実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 感染は「サージカルマスク」で防げる

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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 もはや「新型コロナウイルス感染はただの風邪」と言う人はほとんどいませんが、3月中旬ごろまでは、医療者の中にもこういう考えがあって、登校制限のみならず、緊急事態宣言を疑問視する声さえありました。その後、海外では日ごろは健康な比較的若い人たちが相次いで死亡し、日本でも有名人が亡くなり、ついに20代で他界した人も報告されて、もはや「ただの風邪」と言う人はいなくなりました。新型コロナは肺だけでなく全身の臓器が侵され、短期間で若い人の命を奪うこともある重大な感染症であることが周知されたと言っていいと思います。

 ですが、ただ恐れるだけでは我々は前進できません。人類が新型コロナにひれ伏すわけにはいかず克服しなければなりません。そのために最も強力な武器は有効で安全な治療薬とワクチンですが、これらが登場するまでにはまだしばらく待たねばなりません。そこで、世界の多くの地域で取られた対策が、緊急事態宣言、外出禁止令、ソーシャルディスタンス(社会的距離)の確保などですが、これらをいつまでも続けるわけにはいきません。

サージカルマスクは「最強の武器」

 ではどうすればいいのか。最強の答えは身近なところにあります。「マスク」です。今さらマスクかよ、という声が聞こえてきそうですし、マスクについてはここ2~3カ月でさんざん聞かされた、という人も多いでしょう。しかし、最近の研究で分かってきたことを鑑みると、新型コロナ対策においてマスクが現時点での最強の武器のひとつであることは間違いありません。この点は他の呼吸器感染症と異なりとても重要です。今回は、そのように考えられる根拠になる研究を紹介し、今後のマスク使用について考えてみたいと思います。

 私自身も含めて、我々医師はこれまでマスクを過小評価してきました。(言い訳になりますが)これは我々の経験則から導かれる考えで、マスクは少なくとも自分の風邪の予防ツールとしては役に立たないことは間違いありません。マスクをしていたのに患者さんから風邪をうつされたという経験が何度もあるからです(だから過去に何度も述べたように私は鼻うがいで風邪を予防しています)。「他人に感染させないように」という意味においては、自分にせきやくしゃみがあるときはマスクをしますが、これは医学的にというよりは社会的に、つまりせきエチケットとして着用するものだと考えていました。今となっては大いに反省していますが、新型コロナがすでに日本で流行していた2月の時点でも、私は診察室でさえマスクを着けていませんでした。

 私自身が常時マスクを着用しだしたのは3月になってからです。新型コロナは「無症状者から感染することがもはや確実である」と複数の調査から分かったからです。そして4月になって、私にとってはコペルニクス的転回とも言えるくらいの大きな衝撃となった論文「呼気に含まれるウイルスとマスクの有効性」を香港大の研究者たちが発表しました。

 実は、この論文については過去のコラム「鼻にいるコロナは喉の1万倍 対策は『うがい』」ですでに紹介しています。そのコラムでは、タイトルが示すように「コロナウイルスはインフルエンザやライノウイルスに比べて、喉よりも鼻腔(びくう)に存在している」ことを強調したかったので、マスクについてはあまり触れませんでした。この論文は(少なくとも私にとっては)、「ウイルスは喉でなく鼻にいる」「マスクが予想に反して有効」という驚きの事実を二つも教えてくれたことになります。

驚きの研究結果

 では、そのコペルニクス的転回ともいえる衝撃の事実を述べましょう。それは、「サージカルマスクを着用すれば、マスクを通して吐いた息からはコロナウイルスが(ほぼ)100%排出されない」ということです。

 なお「サージカルマスク」とは医療用のマスクのことです。市販の「不織布マスク」もサージカルマスクの一種です。一方、後で説明するように「布マスク」は別物です。

 研究では3種類の感染症に罹患(りかん)した人に協力してもらっています。30分間特殊な器械に顔を入れて呼吸をしてもらい、サージカルマスクを装着した場合としない場合で、どの程度呼気に含まれるウイルス量が変わるのかが調べられています。結果は以下の表に示した通り、驚くべきものです。

