実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 低い陽性率「二つの点で要注意」

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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新型コロナウイルスの抗体保有検査会場で行われた採血のデモンストレーション。看護師は感染対策としてフェースガードなどを装着していた=東京都板橋区で2020年6月1日午前8時26分、北山夏帆撮影
新型コロナウイルスの抗体保有検査会場で行われた採血のデモンストレーション。看護師は感染対策としてフェースガードなどを装着していた=東京都板橋区で2020年6月1日午前8時26分、北山夏帆撮影

 2020年6月16日、厚生労働省は、新型コロナウイルスの抗体保有率を大規模に調査した結果を発表しました。6月1~7日にかけて東京都、大阪府、宮城県で、それぞれ1971人、2970人、3009人に抗体検査を行い、陽性者はそれぞれ2人、5人、1人、陽性率は0.10%、0.17%、0.03%だったと説明しています(※編集部注1)。このように陽性率が比較的低かったのは、誇らしく喜ばしい面がありますが、一方で心配なこともあります。今回は低い陽性率の良い点と今後の課題を、私見を交えて述べたいと思います。

2大学の結果より1けた低い厚労省調査の陽性率

 厚労省の調査結果は、4月に公表された別の二つの調査(一方は抗体検査、もう一方はPCR)と比べて、大幅に小さい値でした。

 神戸大学は3月31日~4月7日に同大学病院の外来を受診した1000人に抗体検査を行い、33人(3.3%)が陽性であったことを報告しています。この調査では、発熱などで新型コロナが疑われた患者は対象外でした。

 慶応大学病院は4月23日、新型コロナ以外の治療目的で来院した無症状の患者67人にPCR検査を行ったところ、4人(5.97%)が陽性者だったと公表しました。

 さらに同病院は5月1日、新しい結果を発表しました。入院予定だった患者計258人を対象に、4月6~30日にPCR検査を行い、7人(2.7%)が陽性だったそうです。

 PCR検査で陽性になるのは感染して2~3週間以内に限られます。またPCRは、検査を行うタイミングによっては感度が大きく下がります。ですから、実際に感染した(していた)人は、PCRで陽性になった人数よりも、もっと多いと考えられます。抗体検査であれば、感染して数週間経過すればその後少なくとも数カ月(~数年)は陽性となります。

 4~5月に発表されたこれら二つの大学病院の調査結果は、我々に「感染者は検査をされていないから見つかっていないだけで、実際にはかなりの数にのぼるはずだ」と思わせました(私もそう思いました)。ですから「日本はPCRの検査数が少ないから感染者が少なくみえるのであり、実際の感染者数は発表されている数倍から数十倍、さらには100倍にもなるはずだ」という指摘が、各方面から出ました。この意見は筋が通っていました。

 ですが、今回厚労省が発表した大規模抗体調査の結果は、こうした説を覆すものであるといえます。さらにこの調査の正確さを裏付けることになりそうなのが、前回のコラムで取り上げたソフトバンクグループ(SBG)の大規模調査です。ここでもう一度SBGの調査結果を確認しておくと、総検査数は4万4066件、抗体陽性者が191人で全体の0.43%です。内訳は医療従事者5850人のうち陽性者が105人(陽性率1.79%)。SBGや取引先などの3万8216人では、陽性者は86人(0.23%)でした(※編集部注2)。

 山形大学も比較的大規模な調査をしています。6月に同大学病院を受診した1009人の抗体を調べたところ5人(0.5%)が陽性でした。

日本の感染者は欧米よりずっと少ない

 SBGの調査のみならず、厚労省や山形大の調査でも、抗体検査での陽性率(医療者を除く)は0.5%以下となり、神戸大や慶応大の結果と大きな隔たりがあります。検査方法に違いがあることや、それらの検査の精度について検討の余地があることなどから、どちらを正しいとみるべきかについては簡単に結論が出せませんが、検査の規模から判断して「SBG+厚労省+山形大学」の結果を信頼すべきではないかと私は思います。いずれにせよ、日本の感染者は後述する海外の感染者数とは桁違いに少ないことは間違いありません。

