
私が院長を務める太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)は、繁華街とオフィス街が交じり合ったような場所にあるため、日々の人の動きがよく分かります。緊急事態宣言が発令されてからは、それまでの雑踏がうそだったかのように静まり返っていました。ところが5月下旬ごろから少しずつ街は勢いを取り戻し、私の実感としてはすでに9割が以前の日常に戻っています。ビルの1階に位置したカフェやレストランは通りから中の様子をうかがい知ることができます。カウンターにビニールのついたてを置き、お客どうしの接触を避ける工夫をしているところもあれば、入り口にアルコールを置く以外は何の対策も立てていないところもあります。店員はマスクを着用していますが、顧客は飲食を楽しみに来ているわけですから当然マスクなしです。飲食店がにぎわわなければ街は活気を取り戻せず経済の再活性化はない、とする意見もあるでしょうが、個人的にはもう少しゆっくりとしたペースで回復させるべきではないかと思っています。
とはいえ、もうすぐ夏休みがやってきます。レジャーの季節に「自粛・自粛・自粛」では息が詰まりそうになります。そこで今回は「コロナの夏にレジャーを楽しむ方法」について私見を交えてお話したいと思います。
マスクの交換と「顔を触らない」が大切
まずはマスクです。この連載で繰り返し述べているようにサージカルマスクをしていても「感染する」ことはありますが「感染させる」ことは(ほぼ)ありません。その理由と詳細については過去のコラム「新型コロナ 感染は『サージカルマスク』で防げる」を参照いただきたいのですが、他の病原体と異なり、「コロナウイルスは、サージカルマスク着用で呼気に漏れない」のです。
そのコラムが公開されたときに複数の読者から質問をいただきました。「マスクでコロナウイルスが呼気に漏れないなら、侵入も防げるのではないか」という質問です。これに対する答えは「NO」、すなわち「マスクでコロナウイルスの感染は防げない」です。その理由は二つあります。
一つはマスクと皮膚の隙間(すきま)からウイルスが侵入するからです。N95と呼ばれるマスクであればマスクの縁と皮膚がしっかりとフィットしますが、サージカルマスク(や布マスク)はそうではありません。これが一つめの理由です。
もう一つは、コロナウイルスがあなたのマスクの表面に付着したときに起こります。おそらくそのウイルスが“すぐに”あなたの鼻腔(びくう)や口腔に入ることはないでしょう。しかし、例えば鼻がかゆくなったときに無意識的にマスクの上から鼻を触ってしまったとき、その手でウイルスを鼻腔に押し付けてしまうかもしれません。これで感染のリスクがでてきます。このサイトで繰り返し述べているように「顔(特に鼻の下)を触らない」がコロナ予防の最重要ポイントです。
マスクで完璧な予防はできませんが、ある程度は可能です。医学誌「LANCET」に最近発表された研究によれば、マスクを着けていると、ウイルスに感染する率が約85%減ります。この確率をさらに上げるための二つのコツを紹介しましょう。一つは今述べたように「顔(特に鼻の下)を触らない」、そしてもう一つは「頻繁にマスクを交換する」です。
一時は医療者でさえ1日1枚以下しか支給されなかったマスクが、最近ではずいぶん入手しやすくなっていると聞きます。マスク不足の3月、多くの医療者は危険を承知して黙って働いていましたが、正しいマスクの使い方は「感染しているかもしれない患者の吐息がマスクにかかったのなら、そのマスクは直ちに捨てる」です。マスク入手が困難だった病院では、なんと数日間に1枚しか支給されなかったと聞きました。けっこうな数の医療者がマスクを適正に使えず、恐怖と背中合わせで日々働かねばならなかったのです。
「布」と「サージカル」二つのマスクの使い分け
話を戻しましょう。コロナ禍が終息するまでは(私自身はまだまだ先になると考えています)マスクを上手に使い分けるのが賢明な対策です。現在、私はかばんに複数枚・複数種のマスクを常備しています。スーパーマーケットなど人と至近距離で接する可能性のあるところに行くときにはサージカルマスクを着用し、(最近はたいていマスクをしていない人がいますから)そのマスクは可及的速やかに処分します。もちろん仕事中は、感染しているかもしれない患者さんと接すればその場で交換します。
