
ある日、自分の体が動かなくなり、自由を失ったとしたら、私は平静でいられるだろうか。死が迫ってきたら、あなたは正常な心を持ち続けることができるだろうか。新型コロナウイルスによって世界中の人々がそうした現実に直面することになった。
日本では緊急事態からひとまず脱することができたが、いつまたパンデミックが起きるかわからない不安のなかで、会社や店舗の相次ぐ閉鎖や倒産という重篤な経済の打撃に対処していかなくてはならない。仕事や生きがいを失い、貧困や孤立によって命を脅かされている人々もこれから増えていくに違いない。
突然の絶望に襲われたとき、私たちはどうやって受け入れることができるのだろうか、ということを考えたい。
動かなくなる体
昔の洋画に登場する男優のようなダンディズムを漂わせているのは口ひげのせいか。黒い瞳の奥に宿す光は人生の修羅場を幾度となく潜り抜けてきた人のものだと思った。
岡部宏生さんと初めて会った時の印象だ。周囲を圧する存在感を見せながら、何も語らず、身動きひとつしない。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は治療法のない神経難病である。いつ、誰が罹患(りかん)するかわからない。ある日、自分の体の異変に気づき、次第に体が動かなくなる。全身の随意筋がまひして死に至るという深刻な病だ。
岡部さんは50歳を過ぎるころまで大手建設会社のエリート社員だった。大学時代は乗馬競技に明け暮れ、そこで培ったリーダーシップや精神力は、バブル前後の日本経済の屋台骨を支える企業群のなかでいかんなく発揮されたに違いない。
この病気を発症することで人生が変わった。
毎日のように何かができなくなっていく。恐怖にさらされながらの闘病が始まった。できなくなったことに対処するため道具を使ったり、何か工夫したりして生活するようになるが、それもまたすぐに使えなくなる。気持ちを切り替え、努力をして失われた機能を補うのだが、病状は容赦なく進んでいく。
自然な老いは長い時をかけて少しずつ心身の機能を失わせていく。老いを自ら受け止められるだけの時間があるから、若さや自由を喪失する絶望を和らげてくれるのである。老いや死は誰にもやってくるが、ゆっくりと近づくことによって恐怖に心を引き裂かれずに生きられるのだ。
発病後もそれなりにしっかりしているように見られていたが、内面ではぼうぜんとしていたと岡部さんは語る。ALSの患者は全国で約9100人いるといわれるが、その存在は世間に広く知られているわけではない。
岡部さん自身、好奇の視線にさらされることがよくある。もちろんやさしい目で見られることもあるが、怖いものを見るような目、見てはいけないものを見てしまったような目、同情や哀れみの目……。そうした視線にさらされる。それが嫌で、生きる道を選択して呼吸器をつけても家の中でひきこもって生活している患者も多いという。
言葉…
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野澤和弘
植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員
のざわ・かずひろ 1983年早稲田大学法学部卒業、毎日新聞社入社。東京本社社 会部で、いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待などに取り組む。夕刊編集 部長、論説委員などを歴任。現在は一般社団法人スローコミュニケーション代表 として「わかりやすい文章 分かち合う文化」をめざし、障害者や外国人にやさ しい日本語の研究と普及に努める。東京大学「障害者のリアルに迫るゼミ」顧問 (非常勤講師)、上智大学非常勤講師、社会保障審議会障害者部会委員、内閣府 障害者政策委員会委員なども。著書に「スローコミュニケーション」(スローコ ミュニケーション出版)、「障害者のリアル×東大生のリアル」「なんとなくは、 生きられない。」「条例のある街」(ぶどう社)、「あの夜、君が泣いたわけ」 (中央法規)、「わかりやすさの本質」(NHK出版)など。
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