 さらにもう一つ「SBG+厚労省+山形大学」の調査に信ぴょう性を与える調査を紹介します。兵庫県立加古川医療センターで、勤務する医療従事者509人に対し、5月上旬に抗体検査を実施したところ、全員が陰性だったのです

 同医療センターは新型コロナの患者を受け入れていますから、「全員陰性」の結果は院内感染対策の成功を証明したことになります。それ以外にもこの調査が注目に値する点があります。医療者も病院から出れば一般人と変わりません。検査結果は、彼ら、彼女らが日常生活でも感染していなかったことを示したのです。

ニューヨークでは20%超も

 一方、海外の調査結果を見てみましょう。過去の連載「新型コロナ 感染の実態調査で差別解消を」で紹介したように、ドイツ北西部のガンゲルトでは4月初めの段階で、住民の約15%が抗体陽性でした。米ニューヨーク州では4月以降、4回の抗体調査が実施され、陽性率は州全体でみて12.3~13.9%、ニューヨーク市だけでみれば19.9~24.7%です。5月に発表された米ロサンゼルス郡の調査では、成人の4.65%が陽性でした。

雑貨店を再開させたケビン・ブライアンさん。商品は店の入り口での引き渡しだ=米ニューヨークで2020年6月8日、隅俊之撮影
雑貨店を再開させたケビン・ブライアンさん。商品は店の入り口での引き渡しだ=米ニューヨークで2020年6月8日、隅俊之撮影

 どうやら日本人の新型コロナの感染者数は欧米のいくつかの国に比べると桁違いに少ないといえそうです。つまり、「日本はPCRの検査数が少ないから感染者が少なく見えるだけ」という仮説は正しくなく、実際にも感染者が少なかったのです。「完璧ではないにせよ、おしなべて言えば日本政府の政策や日本人の行動は適切だった」と言っていいでしょう。

 すでに「なぜ日本人の感染者は少ないのか」については世界中で議論されています。誰をも説得できる答えはないと思いますが、現在指摘されている理由を並べてみると、「クラスター対策が奏功した」「適切なタイミングで緊急事態宣言が出された」「登校を制限した効果がでた」「日本人はもともとマスクを着用する習慣がある」「日本人は手洗い・うがいをしっかり行う」「日本人は強制力がなくとも同調圧力で自主的に密を避ける」「日本人はキスやハグ、握手をしない」「BCG接種のおかげで感染しない」といったところでしょうか。ちなみに麻生太郎財務相はこの理由の説明に「民度」という言葉を使い、世界中で物議を醸しました。英紙フィナンシャル・タイムズは6月9日に「ロックダウンの終了で過大に膨らむ日本のプライド~麻生太郎氏の民族優越性の主張は進歩を妨げる考え方」(Japanese pride in end of lockdown can swell too much Taro Aso’s claim of national superiority shows a mindset that obstructs progress)というタイトルの記事を掲載し、「民度が違う」と言い放った財務相の見解を批判的に紹介しています。興味深いことに、記事では民度は「mindo」と訳されています。

喜んでばかりでよいか

 では我々日本人は低い抗体陽性率を喜び、楽観してもいいのでしょうか。

 急激に全員が元のライフスタイルに戻れば感染拡大の「第2波」が発生するのは間違いないでしょう。一方で、いつまでも“鎖国”を続けるわけにはいきません。(反対する人もいるかもしれませんが)どの国も将来的には海外との行き来を再開させ他国と交流すべきです。すると当然、「第2波」のリスクが上がります。

 新型コロナウイルスの感染状況を示す地図。色の濃い部分ほど、6月15日から21日までの感染者数が多い=世界保健機関(WHO)のウェブサイトから
新型コロナウイルスの感染状況を示す地図。色の濃い部分ほど、6月15日から21日までの感染者数が多い=世界保健機関(WHO)のウェブサイトから

 「第2波」が世界中で一斉に発生したとすればどのような現象が起こるでしょう。現時点では新型コロナウイルスの抗体が、中和抗体(持っていると感染を防いでくれる抗体)かどうかはわかりません。ですが、どれくらいの期間有効であるのかは不明ながら、一度感染すると中和抗体ができるとする考えが有力となってきています。実際、米国では感染して治癒した人の血液を治療に使う試みが普及しだしています。