一方、単に街を歩くときやジョギングをするときには布マスクを着用しています。過去のコラム「新型コロナ 快適な布マスク 効果を増す工夫は」で述べたように布マスクの効果を科学的に検証した論文は見当たりませんが、世界保健機関(WHO)や米疾病対策センター(CDC)は、布マスクをサージカルマスクの代替として使用することを推奨しています。当初は自慢げに「マスクをしない」と公表し、その後感染してしまった英国のボリス・ジョンソン首相は復帰後、古いTシャツでマスクを作り、他人に近づく時は着けることを呼びかけました。
「感染しない」のみならず「感染させない」という意味においても布マスクは完璧なツールではありません。ですが、ある程度リスクを下げるのは確実でしょうし、WHO,米国、英国が推奨しているわけですから(大きな組織や国がいつも正しいとは限りませんが)、布マスクも積極的に使用すべきです。
そして、私がそう考える最大の理由が「夏の暑さと湿気」です。サージカルマスクは非常に不快なものです。長時間の装着には「快適さ」が絶対に必要で、この点は布マスクに軍配が上がります。
長くなりましたが「コロナの夏にレジャーを楽しむ方法」の最重要ポイントは「複数のマスクを用意しTPOに応じて使い分ける」です。
海や山ならマスクは不要
次に、レジャーの行き先を考えてみましょう。
海や(屋外)プールは「密」にならない限りはマスク不要です。そもそも屋外で新型コロナに感染したという報告はほとんどありません。更衣室やトイレ、海の家などでは他人との距離に注意しなければなりませんが、プールや海水浴での感染対策にマスクは不要だと言えます。また、登山やハイキングも日帰りならリスクはほとんどないでしょう。他人との距離をある程度確保すればマスクは不要です。

問題は「そこまでの道のり」です。最近の米紙ワシントン・ポストは「プールは? 飛行機は? キャンプは? 公衆衛生学者がこの夏にすること・しないこと」と題する記事で、米国の公衆衛生学者3人に、「自分たちが感染しないために何に気をつけるか」を聞いて、紹介しています。学者たちは「(公共交通機関ではなく)車での家族旅行をする」「途中で、ガソリンスタンドやレストラン、コンビニになどに寄ったら手を洗う」などと話しています。
では飛行機はどうでしょう。現在多くの国が“鎖国”状態ですから、この夏にレジャーで海外旅行する人はほとんどいないでしょうが、人気の観光地への国内線の予約はすでに満席になりつつあると聞きます。
飛行機に乗ったらマスクを
ワシントン・ポストの記事では、回答者3人がいずれも「飛行機での移動は、できれば避ける」と話しました。ただし1人は「孫に会うには、8月に飛行機に乗る必要がある。それまでに新規感染者が減っていれば」とつけ加えています。
たしかに、機内は密になりますからリスクがあります。過去のコラム「新型コロナ 『3密』を楽しめる日は」でも紹介した、新型コロナに感染したエアカナダのフライトアテンダントが搭乗していた便では同社のスタッフが合計7人も感染していました。国際線搭乗で感染リスクが高くなるのはフライト時間が長いことに加え、飲食を伴うからでしょう。
ということは、国内線で乗客全員がマスクをして、飲食をなし(もしくは最小限)とすれば、リスクはかなり下がるはずです。
最後にポイントをまとめてみましょう。最重要事項は「布マスクを含めた複数種のマスクを上手に使い分ける」です。出かけるなら海やプールなどの屋外を選び、飛行機を利用するなら国内線にしてマスクを着用し飲食を避ければいいのです。これらに気を付ければそれなりに楽しい「コロナの夏」を過ごせるのではないでしょうか。
【ご案内】
この記事を執筆している谷口恭医師が、7月2日に大阪市で一日講座を開きます。タイトルは「マスクなしであいさつできる日はいつになるのか? 」です。オンラインでも同時中継します。
7月2日(木)午後6時半から8時まで、大阪市北区梅田3の4の5、毎日新聞ビル2階の「毎日文化センター」で。受講料は通常の講座、オンライン講座とも1650円です。なお、オンライン講座の受講には、ウェブからの事前申し込みが必要です。問い合わせ・通常の講座への申し込みは同センター(06・6346・8700)へ。
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太融寺町谷口医院院長
たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。