カフェテリアでは、住民と来訪した高齢者がカードゲームに興じていた=筆者撮影
カフェテリアでは、住民と来訪した高齢者がカードゲームに興じていた=筆者撮影

 最近は新型コロナウイルスの話ばかりで、どうにも頭が本業(認知症)から離れてしまっていました。仕方ないといえば仕方ないですが、「それでもプロか」と言われると「面目ない」としか言いようがありません。なので、今回は、認知症とともに地域で暮らすひとつのあり方として、「認知症の街」という取り組みをご紹介します。

オランダで始まった「ひとつの街」

 「認知症の街」は、オランダの首都アムステルダムの郊外にある高齢者ケア施設「ホグウェイ」で2012年からはじまりました。ホグウェイでは、1万5000平方メートルの敷地に住居ユニットのほか、スーパーマーケット、レストラン、美容院があり、認知症の高齢者がそれまでの生活を可能な限り続けることができるひとつの街となっています。「認知症になると、リアルな社会でのびのびと生活することは現実的には難しい。そのため、同施設は社会空間を認知症の入居者に合ったかたちで提供するという逆転の発想」(*)だという。認知症の高齢者がこれまで送ってきた生活を、安心かつ安全に今後も続けられるようになっており、ホグウェイは「認知症の街」と呼ばれるようになりました。

 「認知症の街」の取り組みは、いまではヨーロッパ各地に影響を与えており、ドイツ、フランスでも同様の試みが始まっています。デンマークのスベンボー市でも、ホグウェイにインスピレーションを受け、同国で初めて、「認知症の街」を16年に開設しました。既存の高齢者センター(日本の特別養護老人ホーム=以後「特養」=に相当)である「Bryghuset(ブリュックフーセット)」を「認知症の街」として改修し、同時にケアのあり方について実践研究を重ねているということでした。そこで私は日本にはないコンセプトに興味を持ち、18年8月にブリュッ…

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銭本隆行

日本医療大学認知症研究所研究員

ぜにもと・たかゆき 1968年広島市生まれ、福岡市育ち。51歳。早稲田大学政治経済学部在学中にヨーロッパを放浪。そのときにデンマークと出会う。大学卒業後、時事通信社、産経新聞社で、11年間の記者生活を送る。2006年にデンマークへ渡り、デンマーク独自の学校制度「国民高等学校」であるノアフュンス・ホイスコーレの短期研修部門「日欧文化交流学院」の学院長を務めた。全寮制の同校で知的障害者のデンマーク人らと共に暮らし、日本からの福祉、教育、医療分野に関する研修を受け入れながら、デンマークと日本との交流を行ってきた。2010年にオーデンセペダゴー大学で教鞭を執り、2013年にはデンマークの認知症コーディネーター教育を受けた。  2015年末に日本に帰国し、2016年3月に名古屋市の日本福祉大通信制大学院で認知症ケアシステムに関する修士号を取得し、同年、福岡市の精神障害者の生活訓練事業所の設立・運営に携わる。現在は札幌市の日本医療大学認知症研究所と名古屋市の日本福祉大学大学院博士後期課程に在籍しながら地域包括ケアシステムに関する研究を進めている。ノーマライゼーション理念の提唱者であるデンマーク人の故N.E.バンクミケルセンにちなむN.E.バンクミケルセン記念財団理事も務める。