 新型コロナの抗体が中和抗体であったとすると、抗体陽性者が数百人に1人しかいない日本人は、他国の人たちに比べて脆弱(ぜいじゃく)であり、今後新たに感染する危険性が高いということになります。もちろん、緊急事態宣言を再度発令すれば感染者は減るでしょうが、日本だけが“鎖国”するのは困難でしょう。ワクチンが登場すれば安心できるかもしれませんが、一般の薬と異なりワクチン開発にはかなりの時間がかかります。つまり抗体陽性者が少ない日本は、20年6月までの対策としては「他国に比べて成功した」と言えるとしても、同時に「これから感染するかもしれない人が他国よりも多い」という状況なのです。

気がかりな「少数派」への差別

 もうひとつ、抗体陽性者が少ないが故に注意すべきことを述べておきます。それは「感染者への差別」です。100人に1人も感染しない感染症にかかった人は世間からどのようにみられるでしょうか。「問題のある行動をとって感染した迷惑な人」だと誤解されるかもしれません。あるいは「自己責任だ!」という声が上がらないでしょうか。すでに、新型コロナに感染したことが原因で仕事を失った人や、引っ越しを余儀なくされた人がいると聞きます。

 太融寺町谷口医院で私が診てきた新型コロナの患者さん(疑いも含めて)で言えば、「感染しやすそうな行動を取った」という人はほとんどいません。むしろ、人との接触を避け、手洗いもしっかり行っていた人が感染しています。決して、生活に問題があった人が感染するわけではないのです。もちろん、感染した人の「民度」が低いわけでもありません。

 抗体陽性率が低かったという調査結果は誇っていいことだと思います。ですが、「これから感染する可能性がある人が多い」「感染者への差別が起こる」、これら二つの可能性があることを同時に指摘しておきたいと思います。

 ※編集部注1 厚労省がこの調査で「陽性者」としたのは、ロシュ社の検査とアボット社の検査の両方で陽性になった人だけです。仮に、片方だけで陽性だった人も陽性者とみなすと、陽性率は数倍に高くなります。同省によると、両社の検査はともに、感染者を見逃しにくい一方で、感染していない人1000人を検査するごとに数人程度の「誤った陽性」を出すことがあります。この誤りを減らすため「両方での陽性」だけを陽性者とみなしたそうです。

 また3社目のモコバイオ社の検査では、陽性率は1%を超えて高く出ましたが、同省はこの値を「参考」としました。ロシュ、アボット両社の検査はすでに米政府の緊急承認を受けたが、モコバイオ社の検査は承認申請中のため、この扱いにしたそうです。ただし、モコバイオ社の結果が誤りなのかどうか、結論は出ていないとのことでした。

 また今回の結果を、他の抗体検査の結果と比較するのは難しいそうです。理由は二つあり、一つは日本各地や世界各国で、使った検査法が違うこと。もう一つは、抗体が体内でどの程度の期間、持続するのか分かっていないことだそうです。「感染後1年程度は持続するのではないか」と言われますが未確認。仮に1~2カ月で抗体が消えるなら「新規感染者が減った6月に検査をしたから値が小さかった」という説明もありえます。

 ※編集部注2 SBGが公表した陽性率も、2種類の検査で両方とも陽性になった場合だけを、最終的に陽性とみなして計算されました。

 【ご案内】

 この記事を執筆している谷口恭医師が、7月2日に大阪市で一日講座を開きます。タイトルは「マスクなしであいさつできる日はいつになるのか? 」です。オンラインでも同時中継します。

 7月2日(木)午後6時半から8時まで、大阪市北区梅田3の4の5、毎日新聞ビル2階の「毎日文化センター」で。受講料は通常の講座、オンライン講座とも1650円です。なお、オンライン講座の受講には、ウェブからの事前申し込みが必要です。問い合わせ・通常の講座への申し込みは同センター(06・6346・8700)へ。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。