」と根拠もなく思い込む人などは珍しくありません。その人の性格やキャラクターの影響も大きいのでしょう。

 しかし、先述したように新型コロナの場合、感染したから二度とかからないと思い込むのは危険すぎます。

 新型コロナが流行しだしてから「診察では患者の性格を重視すべし」ということを再認識する機会が増えています。ほんのわずかな症状で「新型コロナに違いない」と思い込んでドクターショッピング(医療機関を次々と受診すること)を繰り返す心配性の人は少なくありませんし、過去のコラム「新型コロナ 治療後に健康影響の懸念」で紹介した「ポストコロナ症候群」とも呼べる「後遺症」に苦しむ人たちも、性格によるところが大きいように思えます(「ポストコロナ症候群」とはきちんとした病名ではなく、私が勝手に提唱しているものです。メカニズムがはっきりしないものも含めて、新型コロナに罹患<りかん>した後、ウイルスは消えているのにさまざまな症状に苦しめられる状態を指します)。その一方で、今回述べたように、過去のエピソードを都合のいいように解釈して「感染して治癒した」と思い込む人もいるというわけです。

 最後に最重要事項を繰り返しておきます。

 当分の間、現在無症状でも、たとえ過去の感染が確実であったとしても、外出時にはマスクをお忘れなく。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。