実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 感染防止に自信が持てる知識と習慣

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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 新型コロナウイルスの感染者の特徴のひとつは「医療者に多い」ということです。これに対する世間の目は厳しく非難の声が少なくありません。「どうして専門家なのにうつってしまうんだろうっていう疑問は拭えないよね」と発言したテレビのパーソナリティーもいるとか……。一方では「いつ自分自身が感染するかもしれない状況のなかで働かれている姿に感謝します」というメールを本サイトの読者からもいただいています。この場を借りてお礼申し上げます。

 新型コロナの感染者に医療者が多いのは事実です。数字をみてみましょう。6月4日付の読売新聞の記事によると、日本国内の、5月31日までの感染者1万6558人の中で、職業についての情報が公開されている約1万2800人を同紙が分析したところ、1590人が医療従事者でした。米疾病対策センター(CDC)のデータによれば、米国で4月9日までに報告された全感染者31万5531人中、9282人が医療従事者です。

 感染した医療者から院内クラスター(感染者集団)が発生している例も報告されているわけですから、医療者に対する社会の評価が厳しくなるのもいたしかたないでしょう。「がんばっているんだから……」というのは言い訳に過ぎず、我々は自らが感染しないことに最大限の注意を払い、もしも感染の可能性が少しでもあれば直ちに仕事を休んで自己隔離をしなければなりません。そして、私自身、少しでも風邪の症状が出ればその時点で太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を休診することを4月に宣言しウェブサイトに公開しました。

 しかしながら、私は最近、「自分は感染しない」と自信が持てるようになってきました。その最大の理由は「知識」と「訓練」です。今回はそのことを紹介したいと思いますが、その前に「なぜ医療者がこんなにも感染しているのか」の理由を分析してみましょう。

「コロナは診ていない」医療者への感染が多い

 米国医師会の医学誌「JAMA」2020年5月21日号に興味深い論文が掲載されました。中国・武漢市にある、病床7000余、医療スタッフ9648人という大病院で、今年1月1日から2月9日までに新型コロナに感染したスタッフを調べた研究です。この病院ではスタッフのうち3110人が、新型コロナの患者を診療する発熱外来か入院病棟で働いていました。

 全スタッフのうち、検査で陽性となったのは110人(女性が約7割、年齢中央値は36.5歳)。感染源は、患者からが約6割で、同僚からと家族・友人からがそれぞれ約1割、不明が2割です。注目すべきは「勤務場所」です。新型コロナ患者を診る職場での感染が15.5%なのに対し、他の患者を診る職場での感染が66.4%、患者に接しない職場での感染が18.2%と、新型コロナ患者を診ていない医療者が8割以上を占めているのです。

 興味深いデータはまだあります。先述したCDCの報告でも「医療者はどこで感染したか」が調べられています。結果は「医療施設での感染」が55%、「家庭での感染」が27%、「地域のみ」が13%です。報告からは「医療施設での感染」のなかでどれだけが発熱患者を診ていない職場なのかはわかりませんが、いずれにしても発熱患者と接していない医療者の感染者が多いことに注目すべきです。

 日本でも感染症の中核病院での院内感染の報告はほとんどありません(東京都立墨東病院の事例は報じられましたが、ここでの感染は感染症病棟でなく、一般病棟で起きたようです)。十分な感染症対策を実践しているからでしょうが、理由はほかにもあります。過去のコラム「新型コロナ 感染は『発症前から5日後まで』」で述べたように、新型コロナは発症して1週間もすれば他人に感染させる可能性がほとんどなくなり、入院する頃には重症化していても感染力がほぼ消失していると思われるからです。日本のいくつかの病院で発生したクラスターは、新型コロナとは考えられていなかった患者(もしくは付き添いや見舞いに来た人)から感染しているのです。

 つまり、専門家である医療者が次々と感染してしまったのは、感染したことが分かっている患者に接する方法に問題があったからではなく、その時点では新型コロナとは考えられていなかった人から感染してしまっているわけです。