感染者が吐いた息からウイルスが検出された割合。3種類のウイルスについて、マスク着用あり、なしのそれぞれの場合を調べてある=本文で紹介した論文から、谷口恭医師が作成
感染者が吐いた息からウイルスが検出された割合。3種類のウイルスについて、マスク着用あり、なしのそれぞれの場合を調べてある=本文で紹介した論文から、谷口恭医師が作成

 まず、表に出てくる言葉を整理しましょう。新型コロナで一躍有名になった「エアロゾル」という言葉は少々難しいかもしれませんが、要するに唾液や鼻水の小さな粒子と考えて差し支えありません。この粒子が大きければ飛沫(ひまつ、droplet)、小さければエアロゾルと呼ばれるのです。次に、インフルエンザはいいとして、ライノウイルスという病原体になじみがない人がいるかもしれません。これは風邪をもたらす病原体で最も多いものです。風邪で最多のウイルスなのに今一つ有名でないのは、感染しても重症化することが(ほとんど)ないからだと思われます。このウイルスは非常に小さく、直径はコロナウイルスの5分の1程度しかありません。

サージカルマスクから出てきたコロナは0

 さて、言葉の意味が分かったところで、内容にご注目ください。私は論文での元の表を初めて見たとき、興奮して胸の高鳴りを抑えるのに苦労したほどです。なにしろ、コロナウイルスでは、マスクをしていた11人全員で、呼気からウイルスが検出されなかったというのですから。この実験は風邪のコロナウイルスを使って行われましたが、新型コロナウイルスも大きさなどの特徴は同じですから、同様の結果が期待できます。

 一方、インフルエンザの場合は、マスクをすると、飛沫からウイルスが検出される割合は大きく減少しますが、エアロゾルでは効果はあまりありません。ライノウイルスに限って言えば、マスクをつけることで少しましになるかもしれないという程度です。

 この結果は、先述した我々の「経験則」と一致します。風邪の病原体で最多のライノウイルスは、相手にマスクをしてもらっていても自分に感染するのです。

 この研究の結果は非常に重要です。コロナウイルスの場合、目の前の人が感染していたとしても、マスクをしてもらっていれば飛沫感染を(ほぼ)完全に防げることが分かったわけですから。ただし、接触感染もありますから、陽性者と接した場合は、その人が触れた可能性のあるもの(ドアノブ、手すり、コインやお札など)はすべて消毒しなければなりません。しかしながら、接触感染はあなたが「もの」に触れなければ感染しませんし、触れたとしてもその後手洗いをするか、あるいは手洗いができなかったとしてもその手で顔を触らなければ感染することはありません。一方、飛沫感染はほんの一瞬の油断で成立します。

 
 

 マスクをしてさえいればほぼ完全に他人への飛沫感染を防げ、そして、マスクをしている人からは(飛沫では)自分にうつされない。この「知識」を持つだけで前向きな気持ちになれるのではないでしょうか。太融寺町谷口医院には連日、新型コロナの不安におびえる人からの相談メールが届きます。先日は、「怖くて電車に乗れない」という30代女性からの相談がありました。私が返信した回答は、「最近の研究で、サージカルマスクをしている人からうつる可能性はほぼないことが分かっています。もしもマスクをしていない乗客を見つけたら遠く離れるようにしてください」というものです。

布マスクは話が別

 ただし、この回答は実は不完全で、ひとつ大きな疑問点が残ります。それは、紹介した研究で使われたマスクは「サージカルマスク」であって、布マスクではないということです。布マスクでも他人への感染を完全に防ぐことはできるのでしょうか。残念ながら答えは「否」でしょう。

 これも一度過去に紹介したことがある論文は、「布マスクは医療用マスクに比べて劣っている」と結論づけています。具体的には粒子を通す率は医療用マスクが44%なのに対し、布マスクは97%(つまりほとんど通してしまう)とされています。ということは、「目の前の人が着用しているマスクがサージカルマスクでなく、布マスクならばコロナをうつされるかもしれない」ということになります。

 では、やはり我々は全員がサージカルマスクを着用しなければならないのでしょうか。布マスクで対処する方法はないのでしょうか。また、サージカルマスクには欠点もあります。次回はこれらについて考察したいと思います。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。