実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 検査が受けられず他国に行けない

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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世界保健機関(WHO)が6月4日付で公表した、新型コロナウイルスの感染状況を示す地図。色が濃い国や地域ほど、最近7日間の新規感染者が多い=WHOのホームページから
世界保健機関(WHO)が6月4日付で公表した、新型コロナウイルスの感染状況を示す地図。色が濃い国や地域ほど、最近7日間の新規感染者が多い=WHOのホームページから

 この連載で過去に紹介した「保健所で新型コロナウイルスの検査を繰り返し断られ、やむを得ず『原因不明の発熱』という名目で大きな病院に紹介した患者さんが結局陽性であった」という事例を経験したのは4月上旬です(参考:「新型コロナ 過剰な検査制限『「高熱10日でもダメ』」)。この患者さんは、自身で2回、保健所にPCR検査を受けたいと交渉して断られ、10軒以上のクリニックから「熱がある人は診ません」と診療拒否されて、遠方から太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診しました。谷口医院が検査の実施を保健所に交渉しても断られました。この事例に限らず、4月上旬の時点では、保健所の担当者から「適応がありません」と冷たい口調で通り一遍に言われ、電話口で怒りを抑えるのに苦労したことが何度もありました。

 ところが、最近ではハードルが一気に下がり「血液検査の結果からコロナを疑っています」と言えば、多くのケースで検査を認めてもらえるようになりました。とはいえ、全て認められるわけではなく、つい最近経験した事例では大阪市内のある保健所から「レントゲンで異常がなければ検査を認めない」と、依然厳しいことを言われました……。

世界で基準を合わせるべき

 私自身はPCR検査について、2月の時点では「完璧な方法ではないが日本政府が決めた方針に従いましょう」と思い、「重症例にだけ検査」という考えを支持していました。ところが、その「重症」の基準があまりにも厳しいこと、濃厚接触者と接したエピソードがあっても証拠がないと受け入れられないこと、さらに感染の可能性のある人が「保健所で断られたんだから感染していない」と主張し外出の自粛をしてくれないことなどから、次第に考えが変わっていきました。複数の外国人からは「なんで他国でできることが日本ではできないんだ」と言われました。新型コロナに関するすべての政策を世界統一にする必要はありませんが、検査や治療についてはできるだけ基準を合わせていくべきです。そうすることで新型コロナ克服に近づくからです。

夫のいるインドネシアに戻れない

 そして、検査(や治療)の基準を各国の間で合わせていくべきもう一つの理由が「入国・出国」です。事例を紹介しましょう(ただし、いつものようにプライバシー保護の観点から内容にアレンジを加えています)。

 【事例1】70代女性

 夫の定年退職後、夫婦でインドネシアのある地方都市にロングステイ(長期滞在)し、その後、その都市から少し離れたローカルエリアで子供の教育に携わるようになったそうです。自身は今年2月に日本に帰国しました。すぐに戻る予定でしたが、新型コロナによる入国制限のため同国に再入国できなくなってしまいました。持病のある夫のことが心配だと言います。インドネシアに入国するには新型コロナのPCR陰性の証明書が必要と言われ、しかし日本で検査を受けられるめどは立たず、困り果てました。そして、何とかならないかと谷口医院にメールで相談されました(※注)。

 現在、同様の問い合わせが相次いでいます。インドネシア当局からすれば「他国からの入国時に要求しているPCRを日本人にだけ免除することはできない」となるのでしょう。

新型コロナウイルスの感染対策でカフェも臨時休業し閑散とするスカルノ・ハッタ国際空港=インドネシア・ジャカルタで2020年4月22日、武内彩撮影
新型コロナウイルスの感染対策でカフェも臨時休業し閑散とするスカルノ・ハッタ国際空港=インドネシア・ジャカルタで2020年4月22日、武内彩撮影

 他国の情報もみてみましょう。3月に相談を受けたタイ関連の事例を二つ紹介します。

 【事例2】60歳代女性

 10年前からタイ・チェンマイ在住。自身で事業もしていますが主な活動は複数の施設でのボランティアです。孤児の施設、エイズ患者の施設などを定期的に訪れさまざまな支援・ケアをしています。一方で数年前、ある難病にかかっていると分かりました。現在は回復傾向にあるものの、それでも数カ月に1度は日本に帰国し、ある高額な薬の処方を受けなければなりません。タイでもその薬は入手できないことはないのですが、継続して負担できるような金額ではありません。「タイ入国には新型コロナの陰性証明が必要で、いったん帰国すると再入国ができなくなる」と相談されました。

 【事例3】40代の日本人男性と20代のタイ人女性

 男性が観光でタイを訪れた2年前に2人は恋に落ちました。長期休暇の度に日本人男性は彼女に会うためにタイを訪問していました。2人は婚約し、この春に女性が初めて日本にやってきました。そんな中、タイで入国制限が始まりました。ビザなしで入国した女性は15日以内にタイに帰らねばなりません。タイ人がタイに帰国するのは比較的簡単で、簡単な健康証明書があれば帰国が認められます(その証明書の相談のため谷口医院を受診されました)。しかし、日本人がタイに入国するにはPCR検査による陰性証明が必要で、男性は渡航できませんでした。次回はいつ会えるのか。2人は「とても不安だ」と言いました。