多くの人と接すればハイリスク

 一般の人にも同じことが言えます。日ごろ多くの人と接する職業の人はハイリスクとなります。なかでも、発熱やせきではなかったとしても体の不調を訴える人と接する機会の多い人は極めてリスクが高いといえます。そして、そういう機会の多い職種の一つが私のような開業医となります。特に谷口医院のような総合診療のクリニックにはいろんな訴えの患者さんが受診します。また、過去のコラム「新型コロナ 過剰な検査制限『高熱10日でもダメ』」でも紹介したように、谷口医院は、「発熱している」という理由で他院から断られた患者さんも診ていますから、リスクはそれなりに高いと言えるでしょう。

 にもかかわらず、冒頭で述べたように私には感染しない自信があります。その理由は「知識」を持ち「訓練」を積んだからです。

他人のマスクで感染防護

 重要な知識は二つあり、その一つが「マスク」です。最大のポイントは過去のコラム「新型コロナ 感染は『サージカルマスク』で防げる」で紹介したように、コロナウイルスはサージカルマスクをしている人からは(ほぼ)100%感染しないということです。感染者にマスクをしてもらえばコロナの飛沫(ひまつ)感染は防げるのです。ただし、自分のマスクで感染を防ぐことはできません。「感染させない」と「感染しない」は異なる概念です。

 もしもマスクをしていない新型コロナ陽性者の吐息があなたのマスクにかかったとしましょう。あなたがそのマスクを着用し続けていると、やがてマスクに付着したウイルスを吸い込んでしまうことになります。感染者も自身のマスクに付着したウイルスをおそらく再吸入しています。ですから、マスクをしていない人と話したときは、あなたが着用しているそのマスクは速やかに処分しなければなりません。

 なお、今述べたように、新型コロナウイルスが「マスクを通して吐いた息に100%排出されない」のはサージカルマスクの話であり、布マスクで同じことが言えるわけではありません。布マスクの有効性については今もエビデンスレベル(医学的な証拠の質)が高い論文は見当たりませんが、過去に紹介したようにCDCは布マスクも推奨していますし、世界保健機関(WHO)も積極的に布マスクを使用するよう訴えています。マスク用の布を重ねたり、布の間にフィルターを挿入したり、あるいは布の材質を工夫したりすることで、感染防止効果が上がるのは間違いないでしょう。

「顔を触らない」ように訓練を

 新型コロナを防ぐ「知識」として重要なことがもう一つあります。それは「顔を触らない」です。過去のコラム「鼻にいるコロナは喉の1万倍 対策は『うがい』」で紹介したように、人間は1時間に23回も顔に触るという研究があります。私が他の医療者に比べて手洗いをそれほど重要視していない理由がここにあります。手洗いは重要ですが、いくら洗っても次に何か共用のものを触ればそれで“終わり”です。一方、いくら手が汚くても、その手で顔(正確には粘膜)を触らなければコロナの接触感染は理論的に起こり得ません。

 ではどのようにして顔を触ることをやめればいいのでしょう。それが「訓練」です。無意識に触ってしまうなら、できるだけ触らないことを意識して、もし触ってしまったらなぜ触ったのかを徹底的に自己分析するのです。私の場合、目がかゆくなったときに触ってしまう癖があることが分かりました。そして、その癖が分かった後でも触った直後に「しまった!」と気づくことが何度もありました。この「しまった!」という気づきを増やしていけば、やがて顔を触るという無意識の“習慣”をやめることができます。私の場合、目をかきたくなれば携帯しているアルコールでまず手指の消毒をすることが新たな習慣となりました。

 注意して他人をみているといかに無意識的に顔に触れているかがわかります。なかでも鼻がかゆくなるからなのか、マスクの上から鼻の下あたりを触る人が目立ちます。会話につまったときなどに、ちょうどロダンの「考える人」のように手背(手の甲)を顔に持っていく人もいます。これらは危険な行為です。先述したようにマスクをしていない人と会話をすれば、ウイルスがあなたのマスクの表面に付着している可能性があります。その状態でマスクの上から鼻を触ればそれで感染が成立するかもしれません。

 感染症に立ち向かうには「知識」が最重要です。新型コロナの場合、その知識に加え「顔に触らない訓練」をつめば、感染しない自信がおのずと出てくるのです。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。