 タイは、今では規則が厳しくなってほぼ鎖国状態です。しかし、私がこの相談を受けたころにはPCRによる陰性証明書があれば、比較的簡単に入国できたのです(参考:タイ航空のサイト)。

 実は私は、事例にあげた人たちの気持ちがある程度は分かるつもりです。私自身もタイ渡航を中止せざるを得なくなったからです。この連載でも何度か述べたように私はタイのエイズ患者やエイズ孤児を支援するNPO(非営利組織)を設立していて、現在も定期的にタイのいくつかの施設を訪問しています。しかし今年は渡航のめどがたちません。

「臨床的に不要」な検査はしてもらえない

 そこで、紹介した三つの事例について、保健所でPCRの許可が出ないか、ダメ元で尋ねてみました。返ってきた答えは予想通りで「臨床的に必要と認められない」でした。確かにそうでしょう。検査は税金を使って行うわけですから、こういった理由での検査が認められないのは当然です。では、民間の検査会社はどうでしょう。いくつかの会社に尋ねてみました。

 答えは「原則としてクリニックからの依頼には答えられない」でした。理由を聞きましたが、どの会社も「そういうルールになっているから」としか答えてくれません。納得がいかないでいるうちに、ある人から「どうも厚生労働省がクリニックでの検査実施に難色を示しているといううわさがある」という情報を得ました(※編集部注)。

 しかし、厚労省が検査を抑制する理由がどこにあるのでしょうか。PCR検査では鼻腔(びくう)から検体を採取するので検査の際に患者さんから、しぶき(エアロゾル)が飛ぶ心配があります。このため院内感染対策を万全にするには、他の患者さんの受診時間とは別に検査の時間を設けるなど、いくつかのハードルがあります。ですが、それらはクリアすればできることですし、お金を払わないと言っているわけでもありません。

 ところで、我々医師は「陰性証明」というものに抵抗があります。なぜなら、このサイトでも繰り返し述べているように、検査とはあくまでも参考に過ぎないからです。新型コロナについて言えば、PCR検査も精度が高いとは言えません。感染してからどのタイミングで検査をするかにもよりますが、それなりの確率で偽陰性(つまり本当は陽性なのに検査では陰性とでてしまう)になります。「100%感染していません」と証明することはできないのです。

 「検査をして『インフルエンザが治った』という診断書を発行してほしい」という依頼がよくありますが、これも同様です。インフルエンザ診断用の簡易キットの場合、まだ症状が残っていて他人に感染させる可能性があるタイミングでも「偽陰性」になることがあります。こんな検査が治癒証明に無意味であることは我々の常識ですが、なかなか世間には伝わっていません。もっともこれは世間が悪いのではなく、我々が社会に周知せねばならないことですが。

緊急事態宣言が解除された後も閑散としているターミナル=成田空港で2020年5月27日午後4時37分、中村宰和撮影
緊急事態宣言が解除された後も閑散としているターミナル=成田空港で2020年5月27日午後4時37分、中村宰和撮影

不十分な陰性証明でも社会的には必要

 話を戻しましょう。陰性証明とは「100%感染していません」と証明することはできないものですが、それでもなお、国によっては入国時に求めるわけです。求める国はおそらく、検査が絶対的なものでないことを知りながら、感染者を入国させるリスクを少しでも低減しようとしているのでしょう。こういう要求を「間違っている」と言うのは間違いだと思います。

 入国時に新型コロナの陰性証明を求める国はインドネシア以外にもあります。入国に必須ではないけれど、証明がないと入国直後に14日間の隔離措置を受ける国もあります。そして実際、要請を受けて出国時にPCR検査を実施している国もあるわけですから、「日本は同意しない!」と意地を張ってもしかたがありません。日本も、医学的にはともかく社会的には必要と考えて検査をすべきだ、というのが私の考えです(PCRは検査の際に放射線被ばくをしませんし、採血も不要です)。

 PCRだけが入国の障壁ではありませんが、いくつかの国が入国の条件として「陰性証明」を求めているのは事実です。この原稿をまとめた後、一部のクリニックでもPCRが実施できるようになり、谷口医院も6月6日から始めました。それでもまだ、渡航目的での検査を受けられる医療機関は限られます。検査が「診療上は」必要なくても、社会的に必要ならば、希望者がきちんと受けられる体制を作ってほしいと思います。

 ※注:ただし、インドネシア領事館の情報によると、入国時に陰性証明を求めてはいるものの、証明がない場合は、現地に到着してから検査を受ける方法もあるようです。また「抗体検査で代用できる」「日本のPCRは有効とみなされない」など出所の不明なうわさも錯綜(さくそう)しており、さらに時間経過と共に制度が変わる可能性もあります。渡航される方はその時点での最新情報をしかるべき情報源から入手するよう努めてください。

 ※編集部注:編集部は政府に、海外渡航のためのPCR検査について聞いてみました。厚労省の答えは「検査会社に対し、クリニックからの検査依頼を受けないように、という指示はしていない。ただ、医療上必要のない人が大量に検査を受けて、必要な人が受けられない事態は困ると思っている」「厚労省は医療体制を作っているが、渡航のための検査は外交上の問題で、必要性などについて外務省から説明がないと対応しにくい」。外務省は「人の往来をどうしていくか、政府全体で考えるべき問題だ」でした。 

 また政府は、このコメントとは別に、ビジネス目的の出入国について、PCRによる陰性証明書を条件に制限を緩和する案を検討しているそうです。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。